第16話 惑星ムゲンにしゅっぱーつ!

 訓練生になって一か月が経とうとしている。

 それはつまり正隊員試験が近づいているってことだ。正隊員試験は今までの成績と生活態度を見て決めるそうだ。全員正隊員になった年もあれば、数人だけの時もあった。合格者の人数に決まりはないんだ。

 今年の訓練生はこれまでと比べて多いほうだったらしい。その中でホームシックになって家に帰った子が三人、転属した子が——というかシルビアちゃんのことね——が一人いる。家に帰った人は残念ながらそこで不合格。

 でも正隊員になれなかったとしても訓練生になっただけでもすごいこと。また小学校に戻ることになるけど、ぜんぜん気にしなくていい。ほんと気にしなくても大丈夫。訓練生になっただけでもすごいことだもん。そもそも訓練生になれなかった人の数のほうが多いんだし、誇れることなんだ!

 ……と、わたしはホタルちゃんとそう言い合って励まし合う。

 そばで聞いていたリナちゃんとモエちゃんは、「えーっ、みんなで合格しようよ!」と応援してくれるけど、正直、落ちこぼれコンビと言われているわたしたちだ。今までの思い出だけでじゅうぶん。良い経験になった。小学校に戻っても連絡をとりあって仲良くしようね、とホタルちゃんと約束する。

 ……のを、そばで聞いていたリナ・モエ優秀ペアは「だーかーらー。ミノリちゃんもホタルちゃんも大丈夫だって。四人で正隊員になるよ!!」だってさ。

 マロンさんも、少し後ろ向きなメールをしたら、「ミノリなら大丈夫。最後の訓練もミノリの良いところを見せて。ぜったい合格できるから!!」とポンポンを振って応援しているリスのスタンプ付きの返信をくれた。

 ……マロンさんって、寮長かな。

 いよいよ明日、最後のチーム訓練に向かうって日の夜。寮長は女子寮の談話室に訓練生たちを集めてパーティーを開いてくれた。スイーツがいっぱい。マロンさんってスイーツが好きなんだよね。寮長、リス飼っているし、バレエもやっているし……。

 どうしても気になる。家に帰るまでに、この点をはっきりしたい。マロンさんとツーショットの写真欲しいもん。メール以外でも会話したい。正隊員になればじっくり考える時間ができるけど……不合格なら、せっかくのお近づきチャンスをふいにしてしまう。

 翌朝、最後の訓練に向かう時も、わたしの考えていたことは、そのこと、マロンさんの正体についてだった。だってこれまでの成績からするに、最後の訓練で何をどう活躍しても、正隊員になれない気がするから。訓練はほぼ毎回ビリでしょ。勉強もパッとしなかったでしょ。生活態度もシルビアちゃんとのもめ事であまりいい印象は残せてないだろうし。良い点ゼロだもん。あーあ。

 でもそれをあんまり言うと、リナちゃんたちに「ネガティブすぎるよ」と怒られるから口に出さないよう気を付けてるけど。ホタルちゃんとは、「わたしたち、無理っぽいよね」と本音で語っていた。わたしたちが合格できたら、たぶん全員合格できるね、とも。

 それでも最後の訓練はとても楽しみにしていた。いつもすぐもめてケンカになる臨時チーム訓練だけど、今回の場所は地区本部から出る。

 はじまるのは、実地訓練。地球を離れて宇宙に出る。向かうは惑星ムゲンなのだ!


★★☆

 昔は宇宙船に乗って出発した。でも惑星ムゲンを発見して開拓が進んでからは、新たな惑星を見つける人たち以外、宇宙船に乗ることはない。移転装置を使うのだ。

 惑星移住する人用の装置は、大人数向けだから体育館くらい広いけれど、探査隊向けのものはチームごとに移動するためか、エレベーターくらいの大きさだった。長方形の白い箱。言われないとこれが移転装置だなんて気づかないな。

 臨時チームごとにわかれて移転待ちの列に並ぶと、マハ隊長から腕輪型の通信機を受け取った。ドキドキだ。順番を待つあいだもおしゃべりできないくらい緊張した。

 次々移転がはじまっているようだけど、外から見ているだけでは何もわからない。箱に入っていくチーム。それからプシューって蒸気を噴くような音。それからウイーンって箱のドアが開くけどさっき入ったチームの姿はない。新しいチームが入る。プシューッ。ウイーン。あっ、リナちゃんたちのチームが入っていく。手を振ろうとしたけど、リナちゃんもモエちゃんも、振り返らなかったから、心だけで「行ってらっしゃい!」と送り出す。わくわくしてきた。もうすぐわたしも惑星ムゲンに行くんだ。

 ★★☆

 ついにわたしたちの番が来た。トイレ行っとけばよかったとか考えちゃった。緊張しすぎて足が宙に浮いたみたい。合格発表の時と似ている。あの時もフワフワしていた。

 移転装置は中もあっさりしていた。何もない。上も下も右も左も真っ白な壁があるだけ。その中にチーム六人が入る。少し狭いかもしれない。わたしはホタルちゃんと腕を組む。ホタルちゃんの緊張が伝わる。

 でも、こんな何もない箱で本当に宇宙に移転できるんだろうか? 惑星への旅行で、移転装置を使った子もいるようだけど、わたしたちマハ隊の訓練生は全員はじめての移転だった。ホタルちゃんは白い顔をしているし、いつも自信満々のハツセくんも口元がこわばっている。でもマハ隊長は笑顔で「すぐ到着するぞ」と言っているし、副隊長のユメカ先輩は「緊張しすぎー」とくすくす笑っている。そしてカノコくんなんて面倒くさそうに壁に寄りかかってあくびしている。

 プシューッと音がした。消毒なんだって。箱中に霧が充満する。匂いはあまりない。でも体中が少し湿った感じがした。——と思ったら。

 もう惑星ムゲンに到着していた。どうしてわかったかっていうと、霧が開けると箱の中のようすがまったく違うものになっていたから。寮の部屋くらい広くなったし、ドアも見える。四方にあって三つは赤、青、黄色の細長いもの。向かいにある残りの一つは、二人並んでも通り抜けられるほど大きめで、壁と同じ色をしている。

 そうだ、壁も白色から変化している。くすんだ銀色っぽい色だし、デコボコしている。壁の内側にあるパイプやコードが浮き出ているのかもしれない。

「ようこそ惑星ムゲンへ、って感じかな」

 隊長が言った。

「どうする? まずは外に出てみるか。それとも拠点の内部を見て回ろうか?」


★★☆

 移転装置がそのままチームの拠点になるんだって。わたしたちはここで二泊三日の実地訓練をする。ハツセくんはすぐに外へ出たそうだったけど、わたしはまだ緊張するから、落ちつくために内部を見て回りたいと思った。寝起きする部屋とかトイレとか、ちゃんと確認したいし。ホタルちゃんもそう思っていたから、多数決でまずは拠点見学になった。

 赤のドアを開けるとキッチンだった。コンロと流し台、小さな冷蔵庫と六人分の食器、テーブルとイスがある。それから大きな窓がでーんと壁一面。

「わっ、外が見える!」

 当たり前だけどわたしは声をあげてしまった。だって見えているのは地球じゃない、惑星ムゲンの景色なんだもん。

「森?」ホタルちゃんがつぶやく。そうそう、見えているのは森。というか、拠点は森の中にあるみたい。陽射しがたっぷり入るくらいのかんかくで、地球でも見かけるような木がたくさん生えている。

「あまり他の星に来たって感じしないだろ?」

 カノコくんが言った。

「でもこっちの空気を吸えば少しは気分も変わるかもな。地球とはぜんぜん違うからさ」

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