第8話 トキタさん、嫌い!

 イヤなことを言う子を無視するとイジメになるとは知らなかった。シルビアちゃんは、「訓練生の女子全員から無視されている」って育成部長のトキタさんに相談したらしい。

 それとなくシルビアちゃんの様子を気にして見ていたわたしからすると、女子全員というより、男子も含めて訓練生全員、なんなら先輩たちだってシルビアちゃんとは距離を取っていたように思う。でもシルビアちゃんが傷ついたのは女子からの無視だったんだろう。


「それで、みんなが無視するようになったのは、わたしのせいだってさ」

 リナちゃんは悔し泣きが止まらない。怒り泣きともいうかもしれない。

「わたしが悪者なんだって。説明しようとしてもトキタさんが」

「怒ったの!?」

 腹を立てて詳しく聞こうとすると、リナちゃんは少し言い方を変えた。

「言い訳するな、って態度で、『あなたの言い分もわかりますが——』って。ムカつく。完全に向こうの味方。わたしの話なんてまともに聞きゃしないの。あっちが先に相談したからだろうね。でもさ、最初困ってたのは、わたしたちのほうなのにねっ」

 そうだよねっ、とさらに念押ししたリナちゃんが見ていたのは、ホタルちゃんだ。

 ホタルちゃんはびくっとしていたが、かすかな声で「う、うん」と答えにくそうだったけど認めた。


「だったらもう一回、トキタさんに説明しに行こう。わたしもいっしょに行く」

 シルビアちゃんに傷つけられたり、イヤな気持ちになったりした人がいるんだ、ってちゃんと説明したら、トキタさんも事情が分かるはずだ。

 でもリナちゃんはすっかり腹を立てていて、「あのおっさん、何言ってもムダだよ。向こうはおねえちゃんが正隊員だからね。ヒイキしてんのかも」とプンプンだ。


 わたしは、トキタさんはパパの後輩だったんだよ、同じチームだったの、と言いそうになってぎゅっと口をつぐんだ。親を持ち出すのは最終手段って気がしたから。それに、パパが元サザンクロス探査隊員だったことは、誰にも話したことがない。

 だって探査隊員だった人は大人になって引退したあとも開拓プロジェクトのチームに残るのが普通だ。そうしてないパパはサザンクロス反対派で、そうなった事情も話そうとすると、セキヤおじさんの失踪のことまで説明しなくてはいけなくなるかもしれない。そうなれば気まずくなる。

 ということもあるし、とりあえず、自分たちで状況を打破したい。


「でも今のままだと、リナちゃんが悪者なんでしょう?」

「うん。っていうかね、さっき、あやまされたの。『シルビアちゃん、無視してごめんなさい』って」

 これにはびっくりだ。ホタルちゃんもぎょっとしている。

「いたの、相談室にシルビアちゃんも」

「あとから入ってきた。相談室って奥にまだ部屋があってね、そこから出てきたから、わたしがトキタさんに怒られているのも聞き耳立ててたんじゃないかな」


 それからリナちゃんが苦々しそうにして話してくれた。

 今回の「女子全員無視」はリナちゃんが首謀者で、みんなでシルビアちゃんを無視してイジメていた、ってことになるらしい。

「なんでそうなるの?」

 たしかにリナちゃんはシルビアちゃんも無視していた。わたしにも「無視しよう」って言ってきたから賛成もした。でも周りの子たちにまで「そうしよう」なんて号令はかけていない。シルビアちゃんは、普段の振る舞いのせいで、しだいに孤立していったんだ。

 もちろん、それで良かったとは言えないけど……。シルビアちゃんもつらかったんだろうね、とは思う。ぽつんとしている姿を何度も見かけた。気にはなっていた。

 でも仲間に入れる気にはなれなかった。だってまたどんなイヤなことを言いだすんだろう、ってハラハラしちゃうから。それにわたしとは仲良くしたくないだろうな、とも思ったから他の子と上手くやればいいのに、と思って見てたんだ。


「リナちゃんがあやまった時、シルビアちゃん、なんて?」

「何も」リナちゃんは悔しそうに顔をゆがめた。

「こっち見ないで肩すくめる、みたいな。感じ悪かったよ。上から目線っていうか。完全に被害者ぶってんだね。本当の被害者はホタルちゃんなのにね!」

 これには、「えっ」とホタルちゃん。リナちゃんの言葉に戸惑っている。「わたしはべつに」とゴニョゴニョ。リナちゃんは「わたしがあやまったのは、まあいいよ。でもあっちもホタルちゃんにあやまらないと不公平だよ」とプンプンだ。わたしもカッとなってきた。

「ホタルちゃんがイジワル言われてた話、トキタさんにした?」

「しようとしたよ。でもあのおっさん、話聞かないんだって!」

 それはダメだな!

 わたしの中でトキタさんの評価がぐーんと下がった。ものすごく下がった。地面にめりこんで突き抜けていった。

「でもわたし、ひとりでも説明しに行ってくるよ。まだ相談室にいるかな」

「誰が? シルビアちゃん?」

「ちがうちがう、トキタさん。まあいなくても探して説明してくる!」


 リナちゃんが悪者になっているのは納得がいかなくて、わたしはトキタさんを探して相談室に向かった。こっちの事情にも聞く耳はもってほしい。それにリナちゃんがあやまったなら、わたしだってあやまるべきだと思う。無視していたのは同じだから。リナちゃんだけ悪いはズルい。


 相談室は番号がついていて、五部屋がある。そのうちの3番を使ったとリナちゃんが言っていた。で、3番のドアは開けはなってあった。でも中には誰もいかった。

 トキタさんは訓練生全体の先生みたいなものだけど、職員室にいるかどうか、よくわからない。授業がある校舎と、地区本部の職員さんがいる校舎はべつだ。授業している先生たちの職員室はいつもの校舎側にあるけど、それ以外の建物はわたしにとって未知。だからべつの校舎にいたら、わたしはトキタさんを探してさ迷い歩くことになる。

 けどトキタさんはすぐに見つかった。食堂にいたのだ。のんきにうどんを食べている。腹が立った。リナちゃんの話を聞かず、一方的にイジメの首謀者扱いしたくせに、昼でもない時間にうどん頼んで食べるな!!


 わたしはカッカしながら、うどんをすすっているトキタさんに抗議しに行った。でも失敗した。怒りでよく見えてなかった。隣の席にシルビアちゃんがいた。それで急に勢いがしぼんだ。本人を目の前にして「この人も悪いんです、ホタルちゃんをいじめてた悪者!」と言うことができない。言ったほうがいいんだろうけど、わたしはひるんだ。

 それでトキタさんに「わたしもあとで相談したいことがあります」と言って、シルビアちゃんのほうをちらっと見た。目が合いそうになって、あわてて視線を下げる。


「わかりました」とトキタさん。湯呑のお茶を一口飲んでから続ける。

「ではお昼休みになったら相談室の3番に来てください」 

 もう一度だけシルビアちゃんの方をチラ見した。すっごいこっちをにらみつけてくる。わたしも敵認定されてるんだ。で、そそくさと食堂をあとにした。負けた気分だ。

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