第5話 シルビアちゃんは困った子だ
明日は土曜だから家に帰れる。だからママにおみやげを買って帰ってあげたいけど、まだ地区本部の敷地から出たことがない。午後六時までの門限があるけど、出ちゃいけないわけじゃない。でもまだ知らない街に行くのは抵抗がある。それで、歓迎会で食べたゼリー。あれステキだったなと思って。小さい星型がかわいくてキラキラしてた。
だから食堂の職員さんにゼリーのことを聞いてみた。わたしが「ママにも見せてあげたくて」というと「それなら明日持って帰るのに間に合うように作ってあげるよ」と言ってくれた。簡単に作れるんだって。でもわざわざ作ってくれてうれしい。思い切ってたずねてみて良かった。
リナちゃんにそのことを話すと、「わたしも持って帰る!」って明るくなった。算数の授業で挙手ばかりして全部答えようとするシルビアちゃんに、うんざりしていたようすだから、気分が晴れて良かったと思う。
シルビアちゃん、優秀だけど、なんでもかんでも自分中心にしたがるのは良くないんじゃないかな。だってここにいるのはみんな試験に合格した人ばかり。全員、優秀なんだ、わたしも含めてね!
★★☆
リナちゃんが誘ってくれたから、今日はシャワーじゃなく大浴場を使ってみることにした。午後五時~九時まで開いてるんだって。先輩たちでいっぱいだったけど、訓練生は出ていけなんて言われなかった。みんな「おいでよー」とやさしかった。
水色と白のモザイクタイルの浴室で、ジャグジーがついてる。ぶくぶくは楽しい。あんまり楽しくてのぼせそうなったから危なかった。リナちゃんのほっぺもまっかっかだ。
キッチンに行って冷たい牛乳を二人で飲んでいる時までは、最高の気分だった。二人とも明日は家に帰るから、その話をしていた。朝起きたら食堂に行ってゼリーもらって帰ろうね、って。
でもそこにシルビアちゃんが来てだいなしになった。
「あなたたち大浴場に行ったんだって? そういうの良くないよ。わたしたち、まだ訓練生なんだからね、生意気なことしちゃいけないんだよ」
あーあ、って思った。リナちゃんは無視しようとした。でもわたしは「先輩たちやさしかったよ。誰も怒ってなかったもん」と言い訳っぽく言ってしまった。
「やさしいから良いってことにはならないでしょ。あなたってホタルちゃんと同じ部屋の子だよね」
「ミノリだよ。唯島ミノリ」
「唯島さん、ホタルちゃんに悪い影響与えないでよね」
黙れっ! と言った。わたしじゃなくてリナちゃんが。
「あんたうるさいよ。先生のつもり? あんたも訓練生じゃん。えらそうにしないで」
「えらそうになんてしてないでしょ。あなたたちが困ったことにならないように注意しているだけだもん。逆ギレしないでよね」
腕組みして「フン」とやっているシルビアちゃんは、いやーなかんじだった。
「二人ともよく合格したよね。西小ってレベル低いね」
わたしたちが黙っているのをいいことに、シルビアちゃんはそんなことを言ってくる。ムッときた。でも黙っていようとがんばった。リナちゃんも、ものすごい怖い顔でにらんでたけど、黙って耐えている。
「ケンカだめよー」
アイスをかじっていた先輩が、おだやかに言う。「寮長呼ぼうかー?」と言っている他の先輩もいた。どっちも、のーんびりしているから、ギスギスした雰囲気がほぐれた。
シルビアちゃんはまだ何か言ってきそうな雰囲気を出していたけど、わたしとリナちゃんは牛乳を飲み終えたグラスを洗うとすぐキッチンを出た。
シルビアちゃん、困った子だ。真面目すぎるのかな。でもわたしたちが、ふざけてるってわけでもないのに、怒りすぎだよ。
★★☆
寮に入って良いことは宿題をリナちゃんといっしょにやれること。ひとりでやるよりはかどる。すぐに終わった。でも雰囲気は悪かった。シルビアちゃんとのことが、ずっとフツフツしているらしくて、リナちゃんは目がにらんだままになっていた。
宿題が終わってから、もう部屋に行くか、それとも談話室でトランプでもやろうかなって思っていたら、リナちゃんが「ねえ」と低い声で顔をよせてきた。
「これからシルビアちゃんが何を言ってきても無視しようよ。相手しないほうが良いと思うんだ」
それがいいね、とわたしも賛成した。でも同部屋のリナちゃんが無視し続けるのは大変そうだなとも思った。
★★☆
ホタルちゃんは明日、家に帰らないんだって。
夜に泣いててホームシックっぽかったから、帰ったほうが良いんじゃないと思ったけど、よけいなお世話はやめておいた。
わたしは帰ったらママとパパに話したいことがいっぱいある。わくわくだ。
疲れていたからかな。ベッドに入ったらストンと眠れた。それで起きた時はまだホタルちゃんはぐっすり眠っていた。泥棒みたいにして廊下に出てキッチンに行く。リナちゃんがココアを飲んでいた。
「おはよー」とコソコソ声で言い合う。
おみやげのゼリーは冷蔵庫に入っていた。「ミノリちゃんへ」と名前が書いてある紙袋がある。この中に入れておくからね、と昨日夜ご飯の時、食堂の職員さんが約束してくれた。その通りにちゃんとあった。リナちゃんとわけて、もたもたせずに寮を出ることにした。だって朝早くからおしゃべりしてたら、うるさいシルビアちゃんが起き出して、注意してくるかもしれないから!
「始発に間に合うね。あんまり早く帰ってきたから、ママたち驚くかもね」
小走りで二人して駅に向かう。芝生を駆けていく。敷地内にホームがあるのは便利だね。
カンカン音を立てて鉄の階段を下りた。ホームにはもう出発を待つリニアが停まっていた。中に入ると、わたしたちよりも早起きの訓練生や先輩たちがちらほらいた。眠そうにあくびしている子や目を閉じて寝ているみたいな子もいる。
静かに出発するリニア。ついこの間、緊張しながら到着したはずなのに、わたしはずいぶん昔のような気がしつつのんびり窓の外をながめた。景色はあっという間に流れ去っていく。
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