九章 皆殺しの最終兵器⁉

 「ふむ、なるほど。身分にいつわりはないようじゃな」

 衛兵えいへいに捕まり、お城の牢屋にぶち込まれてから三日。その間ずっと『あたしはパン王国のバゲット姫よ! 無礼なことをしたらひどいんだからね!』と、叫びつづけたのがようやく功をそうしたのか、あたしたちは町長の前に引き出された。

 町長というのは、六〇代ぐらいのなかなか人のよさそうなおじさんだった。でも、だまされるもんか! あたしみたいないたいけな女の子を牢に閉じ込めるようなやつ、絶対、絶対、絶対、極悪ごくあく非道ひどう陰険いんけんオヤジに決まってる!

 陰険いんけんオヤジはあたしの身分証をマジマジと見つめ、やがて納得したように言った。

 「身分証は本物と見てまちがいなさそうだ。よかろん。そなたをパン王国バゲット姫と認めよう」

 「当然よ!」

 あたしは両手を腰につき、フン! とばかりに胸を張って答えた。

 乱暴な口調になっちゃったけど、これはあまりに頭にきていたせい。そもそも、一国の王女であるあたしが、町長ごときに敬語を使う必要なんてない。向こうがあたしに敬語を使う立場でしょ。

 「そして、我がアンコロ町には、営業のためにやってきたと」

 「そうよ!」

 と、あたしは今度は腕を組んでフン! のポーズで答えた。

 「たしかに、各地の城と契約けいやくするための営業行為は、すべての王国に等しく認められた権利。法を守って行う分にはとがめ立てするわけにも行かぬ。そしてまた、どの王国と契約けいやくするかの決定権は城の側にある。王国ごとの言い分を聞かなければ、どの王国と契約けいやくすべきかの判断もつかぬ。よかろう。我がアンコロ町にて営業することを認めよう」

 「どうも!」

 「改めて紹介しよう。私はアンコロ町の町長を務めるアズ・キーだ」

 「ご丁寧ていねいに! パン王国王女バゲットよ!」

 「バゲット姫の執事しつじを務めさせていただいております、ブリオッシュと申します。お見知りおきを」

 兄さまはあくまで優美に一礼してのける。三日間も牢屋に放り込まれいたことなんか気にしていないみたい。そりゃあ、その間ずっと、いやがるあたしに算数やらダンスやらをみっちり、やらさせていたんだから楽しかったでしょうよ!

 「ただし」と、アズ・キー町長。

 「完全に自由、と言うわけには行かぬ。すまぬが、監視の兵はつけさせてもらう」

 「なによ、それ⁉」

 あたしは憤慨ふんがい。両腕を組んで陰険いんけんオヤジをにらみつける。

 「とがめ立てする気はない。営業を認める。そう言っておいて『監視をつける』って、それ、どういうこと? あんた、バカなの? 言葉の意味、知ってる? なんなら、このブリオッシュを貸すから国語の勉強やり直したら? 『おはよう』の挨拶から『お休みなさい』にいたるまで一日中、側にくっついて言葉使いを直してくれるわよ」

 威勢良く叫ぶあたしにアズ・キー町長は目を白黒。いい気味だわ!

 「……いやいや、そうポンポン言われても困るのだがな。実は、我が町はいま、厳戒げんかい態勢たいせいにあってな」

 「厳戒げんかい態勢たいせいとは?」と、兄さま。

 「うむ。実は、隣町との戦争が迫っておるのだ」

 「戦争⁉」

 あたしはその言葉に飛びあがって驚いた。

 戦争って……うそでしょ⁉ 領土りょうど拡張に武力が使われていた野蛮な時代じゃあるまいし、いまどき戦争なんて……。

 しかも、隣町となんて。どういうこと⁉

 アズ・キー町長はつづけた。

 「この町の西側に大きな川がある。その川向こうにもうひとつ、町があることには気がついていると思うが……」

 たしかに、それはあたしも気がついていた。

 川には大きな橋がかかっていて、自由に行き来できるようだった。似たような町があるから、まるで双子の町みたいで面白いって思ってたんだけど……。

 「この町と川向こうの町はもともと同じひとつの町だったのだ。ところが、あるとき、ある理由によって争いを起こしてな。ふたつに分裂した。以来、なんとしても雌雄しゆうを決するべく、戦争をつづけてきた。そして、今年こそついに! やつらを皆殺しにしてやる算段さんだんがついたのだ!」

 「皆殺し⁉」

 「さよう。すべては我らが町民の不断の努力のたまもの。これだけの成果を出した町民たちを私は心から誇りに思う。そしていま、我が町では総力を挙げて、そのための最終兵器の生産に取り組んでおるのだ」

 「最終兵器⁉」

 「うむ。そうとも。これをもってすれば、かの町のやつらなどひとりも残さず倒れ伏すわ。我らの勝利は疑いない」

 って、アズ・キー町長はさも愉快そうに笑う、笑う。

 ちょ、ちょっとまってよ! いたいけな女の子を牢屋にぶち込むなんてとんでもない陰険いんけんオヤジだと思ってたけど……『皆殺しにしてやる』なんて言って笑うほどの悪党だったわけ⁉ そんな顔じゃないでしょ⁉

 「顔は関係ないんじゃないか?」

 兄さま、うるさい!

 「と言うわけでだ。万が一にもその情報が隣町のやつらにもれてはならぬ。ために町民の外出も禁止し、衛兵えいへいたちに目を光らせていたのだ。そなたたちを捕えたのも、幾度も町を出入りしているために、隣町のスパイと疑ったからだ。そうではないとわかった以上、捕えておく理由はないが、万が一にも隣町に駆け込まれて情報を伝えられては困るからな。監視だけはさせてもらう。とまあ、そういうことだ」

 『そう言うことだ』って、なにを気楽に言ってんのよ まるで、小さい子供がひとりで遊びに行くのを禁止するような気軽さじゃない! 相手を皆殺しにしようっていう計画をこんな気軽に口にするなんて……まさか、この町長がここまでの悪人だったなんて……。

 あたしはたまらず叫んだ。

 「ダメ!」

 あたしの叫びにアズ・キー町長はキョトンとした表情になった。

 「ダメ? なにがダメだと言うのだ? 監視をつけるというのは、これでもずいぶん配慮はいりょしたのだぞ。本当なら、スパイ行為を禁止するために……」

 「そんなこと言ってない! 戦争なんかダメだって言ってるのよ!」

 「なに?」

 あたしの言葉に――。

 アズ・キー町長の表情がみるみるけわしいものとなる。人のよさそうな様子はいっぺんに消えて、まるっきり陰険いんけんなジジイのよう。やっぱり、こいつ、極悪人だ!

 あたしはアズ・キー町長につめよった。

 「まして、皆殺しなんて! どんな事情か知らないけど、そんなの絶対、ダメ! もっとちがう解決方法があるはずでしょ!」

 「だまれ! よそ者になにがわかる! これは、我々の名誉が懸かった神聖なる戦いなのだ!」

 「名誉がなによ⁉ 人の生命の方がずっと大切でしょ!」

 「だまれ! 昨年の戦争では我が方が皆殺しの屈辱くつじょくにあったのだ! その屈辱くつじょくを晴らすまでは死んでも死にきれん! 今年こそ、やつらを皆殺しにしてやるのだ!」

 「ダメ! 絶対、ダメ! そんなことさせない!」

 あたしはアズ・キー町長に向かって飛びかかった。それでどうなるって思ったわけじゃないけど……もしかしたら、町長を人質にとって最終兵器を壊させて……とかなんとか、無意識に考えていたのかも知れない。

 だって、テレビで見るスーパーヒロイン物なんかだとたいてい、そんな展開になるから。でも――。

 スーパーヒロインでもなんでもない、ごく普通の女の子のあたしに、そんなことができるはずがなかった。つかみかかろうとしたところを側にいた衛兵えいへいにあっけなく取り押さえられ、床に組み伏せられた。

 あ痛たたっ。仮にも王女さまのあたしをこんな目にあわせるなんて……。

 って言うか、兄さまはなにしてるの かわいい妹がこんな目にあわされてるっていうのに、黙って見てるだけ? 兄さまだったらこんな衛兵えいへいの一ダースや二ダース、簡単に退治できるはずでしょお!

 あたしは怒りに満ちた目で兄さまを見た。すると――。

 兄さまは一〇人ばかりの衛兵えいへいに囲まれ、首筋に剣を突きつけられていた。

 この役たたずっ!

 怒りに燃えるあたしの頭の上に、アズ・キー町長の声がした。

 「こやつらをズンダ博士のもとに送り込め! ズンダ博士も、こやつら相手なら話も合おう。よい組み合わせだ」

 かくして――。

 あたしたちは再び衛兵えいへいに捕らわれ、引きずり出されて行ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る