第三部 戦争なんて許さない!

八章 なんで、逮捕されるのよ⁉

 ゼ……ゼエゼエ、ゼエゼエ。

 や……やっと、全部、運んだ。

 ササヒカリ村から目的地のアンコロ町まで歩いて一日とかからない距離なのに、十日かかった。まさか、弱冠一二歳、花も恥じらう乙女のこのあたしが、来る日も来る日も毎日まいにち、米俵こめだわらを背負って村と町を行き来する羽目になるなんて……。しかも、見上げるばかりの山ひとつ分もの米俵こめだわらを……。

 も、もう、だめ……。動けない。死にそう。

 兄さまのメガネというチートアイテムで怪力を得てのことだからまだ、なんとかなったけど、そうでなかったら完全にへばって、野垂れ死にしていた。まあ、兄さまのメガネがなければそもそも、あたしがにぎり山さんに勝っておコメを運ぶ役につくこともなかったわけなんだけど……。

 とにかく、腹の立つのは、あたしにこんな苦行を押しつけた、この元凶! 地面にぶっ倒れて、肩で息をしているあたしに向かって、拍手しながらこんなことを言ってる!

 「お見事です、姫。ご立派にコメ運びの大役を成し遂げましたな。さすが、パン王国の気高けだかい姫。ご自分の役割を途中で放り出すことなく、最後までやり遂げるその心意気。まさに、王家のほまれ。このブリオッシュ、感服いたしました。王女さまなら必ずや、よき女王となられることでしょう」

 なんて、執事しつじモードに入ってめ言葉三昧ざんまい。言葉だけはたしかにめているんだけど……目が笑ってるのよ、目が!

 そういう態度が嫌味いやみだってのよ、この腹黒はらぐろ超絶ちょうぜつ陰険いんけん根性こんじょうがり口悪くちわる野郎やろう

 だいたい、信じられる⁉ この男、最後までなんの手伝いもしなかったのよ? あたしがヒイヒイ言いながら米俵こめだわらを運ぶとなりで、呑気のんきな顔してついてきただけ。最後のさいごまで『手伝おうか?』の一言もなし! それが、かわいい妹を前にした兄の態度⁉

 「兄さまなら兄さまらしく、大変な思いをしている妹を助けてくれたらどうなのよ⁉」

 途中、ぶちギレたあたしがそう叫ぶと、この腹黒はらぐろ超絶ちょうぜつ陰険いんけん根性こんじょうがり口悪くちわる野郎やろうは澄ました顔で言ってのけた。

 「道中、ずっと『がんばれ、がんばれ』と応援してやってるじゃないか。ほら、この通り、こんな旗まで手作りして」

 と、兄さまは小さなお手製の旗をパタパタと振ってみせる。その旗というのがマンガチックにされたあたしの顔のまわりをハートマークが囲み『I LOVE バゲット姫』なんて文字が躍っているという超絶ちょうぜつ恥ずかしい代物で……こんな旗をパタパタ振るって『がんばれ、がんばれ』なんて言いながら、ついてきてたのよ⁉ あたしがどれだけ恥ずかしい思いをしたことか……。

 「見ろ。こんな手の込んだ旗まで用意して、妹を応援する兄の愛。おかげで無事、大役を果たせたじゃないか。めでたし、めでたし」

 「だから、そう言うんじゃなくって! 少しぐらい運ぶのを手伝ってくれてもよかったじゃない!」

 「なにを言っている。コメを運ぶのは相撲すもう大会で優勝した勇者だけに与えられる特権。それ以外の何人なんぴとたりともさわってはならぬ。さもないとイネの神のたたりがある。くれぐれも姫以外のものがさわってはならない。村長からそう何度も、念を押されただろう」

 「そ、それはそうだけど……」

 言われてあたしは、出かける前の村長さんの表情を思い出した。あたしの肩をガッシとつかみ、目の奥までのぞき込み、地獄の底から押し出すようなうなり声で、

 「くれぐれも、くれぐれも、他の者に米俵こめだわらをさわらせてはなりませぬぞ。相撲すもう大会の優勝者以外の手がふれれば、たちまちイネの神の怒りがふれ、村はたたりに見舞われるのですからな」

 そう、何度もなんども念を押すんだから……マジで怖いっての! しかも、米俵こめだわらを受け取りに村に戻るたびにそれをやるんだから……毎晩、夢に出てきて、うなされっぱなし。もう、めげそう……。

 「で、でも、どんなたたりがあるのかって聞いたら『わからない』なんて言ってたし……」

 そう。あたしは聞いたのだ。村長さんの態度があまりにも真剣そのものだったので、過去にはさぞかし恐ろしいたたりがあったんだろう。それはどんなものだったのか。そんな恐ろしいたたりがあるなら、あたしも真面目に言いつけを守らなきゃならない……。

 ゴクリ、と、唾を飲み込んで答えをまつあたしに向かって、村長さんの言った言葉は――。

 「さあ?」

 の、一言だった。

 「さあ?」

 思わず尋ね返すあたしに向かい、村長さんは『当然』といった態度で答えた。

 「もちろんです。なにしろいままで、このおきてを破ったものなどおりませんからな。どんなたたりがあるかなど皆目かいもく、見当もつきません」

 なによ、それえっ⁉

 つまり、たたりがあるかどうかなんてわからないってことじゃない! だったら、少しぐらい、手伝ってもらっても……。

 「あったらどうするのです?」

 「うっ……」

 ブチブチ文句をつけるあたしに向かい、兄さまはそう指摘した。それも『意地悪いじわるモード』全開で。

 「そんなことを言ってもし、本当にたたりがあったらどうするのです? 姫さまおひとりのワガママのせいで村ひとつが滅びることになったりしたら。もう、誰もあの村では生きていけず雲散うんさん霧消むしょう。人ひとり住まない廃墟はいきょが広がる結果になるんですよ。あの女の子たちだってそう。人買いに買われて、どこか遠くの町に売られて一生、奴隷扱い。そんなことになってもいいのですか?

 そんな危険がありながら自分ひとり、楽をすることを望むとは。かような身勝手な姫に育ててしまったのは私の落ち度。なんと言って詫びればよいか……」

 そう言いながら『よよよ……』なんて、泣きくずれてみせる。その態度がなんとも気持ちよさそうで……って言うか、男のくせにそんなポーズとるんじゃない!

 ……でも、そんなポースさえ様になるのよね、この男。超絶ちょうぜつ美形ってほんと反則だわ。

 「い、いや、それは、あたしだってそんなことになったら悪いと思うけど……」

 「なら、文句を言うな。キリキリ運べ。ほら、一、二、一、二」

 泣いていたのもどこへやら。涙の跡ひとつ見せずにそう言う兄さまに、あたしは本気で殺してやりたくなった。

 でも! その苦行もやっと終わった。とにかく、役目は果たしたんだから、これで晴れて自由よね。この腹黒はらぐろ超絶ちょうぜつ陰険いんけん根性こんじょうがり口悪くちわる野郎やろうの陰謀のせいで、とんだ重労働させられる羽目になったけど、それでもめげずに役目を果たすあたしってなんて良い子! こんな良い子なら、神さまだってご褒美ほうびのひとつやふたつくれるわよね?

 「とにかく! とんだ重労働させられたんだからその分、たっぷり休んでやるわ。まずは、お腹いっぱい、おモチを食べて……」

 アンコロ町はおモチ作りの町と言うだけあって、そこかしこにおモチ屋がある。おかげで、どこもかしこもおコメをく煙でいっぱい。おいしい匂いが町中を包み込んでいる。もう、その匂いだけでお腹がグウグウ鳴るってもんよ。

 おまけに、お店に並ぶおモチの数々。真っ白なおコメだけのおモチに、マメを入れたマメモチでしょ。枝豆をまぶしたずんだモチに、たっぷりのあんこにくるまったあんころモチ。黄金色のきなこモチ。おモチを食べるのには欠かせない、お醤油しょうゆやら、海苔やら、お汁粉やらもあふれんばかりに売っていて……それはまさにこの世のパラダイス! 見ているだけで幸せになれる光景が広がっている。

 いままでは、コメ運びで食べているひまもなかったけど、役目を終えたいまなら遠慮えんりょはいらない。食べて食べて食べまくって、おモチ完全制覇してやるんだから!

 「食べて食べて食べまくるのはいいが……」って、兄さま。

 あたしはいやな予感がした。だいたい、兄さまがなにか言うとろくなことがない。あたしはムッとして言った。

 「なによ、兄さま。なにか文句でもあるわけ?」

 「いや、おれはなんの文句もないんだが……」

 「『だが……』なによ?」

 「他に文句のある人間がいるんじゃないかな?」

 「へっ?」

 「なにか知らないが、武器をもった衛兵えいへいたちが近づいてくるんだが」

 「えっ? えっ?」

 言われてあたしはまわりをキョロキョロ見回した。するといつの間にかまわり中、衛兵えいへいだらけ。しかもみんな、剣を抜いている!

 ちょっと! なによ、これ なんでいきなり、こんなことになるのよ

 隊長らしい、角の生えた兜をかぶった衛兵えいへいが口にした。

 「お前たちだな。ここ数日、頻繁に町を出入りしているよそ者というのは。逮捕する!」

 えええっ~、なんでそうなるのよおっ⁉

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