七章 娘たちはあたしのもの……って、えぇ~!

 「おお、お見事。さすがはパン王国のえある姫君。ご立派でしたぞ」

 って、兄さまがいかにも執事しつじキャラでたたえる。あたしはそれどころじゃない。

 「ちょ、ちょっと、兄さま。これいったい、どういうこと⁉」

 あたしはほとんどパニック状態。兄さまは小憎こにくらしいぐらい冷静な態度であたしの顔からメガネをとると、自分の顔にかけ直した。

 「すべては、このメガネの力だ」

 「へっ?」

 「このメガネはおれが幼少の頃からかけていた、おれの分身。このメガネにはおれの力が宿っている。つまり、このメガネをかけたものは、このおれと同じ能力をもつことができるというわけだ」

 えええっ! なによ、そのご都合主義的チート物語に出てきそうな夢のアイテム⁉ そんなんで勝っちゃって、さすがに悪い気がするんですけど……。

 「しかし、これで村の娘たちは助かったんだ。喜ぶべきだろう」って、兄さま。

 う、う~、それはたしかにその通りなんだけど……なんだか、釈然しゃくぜんとしないと言うか。

 で、でも、まあ、たしかに女の子たちが救われたんならそれでいいか。

 「おお、ありがとう、ありがとう、バゲット姫! 心より感謝いたしますぞ」

 って、村長さん。あたしの手を両手で握りしめ、泣いて喜んでいる。

 「これで、この村の娘たちはあなたのもの。よろしく頼みましたぞ」

 「え、えええ~⁉」

 「なるほど。相撲すもう大会で優勝したものが娘たちを手に入れる。つまり、バゲット姫こそがその権利者というわけですね」

 「はい。その通りです。そのお若さで見事な豪傑ごうけつり。あなたになら喜んで娘たちを任せますぞ」

 ま、任せますぞって……あたし、そんな趣味しゅみないんですけどおっ!

 心で叫ぶあたしのまわりに、女の子たちが一斉によってくる。

 「すご~い、本当に勝っちゃった!」

 「あなた、強いのねえ、見かけによらないわ」

 「あんながさつな男に任せるなんて嫌でいやで仕方なかったけど……あなたみたいなかわいい女の子なら大歓迎よ。どうかよろしくね」

 よろしくねって……なにそれ、どういうこと~。

 「では、バゲット姫。娘たちをよろしくお願いいたしますぞ」

 って、村長さんの言葉と共にあたしの前に積みあげられたのは……山ほどもある米俵こめだわら

 「え、え、なにこれ? 娘って……」

 目を白黒させるあたしに、村長さんは心から不思議そうな表情になった。

 「はっ? 『娘』と言えば一年間、丹精たんせい込めて育てたコメのことに決まっておりましょう。なにを驚かれているのです?」

 コ、コメに決まってるって……。

 「ふむ、なるほど」って、兄さま。

 「つまり、この村、いえ、モチ王国においては丹精たんせい込めて育てたコメを『娘』と呼び、愛情を込めて扱っていると。そう言うことですね」

 兄さまが言うと、村長さんはとたんにデレッデレの表情になった。

 「おお、もちろんですとも。丹精たんせい込めて育てたコメは、わしらにとってまさに娘。そして、毎年の相撲すもう大会で優勝したものこそ、その大切な娘たちをモチの加工場のある町まで運ぶ名誉をになうのです。どうかバゲット姫。娘たちを無事に町まで運んでくだされ」

 そ、それじゃあ『村の娘たちを連れて行く』って言うのは……。

 「それじゃあ、あの女の子たちはなんなんです⁉」

 身をよせあって泣いているからてっきり、あの女の子たちが連れて行かれるんだと思っちゃったじゃない!

 村長さんは不思議そうに答えた。

 「はっ? あの娘たちは今年の田植えの儀式をつかさどった早乙女さおとめたちですが?」

 「早乙女さおとめって……」

 女の子たちは口々に言った。

 「今年のコメはあたしたちが最初に植えて、儀式の舞をして育ててきたの。そりゃあもう、愛情を込めて、大切に育ててきたのよ」

 「その大切なコメをあんながさつな男に任せなきゃいけないのかと思うと……」

 「悲しくて、くやしくて、思わず泣いちゃったけど……でも、あなたのおかげで救われたわ」

 女の子たちはそう言ってニコニコしている。そ、それじゃあ、あたしのしたことって……。

 「お~い、おいおい!」

 突然、ビックリするような大きな声がした。あの筋肉ダルマ、いえ、にぎり山とかいう男の人だ。地面に突っ伏して泣いている。その前に三〇歳ぐらいのなかなかきれいな女の人がいて、なぐさめている。

 筋肉ダルマ――にぎり山さんは、女の人に向かって泣きながら訴えた。

 「うううっ、すまねえ、おかゆ。負けちまった。一二の歳に願掛がんかけして、すべての村のコメを運んでみせると誓ってから二〇数年。ひたすらに相撲すもうどうに励み、ついにあとひとつ、このササヒカリ村のコメを運べば全村制覇となるところだった。そうしたら、晴れておめえと結婚して所帯しょたいをもてるところだったのに……」

 え、えええ~! なにそれ、そんな重大な話だったのおっ⁉

 「けど、負けちまった。おらあ、だめな男だ。だが、誓いは破れねえ。また一からやり直しだ。おかゆ。もうこんなダメ男は忘れて他の男と幸せになってくれ」

 ちょ、ちょっとまってよ! それじゃあ、あたしがとんだ勘違いでふたりの仲を裂いたことになっちゃうじゃない!

 「なに言ってんのさ」

 おかゆさんと言う女の人はにぎり山さんに向かって言った。優しい、と言うよりサバサバした、いかにもあねさん女房といった口調だった。

 「一度ぐらい負けたからってなんだって言うんだい。もう一度、挑戦して、今度こそ成し遂げればいいじゃないか。あたしもそれまで付き合ってやるよ」

 「うう、おかゆ。まだこんなおれに付き合ってくれるのか?」

 「あんたみたいなコメバカ、あたし以外の誰が相手してやれるって言うのさ。なあに。いままで二〇数年まったんだ。もう一度ぐらい、まってやるよ」

 「うう、おかゆ、おかゆ~」

 にぎり山さんはおかゆさんの胸に顔を埋めて泣きじゃくる。うっ……不覚ふかくにもなんだか感動してしまいそう。

 「ほらほら。いつまでもメソメソ泣いてるんじゃないよ、いい男が。それより、勝者をたたえてやりなよ。なんたってあんたに勝った世界一の力士りきしだよ。小さななりして、大した娘さんじゃないか。たたえてやらなきゃね」

 「う、うう、そうだ。その通りだ。それが力士りきしの礼儀というものだ」

 って、ちょ、なに、そのスポーツマンシップ。こんな筋肉ダルマにそんなさわやかな態度とられても困るんですけど……。

 「見事だった、お嬢ちゃん。いや、バゲット姫。見ず知らずの人々のために戦いを挑む気高けだかさ。体格差をものともしない剛力ごうりき。一国の王女たるその実力。確かに見せてもらった」

 って、にぎり山さんは右手を差し出してくる。あたしは思わずその手を握ってしまった。にぎり山さんが右手にそっと力を込める。大きくて分厚い、まるでグローブみたいな手があたしのちっちゃい手をすっぽり包む。

 にぎり山さんが笑って見せた。もちろん、ハンサムとか美形とか言うにはほど遠いけど、なんだかとってもさわやかな、素敵な笑顔。思わずドキッとしちゃったぐらい。

 「しかし、おれだってまだまだ負けない。もっともっと修行して、強くなって、今度こそ勝つ。ぜひともまた戦ってくれ」

 「えっ、あ、はい……」

 ひええ。兄さまのメガネなんていうチートアイテムで勝ってしまったことがひたすら恥ずかしい。

 「では、さらばだ。世界一のごうなるもの。再戦のときまで壮健そうけんなれ!」

 にぎり山さんは、笑顔と共にそう言い残すと、きびすを返して去って行く。その隣にはおかゆさん。ふたりは真っ赤な夕日を背に、そっとよりそいながら去って行く……って、まだ昼間のはずでしょお!

 あっ、昼に戻った。『ふたりの世界』の力ってすごい。

 ま、まあ、とんだ勘違いだったけど、とにかく、これで丸くおさまったみたいだし……おコメは町に運ばなくちゃいけないけど、飛行船に積んでいけば簡単だし――。

 「飛行船ですと⁉ とんでもない!」

 村長さんは気色けしきばんで叫んだ。

 「大事なだいじな娘たちをそのような無粋ぶすいな機械で運ぶなど! 我々が丹精たんせい込めて育てた娘たちは、我が身に背負って運ぶものと決まっております!」

 「我が身に背負ってって……あたしがかついで町まで運ぶってこと?」

 「もちろんです」

 「この山積みになったおコメを? 全部?」

 「さようです!」

 うそでしょおっ~!

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