六章 負けられない!

 「えええっ⁉」

 その場から一斉に悲鳴にも似た叫びがあがる。

 ……って、あたしが一番、叫んだわよ!

 なに、なに、なにそれ、なんで、そんなことになるのよおっ⁉ あたしが世界一だなんて、そんなことあるわけないでしょおっ!

 あんじょう、筋肉ダルマはおかしそうに笑い飛ばした。

 「がははははっ! 冗談言っちゃいけねえ。そんなチビでやせっぽちのお嬢ちゃんが世界一なんて、あるわけねえだろう」

 やせっぽちなんて失礼ね! これでも最近はけっこう、それなりに、女の子らしいスタイルになってきてるんだから!

 でも、『世界一なんてあるわけない』って言うのには激しく同意。そうよ、兄さま。いったい、なんのつもり?

 でも、兄さまは余裕かましまくりの態度でつづけた。それはもう『いけしゃあしゃあ』っていう言葉がピッタリくる態度で。

 「逃げるのか?」

 「なにいっ?」

 ちょ……筋肉ダルマの目がマジ、わっちゃったじゃない。これは……いくらなんでも、さすがに怖いかも。

 「逃げるだと? このにぎり山さまが逃げるだと?」

 「勝負を挑まれて受けないということは、そう言うことだろう。いやいや、恥じる必要はないさ。しょせん、お前は世界で二番目だ。世界一と戦えるはずがない」

 だから! なんで、そんなに挑発ちょうはつしまくるのよ!

 「いいだろう」

 筋肉ダルマが押し殺した声で言った。それこそ地獄の底から響いてくるような声で。声の奥底にグツグツと煮えたぎる溶岩がたぎっているのがはっきりわかる。その目はすっかりわっていて、まるで獲物を前にしたクマのよう。これは、さすがに怖いんですけど……。

 「やってやろうじゃねえか。だが、どんな目にあっても文句を言うんじゃねえぞ」

 言うに決まってるしょお~! あたしはあんたみたいな筋肉ダルマとはちがうの。おしとやかで控えめな、花も恥じらう乙女なのよ! 相撲すもうで怪我なんてさせられてたまるもんですか!

 「おお、なんと勇敢な」

 って、村長さんがよってくる。あたしの手を握りしめ、涙を流しながら言ってくる。

 「見ず知らずの我々のためにその身を懸けてくださるとは。さすがは一国の王女さま。何と気高けだかいお心をお持ちじゃあ……」

 えっ? えっ? ちょっと、やめてよ! そんな言い方されたら断れなくなっちゃうじゃない! って言うか、あたしとこいつの体格差を見たらあたしが勝てないぐらいわかるでしょお。だって、あの筋肉ダルマの腕、あたしの胴体よりずっと太い。って言うか、あの腕一本だけであたしより絶対、重い。全体重となったらいったい、あたしの何人分か……。

 ここは『そんな無謀むぼうな真似はしないように』ってさとすのが、おとなの態度ってものでしょお。それなのにああ、それなのに――。

 いつの間にか、村長さんだけじゃなく、身をよせあってなげき悲しんでいた女の子たちまでよってきていた。

 「がんばってね! できれば、この村の人に勝ってもらいたかったけど……でも、同じよそ者でも、あんながさつな男よりあなたの方がずっといいわ。お願い! 絶対、勝って」

 いやいや、むり。勝てませんから!

 でも、もう、とうてい断れるような状況じゃなかった。あたしは村の人たちに連れて行かれ、まわしを締められ、土俵どひょうのなかに立たされてしまった。さすがに、女の子と言うことで体操服の上からだったけど……ひええ、メチャクチャ恥ずかしい!

 村人たちの大歓声のなか、あたしは土俵どひょうのなかで筋肉ダルマとふたり、立っていた。ここはどこ? あたしは誰? なんでこんなことになってるの? 誰か教えて!

 「お前が自分から口出ししたからだな」って、兄さま。

 教えないで!

 「まあ、がんばれ、バゲット。お前なら絶対、勝てる」

 って、兄さまはにこやかに言ってのける。勝てるわけないでしょ! ってか、思い出した。全部、こいつのせいじゃない!

 「なに考えてんのよ、兄さま! あたしがあんな筋肉ダルマに勝てるわけないじゃない! こういうことは、兄さまがやるべきことでしょ! パン王国史上最強って言われるぐらいなんだから!」

 あたしが叫ぶと、兄さまは急に真剣な面持おももちになった。あまりに真剣過ぎて、ドキッとなってしまうぐらい。

 「それは無理だ。おれにはできない。できない理由がある」

 「理由……? どんな理由?」

 あまりに真剣な言い方にあたしも思わず声をひそめてしまう。もしかして、美青年に付きものの不治ふじやまいにかかってるとか? そんな理由があったりするわけ?

 胸をドキドキさせながら答えをまつあたしに向かい、兄さまの言った言葉は――。

 「簡単すぎて盛りあがりに欠けるだろ」

 あたしはもう一生、あんたの心配だけはしてやらない!

 「盛りあげるためなら、妹がどんな目にあってもいいって言うの⁉ このバカ兄貴!」

 「大丈夫だ、お前にはこれがある」

 って、兄さまは自分のメガネを外すと、あたしの顔にかけた。

 「こんなものが、なんの……」

 役に立つって言うのよ⁉

 叫ぼうとしたそのときだ。ゴウッと音を立てて、あたしの体のなかでなにかが吹き荒れた。

 な、なにこれ、なにこれ⁉ いままでに感じたことのない、すごい力がどんどん湧いてくるんですけど!

 なんだか、これなら星そのものだって動かせそうな……。

 「さあ、見合って、見合って」

 行司ぎょうじの声がした。筋肉ダルマが腰をおろして片手を地面に付ける。あたしは思わず見よう見まねで同じポーズをとっていた。

 「はっけよい!」

 行司ぎょうじの鋭い声が飛ぶ。あたしは反射的に駆け出していた。筋肉ダルマもものすごい勢いで駆けてくる。その勢いたるや、まるで山から転がる岩のよう!

 ぶつかった! あたしはたちまち吹き飛ばされ、土俵どひょうの外へ……と、思いきや、なにこれ⁉ あたしは土俵どひょう中央で筋肉ダルマとがっぷり四つに組んでいた。

 えええっ⁉ なんで? どうして? なんで、あたしとこの筋肉ダルマががっぷり四つに組んでいられるの⁉ 普通なら、ぶつかった瞬間、あたしなんて木の葉みたいに吹っ飛ばされてるはずでしょおっ!

 でも、現実にあたしは筋肉ダルマ相手に互角に組み合っていた。と言うか、完全にあたしが有利みたい。なにしろ、筋肉ダルマときたら顔中真っ赤にしてフウフウ息を吐きながら必死にあたしを投げようとしているのに、ビクともしない。本当ならあたしなんて小指一本でもちあげられるはずなのに……。

 なんだかあたしの足にしっかりと根が生えて、地面をつかんでいるみたい。

 「がんばってえっ!」

 「お願い、勝って!」

 女の子たちの必死の叫びが聞こえた。

 そ、そうだ。とにかく、負けるわけにはいかない。あたしが負けたら、あの女の子たちが筋肉ダルマに連れて行かれちゃうんだ!

 あたしは腕に力を込めた。ぶん投げてやろうと思った。すると……拍子抜けするぐらいあっさりと筋肉ダルマの体は宙にもちあがった!

 「どっせ~い!」

 一国のお姫さまにしてははしたない言葉を叫びつつ、あたしは筋肉ダルマを放り投げた。筋肉ダルマの体が土俵どひょうの外の地面に落ちて、大地が揺れる。

 うそ! 勝っちゃった⁉

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