五章 世界一は……!

 「な、なんと……」

 突然『王女』なんて代物が出てきたことに驚いたんだろう。村長さんは途端にオドオドしはじめた。

 「一国の姫さまともあろうお方がなぜ、こんな田舎の村に……」

 「それは、お父さまの命令で……って、そんなことはいいんです! それより、どういうことですか、村の娘さんたちをあの男に渡すって! ひどいじゃないですか!」

 あたしが叫ぶと村長さんはとたんにションボリしてしまった。

 うっ……そんな表情をされると、どなって悪かったって言う気になるんだけど……でも、でも! 村長さんが、村の娘さんたちをあの筋肉ダルマに渡すなんて言うからだし! かわいそうなのは連れて行かれる女の子たちよ!

 「仕方がないんですじゃ、姫さま。わしらとて、手塩にかけて育てた娘をよそ者の手に渡すなど断腸だんちょうの思い。ですが、これがこの国のおきて。毎年の相撲すもう大会で優勝したものが、その年の娘たちを連れて行く権利をもつ。それが長年、伝えられてきた伝統。そむくわけにはいかんのです」

 「そんなおきて、くそ食らえよ!」

 興奮して思わず女の子にあるまじき表現を使ってしまう。兄さまがジロリ、と、あたしをにらんだ。

 「会話のレッスンをやり直す必要がありますな、姫」

 うっ……こいつの補習。あの地獄をまた……って、いまはそれどころじゃない!

 「村長さん! 娘さんたちがかわいそうだとは思わないんですか⁉ なにがおきてですか! いざとなったらおきてなんかかなぐり捨てて村人を守るのが村長の仕事でしょう! おさとして村を守ろうっていう気概きがいはないんですか⁉」

 「うっ、そ、それは、しかし……」

 「おいおい、さっきから聞いてりゃあ……」

 あたしの真後ろから雷がとどろくような声がした。あたしの体がすっぽり陰におおわれ、あたりが一瞬、暗くなる。

 あたしは振り返った。見上げた。にらみつけた。あたしの目の前に立つ大男の筋肉ダルマを。

 筋肉ダルマはあたしを見下ろし、にらみつけてきた。普通の女の子ならとたんにすくみあがって気絶しちゃいそうなほどの目付き。でも、あたしはちっとも怖くなんてなかった。見上げるのも、大声で怒鳴りつけられるのも、お父さまで慣れている。なにより、兄さまにされる地獄の授業に比べたら!

 あたしは筋肉ダルマの前に堂々と仁王におうちになると、腕を組んでにらみあげた。

 「あんたの好きにはさせないわよ、この筋肉ダルマ!」

 「き、筋肉ダルマだあっ⁉ いまさらそんなお世辞、言ったって、許しちゃやらねえぞ!」

 誰がお世辞なんか言った⁉

 「いいか、小娘! こいつは我が国のおきてであり、伝統なんだ! よその国のやつが口出しするんじゃねえ!」

 「そうはいかない!」

 あたしは筋肉ダルマにビシッと指を突きつけ、言ってやった。

 「国に関係なく、悪いことは悪い! 娘さんたちをさらおうとする不埒ふらちな行い、例え、お天道てんとうさまが許しても、このあたしが許さない!」

 うん、決まった! カッコいい!

 みんな、あたしの格好良さに見とれてしまった。だって、一瞬、場が静まりかえってしまったもん。

 「あ、あのですな、バゲット姫……」

 村長さんが声をかけてきた。おそるおそると言った様子なのは、あたしの勇姿におそれおおい気持ちになっちゃったからだよね。うん。わかる、わかる。

 「その男の申します通り、これは我が国の問題でしてな。我々といたしましても、よその国の方に口出しされるのはその、少々、なんと申しますか……」

 村長さんはなんとも歯切れが悪い。いくら、あたしの勇姿に圧倒されたからって、そこまで卑屈ひくつになることないのに。

 「ならば、村長どの。この国の流儀りゅうぎに従えばよろしいのですな?」って、兄さま。

 突然の発言に村長さんは目を白黒。やっとのことで聞き返す。

 「はっ? それはどういう意味ですかな?」

 「つまり……この御仁ごじんに勝負を挑み、勝利するものがいれば権利はそちらに移る。そう言うことでしょう?」

 兄さまの言葉に村長さんの目が点になる。

 そうよ、その手があった! 誰かがこの筋肉ダルマに勝てばいいのよ。兄さまなら絶対、勝てる。なんたって兄さまはパン王国史上最強と呼ばれる戦士。あんな筋肉ダルマ、ちょちょいのちょいだよね。

 がははははっ、と、筋肉ダルマは下品かつ、がさつかつ、粗暴そぼうそのものに笑い飛ばした。

 これよ、これよ。兄さまにやられるやつのお決まりの反応。なにしろ、兄さま。見た目は超スリム美青年で腕っ節が強そうには全然、見えない。おかげで、なめてかかって、ケンカを売って、ボコボコにされた男は星の数~。

 そいつら全員、最初はこんな風に大笑いするのよね。でも、五分後には――それを見ていたすべての人が『……見るんじゃなかった』と後悔するほどの惨状さんじょうのなかに叩きこまれる……。

 ただ……兄さまってば、自分の外見を利用してわざとケンカを売らせてボコボコにしているふしもあるのよねえ……。

 「がははははっ! そいつは無理ってもんだぜ、若造!」

 って、兄さまの恐ろしさを知らない筋肉ダルマはなおも笑い飛ばす。

 「なにしろ、このにぎり山さまは世界一の力士りきし! 誰がきたって負けやしねえ!」

 うわ、本当に『自分の名前+さま』で名乗ったよ、こいつ。恥ずかしくないのかしら。

 ん? 誰? 『あんたこそ恥ずかしくないのか?』って言ったの。誰も言ってない? おかしいな。空耳かな?

 「チッチッチッ」

 と、兄さまは人差し指を振りながら舌打ちして見せた。

 出た! キザ系二枚目御用達ごようたしカッコ付けポーズ!

 キザって言うか、嫌味いやみなポーズだけど、兄さまがやると本当に様になる。兄さまがこれをやると、その場にいる女の子全員『きゃあー!』って叫ぶのよね。あたしでさえ一瞬、心を奪われそうになるほどだから……しゃくにさわるけど、仕方ないか。

 兄さまはさらに両肩をすくめて、両手を肩の高さにあげ、軽く微笑んでみせる。キザ系二枚目御用達ごようたしポーズの怒濤どとうのコンボ。こんな真似をしでかして、しかも、わらわれずにすむのは、この世にきっと兄さましかいない。

 さらに、ウインクなどしつつ言ってのける。

 「残念だが、お前は世界で二番目だ」

 「なにいっ! なら、一番は誰だと言うんだ⁉」

 「もちろん、この……」

 って、兄さまはキザったらしくメガネなど直してみせる。そうだ、言ってやれ、ブリオッシュ! 『世界一はこのおれだ』って!

 そして、兄さまは言った。

 「この、パン王国王女バゲット姫だ!」

 そうそう、あたし……って、えええ~⁉

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