第二部 いざ、大相撲!

四章 乙女のピンチだ、起ちあがれ!

 「がははははっ! これで、この村の娘どもはすべておれのものだ!」

 むむ。空気をつんざいて響き渡る、このいかにもな悪者ヴォイスは……。

 場所はモチ王国のはしっこ、ササヒカリ村。パン王国とモチ王国の境にあって、パン王国からは一番近い場所にあるモチ王国と契約けいやくしている村。

 空は深く晴れ渡り、白い雲がポッカリ浮かぶ。そのなかをスズメたちが舞っている。辺り一面のどかな田園風景が広がり、畦道あぜみちにつながれたウシが『も~』と鳴いている。そんなのどかな場所にふさわしくない、がさつな声。王家の飛行船で近くに降りて、村のお城目指して歩いているときのことだった。

 聞いた途端、無駄に筋トレ三昧ざんまいしている筋肉ダルマで、ツルッパゲで、自分のことを『おれさま』って呼ぶ、悪者キャラだとはっきりわかる。そんな声。

 いったい、何事が起きているのかはわからないけど、善良な村人相手に大男で、がさつで、筋肉ダルマの悪者が乱暴を働いている。それだけははっきりわかる。

 これは、捨て置けない。いくら、うちパン王国契約けいやくしていない村のこととは言え、放ってはおけない。

 「行くわよ、兄さま! 村の人たちを助けなきゃ!」

 「なんで?」

 「困っている人がいたら助けるの、当たり前でしょ!」

 あたしが言うと、兄さまは首を振りふりボヤいて見せた。

 「……いやがるのを無理やりやらせるのが楽しいのに。自分からやる気になられては、おれの楽しみが」

 だから、あんたの楽しみなんて知るか!

 あたしは兄さまを放っておいて、声のした方へと駆けつける。

 兄さまがついてきているかどうかなんて全然、気にしなかった。一度だって振り返ったりはしなかった。だって、あたしは知っている。兄さまはいつでも、必ず、あたしの側にいるって言うことを。

 やってきたのは村の中央広場。そこには大勢の人が集まっていた。広場の真ん中に作られた土俵どひょうをグルリと囲み、天をあおいでなげいていたり、シクシク泣きくずれたり……やっぱり、思った通り! 村の人たちが苦しめられているんだ!

 「がははははっ!」

 例の悪者ヴォイスが響き渡る。

 見てみると、土俵どひょうのなかにはまわしを着けたふたりの人物。ひとりは四〇ぐらいのおじさんで、片膝かたひざをついた姿勢で口元から流れた血をぬぐい、くやしそうにもうひとりの男を見上げている。

 背中にベッタリ砂がついているところを見ると、思いきりぶん投げられて背中から叩きつけられ、それでも、どうにか起きあがったところらしい。でも、これが相撲すもうの試合なら……背中から叩きつけられちゃったら、もう負けだよね?

 そのおじさんの前に仁王におうちになり、まわしに両手をつけた格好で、天をあおいで『がははははっ!』と、あきもせず笑っているのは三五、六に見えるやたらとでっかい大男。

 これがまた、声から想像できる通りの筋肉ダルマで、ツルッパゲ。体中に張りついた筋肉は気持ち悪いぐらい発達しているし、髪の毛一本ないツルツルの頭は日の光を浴びてギラギラ光っている。その様子がいかにもいやらしい。

 あたしは一目見て、この筋肉ダルマをきらいになることに決めた。

 「がははははっ。さあ、この村の娘どもをすべてよこせ! わずかたりとも隠そうなんて思うなよ。相撲すもう大会で優勝したものが、その年の娘たちをすべて連れて行く。それが、この国のおきてだからな!」

 えええっ⁉ なによ、そのおきて。まさか、国として、人さらいを認めているってこと? ひどい! 女の子をなんだと思ってるのよ!

 気がついてみれば、土俵どひょうの脇に一集まりになっている女の子たちがいた。あたしより少し年上。一五、六歳ぐらいだろう。みんな、きれいな着物を着て、身をよせあい、哀しそうに泣いている。まわりに集まった村の人たちもそれぞれに天をあおいだり、顔をおおったり、涙を流したりして悲しんでいる。と言うことは……。

 あの女の子たちが、あの筋肉ダルマに連れて行かれちゃうってこと⁉

 「ふむ」

 と、いつの間にか、あたしの横に立っている兄さまが、いつも通りの冷静な口調でつぶやいた。ほらね。兄さまはやっぱり、絶対、必ず、あたしの側にいる。

 兄さまは研究者口調でつぶやいた。

 「この場に集まっている人数はざっと八〇〇人。しかも、おとなだけでなく、子供から年寄り、親に抱かれた赤ん坊までいる。この村の規模からして、ほぼ全員が集まっていることになるな」

 村人のほぼ全員。つまり、それだけ重大な出来事ってことね。当たり前か。村の女の子たちの運命がかかっているんだから。

 土俵どひょうのなかの筋肉ダルマが、太い指をひとりのおじいちゃんに突きつけた。それだけで、おじいちゃんなんか吹き飛ばされちゃいそうなほどの勢い。お年寄り相手になんて無礼なやつ! あたしはやっぱり、こいつがきらい!

 「やい、村長! さっさと娘どもを連れて行く準備をしろ! わかってるな。こいつはこの国のおきてなんだぞ」

 「む、むうう……」

 と、おじいちゃん――この村の村長さん――が、うめき声をあげた。だめだよ、村長さん! そんなやつの言うことを聞いちゃだめ!

 「……仕方ない。むすび丸まで負けたとあっては、この村にはもう、おぬしにかなうものはおらん。無念じゃが、今年の娘たちは皆、おぬしのものじゃ」

 ちょっとおっ!

 あたしは心のなかで叫んだ。同時にその場に向かって飛び出した。思いきり背伸びしてどなりつけた。村長さんに向かって。

 「ちょっと、村長さん! どういうことですか! なんで、あんな男の言いなりになるんですか」

 「な、なんじゃ……?」

 村長さんは、いきなり飛びだしてきた女の子に目を白黒。まわりの人たちも悲しむのも忘れて一瞬、あっけにとられたみたい。すすり泣く声が途端に消えた。

 「これは失礼しました、村長どの」

 って、やっぱり、あたしの隣にしっかり立っている兄さまが優雅ゆうがに一礼して見せた。こういう仕種しぐさがほんと、様になる。あたしでさえ思わずドキドキしちゃうぐらい格好いいのよね、腹の立つことに。

 「こちらにおわすはパン王国第一王女にして次期女王陛下であらせられるバゲット姫。私は執事しつじを務めますブリオッシュと申します。以後、お見知りおきを」

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