三章 普通の女の子目指して旅立ちよ!

 そして、夜更け。

 あたしはひとり、ベッドの上にうずくまり、夜空を見上げていた。えとした月が美しく輝いている。

 「あ~あ。あたし、なんだって王族なんかに生まれちゃったんだろ……」

 そりゃあね。あたしだってわかってるわよ。王族に生まれたからこそ何不自由なく、それどころか人一倍、裕福ゆうふくに幸せに暮らしてこられたんだってことは。

 そして、それができるのはパン王国と契約けいやくしている人たちの働きのおかげ。である以上、お返しをする義務がある。

 それぐらいのことはわかってるのよ。でもね。王族に生まれたのはあたしの意思じゃないの。たまたま王族に生まれついちゃったんだもん。

 あたし自身はそのへんの普通の女の子となにもかわらない。兄さまみたいに優秀じゃないし、兄さまみたいに美形じゃないし、ついでに、兄さまみたいに腹黒はらぐろ超絶ちょうぜつ陰険いんけん意地悪いじわる根性こんじょうがり口悪くちわるでもない!

 ……って、思う。多分。おそらく。きっと。

 あたしはお月さまを見上げながら呟いた。

 「そうよ。あたしはたまたま王族に生まれただけのごくごく普通の平凡な女の子。姫だの、王女だの、そんな役割が務まるうつわじゃないわ。世の中にはあたしなんかよりずっと王女さまにふさわしい人がいるはずでしょう? なんで、そんな人があたしの立場にいられないの?」

 お月さまを見上げる目から涙がこぼれた。

 グスン、と、すすりあげた。

 そのときだ。あたしの頭のなかでものすごいアイディアがひらめいた。

 「そうだ! それでいいんだ!」

 あたしは思わずベッドの上に立ちあがり、ガッツポーズをとったのだった。

 そして、翌朝。

 「さあ、兄さま! 早く行くわよ。グスグスしないで!」

 あたしは大張り切りで兄さまをたたき起こすと出発の準備をはじめた。さしもの兄さまもあたしの態度の変わり方に目を白黒。

 「いったい、どうしたんだ? 昨日はあんなにいやがっていたのに」

 「ふふん。王女としての使命に目覚めたってだけよ」

 「いやがることを無理やりやらせるのが楽しいのに。おれの楽しみが……」

 「あんたの楽しみなんて知るか!」

 あたしはそう叫んで王宮をあとにした。

 いてもたってもいられない。一刻も早く計画を進めたい。もちろん『王女としての使命に目覚めた』なんてウソもいいとこ。その反対。あたしが夕べ、お月さまを見上げながら思いついたアイディア。それは――。

 パン王国がなくなってしまえばいい!

 そうよ、それよ! パン王国があるから、あたしは姫だの、王女だのと呼ばれるんじゃない。パン王国がなくなってしまえば、あたしは晴れて普通の女の子。姫だの、王女だのと言われることなく、どこにでもいる女の子としてお菓子食べて、おしゃれして、女子会して、ボーイフレンドを作って楽しく暮らしていける! そのために――。

 ふっふっふっ。

 今回の旅を逆用ぎゃくようしてやる!

 各地をめぐってパン王国と契約けいやくするお城を増やす。

 それが、あたしがお父さまから与えられた使命。それを逆にしたら? 

 つまり、他の国をそそのかして、パン王国と契約けいやくしているお城をすべて横取りさせたら?

 パン王国は滅亡!

 パン王国がなくなってしまえば当然、あたしは王女なんかじゃなくなる。単なる普通の女の子。そして、玉座ぎょくざには、あたしなんかよりずっと王さまにふさわしい人が座って、人々も幸せ。

 そうよ。それこそ、あたしの目指すべき道!

 「さあ、行くわよ、兄さま! まずはお隣のモチ王国へ!」

 そう。モチ王国。

 『朝食はパンとご飯とどちらがいいか?』をめぐる永遠のライバルであるコメ食文化の国なら、パン王国に対する敵意も強いはず。そこでそそのかしてやれば……くふ、くふふ、くふふふふ。

 完璧! 完璧だわ。

 「さあ、行くわよ、兄さま! あたしの明るい未来に向かって!」

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