第二章 勇気の秘密




「あの池に、行ったんだね?」

私は、勇気を見つめたまま、彼の側に近付いた。

「……春希に会ったんでしょ?」

少し寂しそうに、伏し目がちに、勇気は言う。

「嘘でしょ?嘘だよね……?だって私、勇気に触れられたもの……ハンバーグ、美味しいって、食べてくれたもの!」

勇気は、優しく私を両手で抱きしめる。

「……ごめんね。本当の事を話そうと思ったけれど、夏樹に会えた事が嬉しくて……伝える事が出来なかったんだ。」

優しい勇気の声。

私は、勇気の腕の中、声を上げて泣いた。

まるで、子供のように泣きながら、勇気に怒鳴った。

「どうして……どうして、池に行ったの?!あんな土砂降りの中……!どうしてよ……!!」

両手で勇気の胸を叩きながら、私は、叫ぶように言った。

勇気は、優しく私の髪を撫でながら、こう言った。

「だって……。夏樹が泣いてるような気がしたんだ。……守ってやらなきゃ……って思ったんだ。」

勇気は、優しい。

あの時も、今も。

「バカ……!!バカよ、あなた!」

「そうだね……ほんと、バカだね。だけど、俺、子供だから。」

勇気は、口元に笑みを浮かべ、そう言った。

「君を守ると言ったのに、約束を守れなくなった。ずっと、夏樹の側に居たのに、夏樹は、気付いてくれない。話し掛けても、声が届かない。そんな日が何年も続いて、あの日、やっと、夏樹が俺に気付いてくれた。嬉しかった……とても。嬉しくて、自分が死んだ事も忘れるぐらい。」

勇気の話を聞きながら、私は、涙が止まらなかった。

勇気は、あの日から、ずっと、私を守ってきたのだ。

「ごめんね……。」

謝る勇気に、私は、首を横に振った。

「勇気は、ちゃんと、約束を守ってくれたじゃない。私の側に、ずっと、居てくれたじゃない。」

幽霊でもいい。

これからも、勇気と一緒に居たい。

勇気は、少し寂しそうな顔をすると、こう言った。

「でも……。もう、お別れの時がきたみたい。俺……行かなきゃ。」

「行く……?嫌よ!これからも、私を守ってよ!」

「これから夏樹を守るのは、俺じゃない。」

「えっ……?」

勇気は、窓の方に目を向ける。

「もうすぐ、春希がここに来るよ。春希は、とっても優しい奴だよ。春希になら、夏樹を任せても安心だ。」

にっこりと笑って、勇気は、そう言った。

「やだ……!!私、勇気じゃないと嫌よ!」

勇気は、そっと、私の身体を抱き締めると、耳元で囁いた。

「大丈夫。また、会えるから。」

そう言うと、勇気の身体は、スッと消えていった。

「勇気……!勇気ーーー!!」

勇気の名前を泣き叫んだと同時に、私の部屋のドアが開いた。

「夏樹さんの事が心配で、追いかけてきてしまいました……!」

息を切らせ、そう言った春希の側に駆け寄ると、私は、春希の胸に飛び込んだ。

「勇気が……勇気が行っちゃったーーー!!」

小さな子供のように泣き叫ぶ私の頭を春希は、優しく撫でてくれた。

その手は、まるで勇気のように、大きくて、暖かくて、そして、とても優しかった。


何時までも、泣き続ける私を春希は、黙ったまま、ずっと、抱き締めてくれた。

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