第二章 勇気の秘密




あれから、3日が過ぎた。

私は、仕事にも行く気になれず、休みを取って家に引きこもっていた。

カーテンも締め切り、暗い部屋の中、ベッドの上で膝を抱え、長い時間、死んだように過ごしていた。


あれから、勇気の姿も見ない。

多分、反対側の階段を使っているのだろう。


いつの間にか、私は、眠ってしまったらしい。

私は、夢を見ていた。




ー夏樹。お別れの時がきた。俺は、遠くへ行く。ー


ー勇気?何処に行くの?ー


ー夏樹には、俺は、もう必要ないみたいだから。ー


ー……嫌よ!行かないで!勇気!!ー


ーさようなら。ー


ー勇気ーーー!!ー




ハッと目覚めた私は、ベッドの上で身体を震わせた。

嫌な夢……。

本当に、勇気が何処かへ行ってしまいそう。

「……勇気!」

私は、ベッドから飛び下りると、玄関へ向かい、ドアを開けると、部屋を飛び出した。


『勇気……勇気……勇気……!』

私は、走った。

流れる汗も拭わずに。

私は、いつの間にか、あの池へと向かっていた。


池に近付くと、一人の男性が白い百合の花を池の側に手向けていた。

あれは……!

「勇気!!」

後ろ姿がとても似ていたので、私は、そう声を掛けてしまった。

私の声に、ゆっくりと、こちらに顔を向けたのは、勇気……ではなかった。

顔も背格好も勇気に、そっくりだけど、何処が違う。

「あなたは……?」

男性は、しばらく首を傾げ考えていたが、ハッと思い出したように、こう言った。

「失礼ですが……夏樹さんですか?」

名前を呼ばれ、私は、驚いた。

「ええ、私は、夏樹と申します。」

「やっぱり。」

そう言って、にっこりと笑った、その顔は、勇気と、そっくりだった。

男性は、私の側に近付くと、優しい笑みを浮かべ、話し出す。

「僕は、勇気の双子の弟で、春希と言います。あなたの事は、勇気から聞いた事があります。……そうですか、あなたが夏樹さんですか。」

春希と名乗った男性は、優しい瞳で、私を見つめる。

さすが双子である。

こうして近くで見ても、勇気みたいだ。

ただ違うのは、左の唇の横にあるホクロである。

池に備えられた花束を見て、私は、何となく嫌な気がした。

「あのう……春希さん。勇気は……。」

私の言葉に、春希は、花束の方に目を向ける。

そして、静かに話す。

「勇気は……10年前に、この池で死んだんです。」

「えっ……!?」

「今日は、勇気の命日なんですよ。……あの日、春なのに、凄い土砂降りで、危ないから行くなと止めたのだけれど、大切な人が待ってるから…って、夏樹が雨の中で泣いてるから…って。」

嘘……!

思い出した。

勇気が私を守ると約束してくれた次の日。


その日は、朝から土砂降りで、また学校をサボった私は、自分の部屋に閉じこもっていた。

勇気の事は、気になったけれど、まさか、こんな土砂降りの中、来るわけがない。

そう思って、行かなかったのだ。

雨が上がった次の日。

私は、池で勇気を待った。

辺りが暗くなるまで待ったけれど、勇気は、来なかった。

そして私は、からかわれたのだと思い、ここへは行かなくなったのだ。


「勇気……!!」

勇気は、来なかったのではなくて来れなかったのだ。

だって勇気は、前の日に……。

でも、ちょっと待って……じゃあ、あの勇気は、誰?

私と会ってた勇気は、誰なの?

私は、慌てて掛け出すと、アパートへ向かった。


アパートの階段を駆け上り、自分の部屋のドアを勢いよく開けた。

何だかそこに、勇気がいるような気がして。

部屋のキッチンに、勇気は、立っていた。

いつものように、優しい笑みを浮かべて。

「勇気……。」

ハァハァと荒い息を吐きながら、私が勇気を見つめると、勇気は、フッと口元に笑みを浮かべた。

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