第二章 勇気の秘密




あれから一週間。

あの日以来、勇気とは会っていない。


キッチンに立って食事を作っていると、磨りガラス窓の向こう勇気の姿が見えるけれど、声を掛ける勇気がない。


私が全て悪いのは、分かっている。

一言、「ごめんなさい」と言えば、済むことなのに。

このまま、終わってしまうの?


会いたくて会いたくて、震える程、会いたくて。

やっと、会えたというのに。

このまま、終わらせてしまうの?


いいえ……。これでいい。

これでいいのよ。

勇気は、まだ若いし、カッコ良くて優しいから、恋人の一人だって出来るでしょう。

そして、私の事なんて、忘れてしまうのだわ。


忘れる……?


嫌だ……!!勇気!!


私は、身体を震わせ、シンクに両手をついた。


コンコンと窓を叩く音が聞こえ、私は、顔を上げた。

背の高い姿がガラス窓に映る。

勇気だ!

「窓を開けてくれないか?夏樹。」

勇気の声が聞こえる。

私は、震える手を窓に伸ばしたけれど、すぐに手を引いた。

「私達……もう会わないでおきましょう。」

「何故?」

静かな、そして悲しい勇気の声が響く。

「分かったでしょ?私がどんな女なのか……。」

「どんなでも、夏樹は、夏樹じゃない。それとも……俺の事が嫌い?」

寂しく呟く、勇気に私は、力無く首を振った。

「……好きよ。大好き。」

「だったら、何も問題ないじゃない。」

私は、窓を開けると、勇気を見つめた。

白いワイシャツに、黒のズボンを履いた勇気は、眉を寄せ、立っていた。

「私は……。ダメな女なの。」

「そんな事、誰が決めたの?夏樹は、ダメな女なんかじゃないよ。」

私は、一息つくと、静かに勇気に尋ねた。

「……じゃあ、私と結婚してくれる?」

「えっ……?それは……。」

言葉に詰まった勇気を私は、悲しく見つめた。

「ほらね……。やっぱり、無理じゃない。」

「結婚は……出来ないよ。だって、俺は……。でも、夏樹の事を守るのは、嘘じゃない。」

「もう……やめて!もう、何も聞きたくない!」

私は、ガラス窓を強く閉めた。

「夏樹……。俺の話を聞いて。本当の事を話すから……。」

「帰って……!二度と私に話し掛けないで!!」

勇気は、しばらく、そこに立っていたが重い溜息をつくと、自分の部屋へと歩いて行った。


何なの?

結婚は、出来ないのに、守るって。

何なのよ……!?


もう、どうでもいい。

終わってしまったのだから。

疲れた……。


私は、奥の部屋へ向かうと、ベッドの上に倒れ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る