第一章 再会




その日の夕方。

勇気は、私の部屋で私の作ったハンバーグを美味しそうに食べていた。

「美味い!美味いよ、夏樹!」

嬉しそうに、ハンバーグを食べながら、勇気は、言う。

「ほらほら、分かったから。ハンバーグ、零してる!」

私は、ティシュで零れたハンバーグを拭きながら、笑った。

こんなに笑ったのは、何年ぶりだろう?

「もう!勇気ったら、子供みたい。」

「だって俺、子供だもん。」

にっこりと笑う勇気の顔は、あの時の少年の顔だった。

「そうそう!大事な事を忘れる所だった。」

勇気は、箸を止めると、急に真剣な顔になる。

そして、あの頃の事を話し出した。

「あの後、親父の仕事の都合で引っ越す事になって、急だったんで、夏樹に何も言えずにいたんだ。」

「そうだったんだ……。勇気も大変だったんだね。」

柔らかな黒い短い髪、長いまつ毛。

勇気は、あの時と全く変わっていない。

「夏樹に謝りたかったけれど、夏樹の住所も分からないし……。夏樹、あの池に、全然、来なくなったから。」

「うん……。」

勇気に、からかわれたんだと思ってから、私は、あの池には、行っていない。

「これからは、何時でも会えるわね。お隣だし。」

「そう……だね。」

あれ……?何だか勇気、少し沈んだ顔をしている。


そっか……。いくら、隣同士でも、恋人がいたら会えないか。

そうか……恋人……いるんだ。

そうだよね、勇気、モテそうだもの。


「彼女が来た時は、遠慮するから心配しないで。」

私が明るく、そう言うと、勇気は、首を傾げた。

「えっ?彼女?彼女なんていないけど。」

「あっ……そう?そうなの?なんだ、ごめんごめん。」

彼女、いないんだ。

何、私、ホッとしてるの?

彼女がいないからって、なんなの?

……バカじゃないの、私。


「ハンバーグ、もう少し食べたい。」

「勇気、ハンバーグ好きなのね。」

「うん!大好き!!」

ほんと、子供みたい。大皿に乗せたハンバーグを小皿に置いている私を見つめ、勇気は、少し頬を赤くして、こう言った。

「ハンバーグも好きだけど……夏樹も大好き。」

「えっ……?!」

箸で掴んだハンバーグがポロリと落ちた。

「な、なな、何言ってるのよ!」

「だって、本当の事だもの。」

「バ……バカじゃないの!私は、勇気みたいな子供は、好みじゃないの!」

焦ったように言った私を勇気は、クスリと笑った。

「はいはい。そうですよね〜。」

「何よ?」

「別に〜。」

フフンと笑う勇気に、私は、大皿を両手で持ち上げた。

「小生意気な子には、もうハンバーグあげません!」

「えーっ!ごめん、夏樹〜。謝るから、ハンバーグちょうだい♡」

両手を合わせ、片目を瞑った勇気に、私は、可笑しくなり、声を上げて笑った。

「夏樹は、笑った顔の方が可愛いよ。」

優しく微笑み見つめる勇気に、私は、耳まで赤くした。

「バッ……!年上をからかうな!」

顔を真っ赤にして怒鳴る私に、勇気は、クスクスと声を上げ笑った。


この時間がずっと続けばいいのに。


『勇気の事が、ずっと好きだった。』


そう言えたなら、どんなに楽だろう?

どんなに、幸せだろう?

だけど……私は……。


しばらくして、勇気が口を開いた。

「過去の事より、今が大事なんじゃない?」

「……えっ?」

勇気は、私を見つめながら、続けて言う。

「いろんな過去があって……例え、それが忘れられない過去だとしても、夏樹は、今、生きてるでしょ?これからも……。ずっと、過去に縛られて生きてくつもり?」

「私は……。」

私は、下唇をギュッと噛み締めた。

「夏樹も、新しい恋をしないと。」

その言葉に、私は、カッとなった。

「新しい恋ですって?私が今まで、どんな気持ちで暮らしてきたのか、勇気には、分からないわよ!」

違う……。こんな事が言いたかったんじゃない。

だけど、止まらない。

「結婚して、子供が出来て、その子供を死なせてしまって……挙句に離婚よ!私は、どうしようもなくダメな女なの!何も知らないクセに、いい加減な事を言わないでよ!」

私が怒鳴ると、勇気は、悲しい面持ちをして、スッと立ち上がった。

「ごめんね……。今日は、帰るよ。」

玄関へ向かい靴を履くと、勇気は、ドアを開け出て行った。



バカ……!ほんと、私って、バカ!!

どうして、あんな事を勇気に言ったんだろう?

勇気は、何も悪くないのに……!!

これは…………。





八つ当たりだ……!!

最低だ……私。

きっと、勇気は、私の事を嫌いになっただろう。

嫌な女だ……私。

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