第一章 再会




私の部屋は、2階の203号室。

高校を卒業して、すぐに就職した私は、これまた、すぐに社内恋愛をして、寿退社をした。

それが19歳の時。


5歳年上の彼は、仕事熱心で優しくて、女は、結婚したら家庭を守って欲しいなんて言われて、仕事を辞めて、専業主婦になった。

最初は、楽しくて幸せだった。

お互い慣れない事ばかりだし、多少の失敗も笑って誤魔化した。

結婚して、1年後。初めての妊娠。

妊婦は、楽してはダメ、身体を動かしていた方が健康で元気な赤ちゃんが産まれるし、出産も楽だと姑に言われて、家事は、ほとんど自分一人でしていたし、少し調子が悪くても、自分なりに頑張ってきたつもり。

だけど……。

調子が悪いのに無理をしたのがいけなかったのか、妊娠3ヶ月で流産。

「夏樹さん!いくら、身体を動かした方がいいと言っても、身体の調子が悪い時は、休まないと!あなた、母親になる自覚が足りなかったんじゃないの!?あなた一人の子供ではなかったのに!!」

病室で、みんながいる前で、姑に、そう怒鳴られた。

夫は、まるで私を罪人のように、冷たく見ていた。

言葉では言わなかったけれど、

『人殺し!!』

そんな言葉が私には、聞こえた気がした。


それから、夫とも上手くいかなくなり、些細な事で、喧嘩をした。

そして、結婚して、2年後に離婚。


私は、夫達のいる街を離れ、ここへ来た。


今は、スーパーでパート勤め。

今日は、仕事が休みなので、近くのスーパーで買い物をして帰ってきた所だ。


古いアパートの階段を肩から荷物を下げて上っていると、一人の男の人が階段から駆け下りて来て、私は、驚いて顔を上げた。

男の人は、急いでいるのか勢いが止まらず、そのまま私の方へ突っ込んできた。

狭い階段で、どうする事も出来ない。

『落ちる……!!』

身体が宙に浮き、目をきつく閉じた私は、フワリと抱きかかえられ、目を見開いた。

「す、すみません!急いでいたもので……!」

そう言って私の顔を見た、その人は、驚いたように声を上げた。

「夏樹?夏樹でしょ?!」

その声に、私の記憶が蘇る。

「勇気……?」

「そう!勇気だよ!久しぶり!元気にしてた?!」

相変わらず、明るい声で勇気は、そう言った。

「う、うん……。元気は、元気だけど……。」

「そっかー。話したい事は、山程あるんだけれど、今ちょっと、急いでいるから、また今度ね。」

勇気は、私から離れると、急いで残りの階段を駆け下り、駆けて行った。


私は、しばらく、その場から動けず、階段の途中で、座り込んだ。

「勇気……。カッコよくなってた。」

呟いた私は、階段の上から、コホンと咳払いが聞こえ、顔を上げた。

201号室の上野という、おばさんが睨むように、見下ろしていた。

「す、すみません!」

私は、慌てて立ち上がると、階段を駆け上り、自分の部屋のドアの鍵を開け、中に入ると、ドアを閉めた。


「何……?私……ドキドキしてる……?」


私は、ブンブンと大きく頭を振り、部屋の中へ向かった。

勇気……。


あの後、何度も、あの池へ行ったけれど、勇気は、それから来なくなった。

公園にもいない。

『何よ。私を守ると言ったのに……嘘つき!!バカ!!』

私は、何を期待していたのだろう?

相手は、まだ小学生の子供なのに。

バカは、私の方だ。

きっと、からかわれたんだ。


あの日から、ずっと勇気の事を忘れようとしたけれど、忘れる事など出来なかった。

結婚すれば、忘れられる。そう思ったけれど……。


そして、今日、また勇気と出会った。

まだ胸がドキドキしている。

「何なの……?」

私は、荷物をキッチンのテーブルの上に置き、椅子に力無く座った。

「もしかして……私、勇気の事が好きなの?」

もしかしてじゃなく、間違いなく勇気の事が好きなのだ。

勇気と初めて出会った時から、ずっと……。

「だけど……。」

そう、だから何だというのだろう。

これは、叶わぬ恋なのだ。

勇気は、あの頃よりも大人になってて、背も高くて、かっこ良かった。恋人だって居るはず。


いいえ……。

そんな事じゃない。

私は、あの時の私とは違う。

バツイチだし、子供だって守れなかった愚かな女。

そして、捨てられた女。


「私って……。ほんと、バカね。」

力無く笑い、私は、立ち上がると、荷物を取り出し、冷蔵庫に入れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る