○第四章 <風人>

「風人、そっちに行ったぞ!」

「わかってるよ!」

 焦ったような律の声にあわせるよう、僕は汗をぬぐうのを後回しにして画面上のキツネを動かす。

 ピンク色の宇宙人の進路を塞ごうとするが、相手もすかさず攻撃に転じた。

「思い通りにいかせないよ!」

 律のお父さんのキャラの攻撃をガード。でもそのせいで、僕は一瞬行動が止まってしまう。

 そのスキを見逃さず、宇宙人がキツネを投げ飛ばした。間合いに気をつけろと言われていたのに、僕のミスだ。

 身動きが取れない僕へ、宇宙人がコンボを入れようと迫ってくる。

「フォローする!」

「ごめん!」

 そう言いながら、僕はさっき拾ったアイテムの銃を、律の背後に向けて撃った。レーサーを狙う電気ネズミが、攻撃を受けて吹き飛んでいく。

「あら、痛いじゃないの! 風人くん!」

「痛いのはお母さんじゃなくてキャラのほうでしょ!」

「細かいことは気にしない、あなた!」

「届かない! ボクが回復アイテム使っちゃうね!」

「律、電気ネズミ上にあげるよ!」

「って口でフェイント入れるのは私には効かないわよ、って律の方がきた!」

「お母さんはやらせないよ!」

「両親二人で娘殴るなんてDVじゃん!」

「家庭内暴力はよくないですよ、二人とも!」

 小五二人に大人二人だけど、もはやもうそんなものは関係ない。

 大人だとか子供だとか、女だとか男だとか、障害者だとか健常者とか、そういうものは、全く関係なかった。

 ただコントローラーを握れば、僕らは等しくただの一人のプレイヤーだ。

 それどころか、僕らはあの決着がつきそうになるその時が近づくに連れ、律の転校の話を頭の中から消していたのかもしれない。

 でも、勝負である以上終わりはある。

「律!」

 僕は叫んで、アイテムのサーベルを敵キャラに向かって投げた。しかしそれは電気ネズミには当たらず、フィールドに落下してしまう。

 逆にスキが出来た僕を、律のお母さんのキャラがぶっ飛ばす。

 僕のキャラは、もうフィールドに戻れない。でも――

「もらった!」

 律の言葉通り、僕を攻撃して動けない電気ネズミをレーサーがぶっ飛ばす。

 これで、律のお母さんのキャラも復活できない。

 画面上に残るキャラは、ピンク色の丸い宇宙人とレーサーのみ。

 律のお父さんと、律。一対一だ。

 先に動いたのは、宇宙人の方だった。ジャブの連打に、相手の動きを止めようとコンボの素振りを見せる。一撃入れば、コンボでそのままぶっ飛ばされるだろう。

 対して律は、小刻みに動くものの、攻撃しない。レーサーは攻撃力は高いけれど、大ぶりになってスキができやすい。それを補うぐらい一撃は高いかわりに、律のキャラは防御力は紙みたいに低くかった。

 その攻防は、まるで居合の達人同士の読み合いのようだ。キャラの一歩、その読み合いを間違えたほうが、このゲームの敗者となる。

 だがそこで、律が大きくコントローラーを動かした。

 レーサーが、今までよりも大きく後ろに下がったのだ。それを追って、宇宙人も前に出る。

 そこで、レーサーが必殺の一撃を放った。大きく溜めた右ストレートは、炎を撒き散らしながら相手に向かって突き進む。

「ぶっ飛ばせ!」

 思わず叫んだ僕の声は、しかし残念ながら現実のものとはならなかった。

 律のお父さんはキャラを前に出したが、浅く出していたのだ。レーサーの右拳が近づいてくるが、ギリギリ宇宙人は後ろに飛ぶことで避けることが出来る。

 そうなると、今度はピンチになるのは律の方だ。大ぶりとなったレーサーが、放った拳を大きく引き戻す。

 その間、律のキャラは行動できない。

 反対に、宇宙人はレーサーに向かって走り始めた。

 その距離、あと三歩。

「あなた!」

 レーサーが拳を引き戻し終わった。でも拳を引いた関係で体のバランスが保てない。

 あと二歩。

「届け!」

 律のお父さんのキャラが、コンボにつながる攻撃を放つ。走りながらの攻撃なので、そのまま前に進める。反撃がなければ、レーサーにその攻撃は届くだろう。

 一方律のキャラは、バランスを保つために後ろに一歩下がった。一歩距離が更にあくが、踏みとどまるのでその分キャラは動けない。距離が開いた意味がなかった。

 あと一歩。

「ヤバい、律!」

「柚木さん!」

 瞬と白崎さんの、悲鳴に近い声が上がる。寿円先生は、唇を僅かに噛んだような表情になった。

 律のお父さんの攻撃が、当たる。

 でも、僕は、しっかりと見てい。

 律が今まで見せたことのない、満面の笑みを浮かべていたのを。

「これは、チーム戦なんだよ、お父さん!」

 そう言って律は、キャラが一歩下がったことで届くようになったアイテムを装備する。

 

 それは、僕がぶっ飛ばされる前に投げた、サーベルだった。

 

 ……やっぱり律は、名前を呼んだ意味に気づいてくれた!

 宇宙人とレーサーの距離は、まだ一歩分残っている。でも、それは何も装備していない場合の話だ。

 サーベルを持った分、律の攻撃は律のお父さんに届く。

「いけ!」

 それは、誰の叫びだったのかは、もうわからない。僕のだった気がするし、律だった気がする。ひょっとしたら瞬や白崎さん、寿円先生や、もしかすると律の両親のどちらかだったのか、あるいは全員だったのかもしれない。

 でも、決着はついたのだ。

 キャラがもう一方のキャラをぶっ飛ばし、画面に勝利チームの名前を表示させる。その名前は――

「勝ったー! 勝ったぞ、風人、律!」

「凄い、凄いよ、弓取くん! 柚木さん!」

 戦っていた僕らよりも先に、見ていた二人にぐちゃぐちゃにされる。ぐちゃぐちゃにされている僕と律は、まだ対戦の結果を受け入れていなかった。

「勝った、の? 風人」

「そう、みたい、律」

「参った、まさかあそこでアイテム交換とは」

「最近の子は、やることが大胆ねぇ」

「では、勝負の結果、柚木さんはまだうちの学校の生徒ということでよろしいですね?」

 寿円先生のその言葉に、律のお父さんは立ち上がって書類を持ってくる。

 そしてそれを、律の前でビリビリに引き裂いた。

「これで、律が前の学校に戻る書類はなくなりました」

「これからも、娘をよろしくね? 皆」

「やったぜー!」

「私たちも、よろしくお願いします!」

「だから、どうして戦ってない二人が先に答えるのさ……」

 そう言いながらも、僕はソファに体を沈めつつ、律の方へ視線を向ける。

 車椅子に乗った少女は、大きくなったな、頑張ったわね、と両親に抱かれ、二人の胸に顔を埋めていた。

 その家族から、僕は視線を外す。泣かれている姿は、きっと律は見られたくないはずだ。

 そう思いながらも、僕は手を取り合って騒ぐ瞬と白崎さんを眺めながら、あることを考えていた。それは――

 ……笑顔にしに来たよ、っていう僕のセリフは、結局達成できたと言っていいのかな?

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