○第四章 <律>

「え、笑顔にって、風人、急に何を――」

「ごめんなさい、柚木さん。私……」

「ど、どうしたの? 白崎さん。な、なんで泣きそうなの? っていうか、誰かなんで皆ボクの家にいるのか教えてよ! さっきの風人の説明じゃ全然説明になってないから!」

 ワイワイ言いながら、ひとまず皆をボクの部屋に通す。

 お母さんが皆にジュースを出してくれると言うので、寿円先生はそのお手伝いに台所に行っているため、ここにはボクの同級生しかいない。

 半泣きになっている白崎さんを慰めつつ、混乱する頭の中で、そういえば自分の部屋に同い年の子を入れるのって初めてだな、だなんて、全く違うことを考えていたりした。

「柚木さん。本当に、ごめんなさい。私、転校になるだなんて、思わなくって。変に、焦っちゃって。ずっと、一緒にいるから。だから、取られちゃうんじゃないかって、私――」

「う、うん。大丈夫。ボクは、あの、大丈夫、だから、えぇっと……」

 なんとなく、大事な『何か』をぼかしながら話す白崎さんの想いを察して、ボクは助けを求めるように風人たちの方を見る。

 風人は両手を合わせて『すまん、そういうことなんだ』とボクに伝えようとしているように見える。

 一方問題の瞬はというと、ボクの部屋の棚を瞳を輝かせながら見上げていて『すげー! このゲーム欲しかったんだよなぁ!』とか言っている。

 ……恋愛なんてしたことないけど、ボクにもこれだけはわかる。白崎さんが不憫過ぎるよ!

 なんだか、恋愛シミュレーションゲームでプレイしたような修羅場イベントが発生しているような気がして、気が気じゃない。

 ゲームの開始から終了まで来そうRTA(リアルタイムアタック)というジャンルがあるので、その攻略のために恋愛系のゲームもやったりするのだけれど、まさか現実でそのシチュエーションをお目にかかるとは思わなかった。

 ちなみにRTAも大会が開催されていて、攻略対象のゲームによっていは賞金が総額百万円を越えるものもある。

「うん、大丈夫。規則を破ったのはボクだし、それは事実だから。だから、気にしてないよ?」

「本当? 無理して言ってない? 私、本当に柚木さんのこと、傷つけちゃったって、自分の気持ち、抑えきれなくて、それで――」

「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」

 ……バレちゃう! 瞬にバレちゃうよ、白崎さんの気持ち!

 自分も転校の話があって一杯一杯の中、どうにか白崎さんを落ち着かせることに成功した。

「な、難易度ベリーハードの初見殺しのゲームクリアするより、難しかった……」

「律、ごめんな! 俺が転校初日にお前に変なこと言っちゃったから、こんなややこしい事態になっちゃって」

「……ごめん。瞬のことは、ちょっと時間経たないと許せないかも。色んな意味で」

「なんで!」

「それじゃあ、二人の話は終わったみたいだし、そろそろ本題に入らせてもらえるかな?」

「い、今までのが前座なの? 風人」

「そうだよ。なにせ、これからプレイするゲームの勝敗によって、転校するかしないかが決まるんだからね」

「………………へ? え? どういう、ことなの?」

 そう言ったタイミングで、部屋の扉がノックされる。

「はーい、ジュース持ってきたよわよー」

「お邪魔してるわよ、柚木さん」

 お母さんが、寿円先生と一緒にジュースとお菓子にクッキーを持ってきてくれた。

「それじゃお母さん、お父さんと寿円先生と一緒に居間で待ってるから。準備が出来たらいらっしゃい」

「準備? なんの?」

「ちょうど、それを説明しようと思ってたところだよ」

 お母さんと先生が部屋から出ていくのを見送って、ボクは風人から話を聞いた。

 その内容は、皆が今日学校でどんな話をしていたのかというもの。

 それはつまり、これからボクがお父さんとお母さんと、何故『大混戦アタックスクアード』を対戦しないといけないのか? ということの説明だった。

「ちょっと! 何勝手に話進めてきてるんだよ!」

「……したかったのか? 転校」

「いや、転校なんて、したくない、けど」

 ……なんでそんな、急にいじけた感じになるんだよ、風人のやつ。

「でも、ボク、お父さんとお母さんに、『大混戦アタックスクアード』で勝ったことないし」

「あれ? 自信ないの?」

「……そういう問題じゃないよ! だって、だって負けたら、もう、本当に皆と一緒にいられなくなるんだよ!」

 今までは、もう強制的に転校させられるものだと思っていた。自分一人じゃどうしようもないって、諦めることも出来た。

 でも、諦めなくても、いいかもしれなくなった。

 ボクが、負けなければ。

「皆と、一緒にいたい。ボクが、勝てば一緒に入られる。でも――」

 負けたら、もう言い訳できない。

 瞬と『ぶるぶる』で勝負した時とは、全く違う重圧がある。

 あの時は、負けてもボク一人が惨めな思いをすればよかった。

 でも、今回は違う。ボク一人だけの問題じゃない。

 ……せっかく風人が転校しなくてもよくなる方法を見つけてくれたのに。瞬だって白崎さんだって、寿円先生だって、来てくれたのに。一緒にいたいって、皆、言ってくれているのに。

 誰かの想いを背負って、ゲームをプレイしたことなんてなかった。

 通信対戦で、知らない誰かとチームを組んだことはある。

 でも、実際に顔を合わせて、直接話して、仲良くなって。

 そんなの、初めてだった。

 今までは一人だったから、自分がまず普通にならないとって、それだけ頑張っていればよかった。

 だから、知らなかった。

 あんなに誰かと一緒に、笑い合いながらゲームをしたのは、初めての経験で。

 もう、あの体験を手放すことなんて、したくない。

 だから、絶対負けたくない。負けたくないから、怖かった。

 ……嫌だよ。終わりになんて、したくない。ずっと、ずっと皆と一緒にいたいよ!

 気づいたら、ボクの体は震えていた。その震えを止めようと、両手で自分の腕を擦るけど、全く効果がない。

 ……ダメだ。こんなんじゃ、ボク、握れない。コントローラー、落としちゃうよ。ゲーム、プレイ、出来ないよ。

「プロのeスポーツ選手になるんでしょ?」

 風人が、ボクの眼の前に立つ。そして目線を合わせるよに、少しだけ屈んだ。

「最高のパフォーマンスをいつでも出せる。それが、君の目指すeスポーツ選手像なんじゃないの?」

「そう、だけど……」

 でも、自信が全くなくなっていた。

 きっと、プロのeスポーツ選手はもっと重圧が凄いんだろう。スポンサー? とか、自分とは関係のない人たちの期待も背負って、戦わないといけない。

 ゲームは、障害者だとか、健常者だとか、年齢も性別も関係ない。だから好きだ。でも、だからこそ、負けたら全く言い訳がきかない分野でもある。

 こんな重圧の中、ゲームなんて出来る気がしなかった。

 ……やっぱり、ボクには、無理だったんだ。他の人とは違ってしまった、普通ではなくなった、劣ってしまったボクなんかじゃ、戦う前から――

 

「僕は、君と一緒にいたいよ。律」

 

 そう言って、こちらの震えを無理に止めるのではなく、ちゃんと受け止めるかのように、風人がボクの手を取った。

「僕は、言ったよ? 律は、どうなの? どうしたいの?」

「ボ、クは……」

 そんなの、決まっている。

「……最初に、言ってるだろう」

 そう言って、両手に力を込めた。

「ボクだって、皆と一緒にいたい、って!」

 ギュッと握る左右の手の中に、風人もこっちを優しく握り返してくれる感触がある。

 一人だと怖くて、初めて歩けなくなってしまった時ぐらい怖かったけれど。

 一人じゃないって信じられるだけで、こんなに勇気が湧いてくる。

「やってやろうじゃないか! お父さんとお母さんに『大混戦アタックスクアード』で一回も勝ったことがなくたって、そんなのもう昔の話だよ。それにあの時負けたのはバトルロワイヤルで、一人だけだったから! 今回は、二対二のチーム戦なんだろ?」

「そうだよ」

「じゃあ、勝つ! ボク一人じゃ勝てなくても、風人が一緒ならなんとかなる、はずっ!」

「期待に答えられるといいんだけど。本当は僕より対戦成績がいい、瞬の方がいいんじゃないか? って来る途中の寿円先生の車の中で話してたんだけどね」

「いやー、そりゃねーだろ」

「そうですよ。弓取くん、もう少し女心を学んでください」

 一瞬風人が何か言い返そうとして、でも結局何も言わずにぶぜんとした表情を浮かべた。

 ボクには何故だか風人がなんて言おうとしたのかわかって、それがおかしくて笑ってしまう。

 ……ああ、なんだか、久しぶりだな。心の底から、笑ったの。

 そう思っていると、白崎さんが棚を見上げていた。

「ゲームの準備って、何か取り出す必要あるの? 柚木さん」

「うん。そっちの棚のハードとソフトを取ってくれる? あと、コントローラーも四つお願い」

「あ、高いところは俺が取るよ」

「あ、ありがとう、瞬くん……」

 

 瞬と白崎さんが準備をしてくれている間に、軽く『大混戦アタックスクアード』というゲームの説明をしたいと思う。

『大混戦アタックスクアード』は一言でいうと、対戦アクションゲームの一種だ。

 複数対戦が可能なゲームで、複数のゲーム会社の人気キャラクターを操って対戦出来るという特徴がある。

 プレイヤーは自分のキャラクターを一つ選択し、とにかく敵を攻撃してぶっ飛ばせばいいという、単純なゲームだ。

 ぶっ飛ばす方向は、上、横、下とかは関係ない。とにかく、画面端より外側に相手のキャラをぶっ飛ばせばいい、というゲームだ。

 攻撃を受ければ受けるほどキャラはぶっ飛びやすくなるので、ダメージ計算と相手キャラとの攻撃の間合いが非常に大切になる。連続して攻撃をぶつけるコンボも重要だ。

 対戦するフィールド上にはアイテムも落ちていたりするので、それも上手く活用するのが勝利への鍵となる。

 時間内にどれだけ相手をぶっ飛ばせたかを競うタイム制もあるのだけれど、今回のルールはストック制。先に各相手キャラを五回ぶっ飛ばせば勝ちというもの。

 

 ……つまり、ボクらは先にお父さんとお母さんをそれぞれ五回ぶっ飛ばせば、勝ちってわけだ。

 逆に、ボクと風人が五回ずつぶっ飛ばされると負けてしまう。

「それで? 律は持ちキャラなんなの? 後、対戦相手のキャラも知りたいんだけど」

 風人にそう言われて、ボクの頭は戦闘モードに切り替わる。

「お父さんはピンク色の丸い宇宙人で、お母さんは本気の対戦なら電気ネズミのキャラを使うはず」

「え? お母さんの方がガチなの?」

「うん。リモート勤務だから、結構一緒にプレイしてた。気を抜くとすぐにコンボ入れられてぶっ飛ばされるから気をつけて。昔お父さん格ゲーやってたらしいから、攻撃の間合い取るのが上手いんだよね。フェイントも上手いし」

「本格的に負けず嫌いだね、律の両親……」

「それで、ボクの持ちキャラはレーサーのあいつ」

「攻撃めっちゃ強いけど、防御力紙の?」

「そう。ダッシュも早いから、とにかく重い一撃入れたり、コンボ叩き込んでそのままぶっ飛ばすスタイルかな。風人は?」

「宇宙船乗りのキツネ」

「風人も機動力重視かー。なら、とにかく早く動いて相手を翻弄できるね」

「遠距離攻撃も持ってて、使い勝っていいしね」

 二人のキャラの特性から、スピードを活かして戦う方針にした。

 ゲームの準備も出来たので、皆で居間に向かう。

 ソファーには、ボクらを待ち受けるようにお父さんとお母さんの姿があった。

 皆でハードとケーブルをテレビにつないで、電源を入れる。

 真っ黒だったテレビ画面に、ゲームのオープニングが流れた。それをスキップして、対戦メニューを選択する。

 次は、キャラ選択だ。皆が選んだキャラは、先程風人と話していた通りの選択となった。対戦ステージはランダムに設定してある。

 後は、対戦ボタンを押すだけだ。皆が座ったのを確認して、お父さんが口を開く。

「それじゃあ、準備はいいかい?」

「はい、よろしくお願いします」

 そう答えたボクに、お父さんは頷いた。

「それじゃあ、ゲームスタートだ」

 その言葉で、画面が一瞬黒くなる。そして次の瞬間には、ステージ上にそれぞれが選んだキャラが配置されていた。

 カウントダウンが開始され、ゲームがスタートする。

 直後、お母さんのキャラ、電気ネズミが、ボクの操作するレーサーの前まで一気に迫ってきた。

 マズい、と思った時には、もうコンボを入れられてボクはぶっ飛ばされている。

「油断してたでしょ? 律」

 それに返事をする余裕もなく、ボクはすぐにキャラをステージに復帰させる。

 ボクがステージからいなくなっている間に、風人のキツネのキャラは二対一で一方的に責められていた。

 でも、まだぶっ飛ばされていない。お父さんの丸い宇宙人との間合いをとりつつ、遠距離攻撃で電気ネズミになるべく近づかせないようにしている。

 そこにボクのレーサーも参戦させ、ステージ上は大混戦となっていく。

 しばらく一進一退のぶっ飛び、ぶっ飛ばされの攻防が続いた。

 あるタイミングで風人がアイテムで出た爆弾を使い、わざと自分のキツネも巻き込む形で両親のキャラもぶっ飛ばす。

 先にボクのキャラがぶっ飛ばされていたので、後から三人のキャラがステージに復帰する形になった。

 皆のストック、後何回ぶっ飛ばされてもいいのか、を確認する。

 結果は、全員一。

 後一回ずつぶっ飛ばされると、もうステージに戻ってこれないという状態だ。つまり――

 ……先にお父さんとお母さんをぶっ飛ばせば、ボクらの勝ちだ!

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