○第二章 <律>
「『おいでよ みんなのアイランド』だと、ここの素材集めた方が後々効率いいよ。あ、『ステイトゥーン』だとまだそっちの領域は色つけなくてもいいよ。まだ時間あるし、後々移動して塗っていけば」
「そうなんだ!」
「凄いね! 眼の前でプレイしてもらえるから、わかりやすい」
「助かる!」
そうやって喜んでもらえるのは、ボクも嬉しい。まさかこんな風に、こんなに早く、こんな形でこの学校に受け入れてもらえるとは思わなかった。
……自分が好きなことで受け入れてもらえて、本当によかった。
それはきっと歩けないボクだけでなく、普通の人たちも同じなのだろう。自分が頑張ってきたことが褒めてもらえるのは、とても嬉しい。
……でも、マズいよね。学校に、ゲーム持ってくるのって。
ボクにゲームの質問をしてくれる子たちの多くは、ポータブルゲーム機を実際に学校に持ってきている。実際にプレイして見せたほうが理解してくれるし、皆喜んでくれた。
……でも、明らかにルール違反だよね、これ。
転校初日。ボクも頭に血が上って瞬と対戦するために、『スウェッチ』を持ち込んでしまっている。
両親には央平小学校に通うに当たり、いくつか条件を出されている。
その一つが、学校の校則を守ること、というものがあった。
ボクは、それを初日に破ってしまっている。バレたらきっと、前の学校に戻されてしまうだろう。
戻されたら、また引っ越しだ。SNSもボクはやってないし、ゲーム機を持ち込んだなんて知れたらこの学校の生徒との連絡も禁止されるかもしれない。
……特に、お父さんは厳しいから。
「君たち。こんなところで集まって、何をやっているんだい?」
「ヤベ。ナカセンだ!」
ボクの車椅子を押す瞬が、焦ったようにそう言った。
中野先生(ナカセン)は四年生の学年主任で、厳しい持ち物検査で有名らしい。前にスマホを持ち込んだ生徒の親へ電話して、かなり口を酸っぱくして注意するよう依頼したようだ。
そんな中野先生にゲームを学校に持ってきたのを知られたら、確実に校則違反が親バレしてしまう。
ボクらは慌てつつ、小声で話し合った。
「ちょっと! 先生に見つからないように瞬が注意してるって話だったじゃん!」
「しょうがないだろ? 律のプレイが上手くて見入っちゃってたんだから!」
そう言われると悪い気はしないが、そんな場合ではない。
「ま、マズいです! ナカセン、もうこっち来ちゃいますよ!」
「ど、どうしましょう?」
「どうしましょう、って、ボクに言われても……」
さっきまでボクに教えを請うていた子に、ボクもただ弱り顔を見せるしかない。
打開策がないまま、ゲームの負けイベントのように終わりを待つだけだと思われた、その時――
「あ、中野先生。こんにちは」
「……おや? 弓取くんですか。この前はすまなかったね。春休み中なのに、花壇の水やりを頼んだりして」
「お子さんがウィルスに感染しちゃったんでしたよね? 仕方ありませんよ。それでもし先生にも感染してたら、僕ら生徒に広がっていた可能性もありますから。新学期からいきなり学級閉鎖になるのも、僕は嫌ですし」
「そう言ってもらえると助かるよ。ああ、そろそろ授業に向かわないと。それでは、また」
「はい。また何かお手伝い出来ることがあれば、遠慮なく」
そう言って、風人くんは去っていく中野先生へ手を振る。そして、こちらに振り向いた。
「ちょっと。やるならもっと上手くやって、っていつも言ってるだろ? 瞬」
「いや、俺じゃなくて律のスーパープレーがだな――」
「言い訳はいいから。ほら、僕らも早く教室戻らないと寿円先生に怒られるよ。柚木さん、時間ないから瞬に車椅子押してもらっちゃうね」
「まかせとけ!」
瞬がそう返事して、ボクの体は勝手に加速する。凄い勢いで廊下の窓ガラスが後ろに過ぎ去っていき、廊下を走るなという別の教室の先生の声すら遥か彼方に感じた。
教室に戻ると、呆れた顔をした寿円先生が出迎えてくれる。
「ギリギリよ。早く自分の席に付きなさい」
「けちけちしないでよ、十円先生」
「誰が十円か。瞬くんは少しは反省しなさい。あと、あまり柚木さんを独り占めしないこと。クラスの子だって柚木さんと話したいって思ってるんだから」
「あー、それは確かに。皆、申し訳なかった!」
「教室の入口で土下座するな。僕が入れな、土下寝に変えても邪魔なものは邪魔だぞ、瞬」
教室が笑いに包まれる中、なんとも言えない表情を浮かべている白崎さんと目が合う。
同級生という存在が近くにいなかったので、ボクにはその表情の意味がわからない。
そう思っている間に、ボクは自分の席について3時間目の授業を受けることになった。
給食の時間。ボクは風人くんとだけ机をあわせて、給食を食べていた。
「どうして瞬は、こっちに机くっつけないの?」
「さっき先生に注意されたからでしょ。振り幅が大きいんだよ、何事も。取ってこようか? 給食」
「……うん。それじゃあ、お願いしようかな」
「それじゃあ、量は普通でもらってくるね」
そう言って彼は、ボクの分の給食も持ってきてくれる。風人くんが自分の分の食器を机に置くのを待って、ボクは溜息を吐いた。
「え? 何? 食べれないものでも給食出でた?」
「いや、なんか、風人くんって凄いな、って思って」
「僕が? 瞬じゃなくって」
「うん。だって、ちゃんと聞いてくれるじゃん? ボクの意思を」
車椅子に乗っていると、たまに善意で椅子を押してくれる人がいる。瞬だって、今日はもうずっとボクの車椅子を押してくれていた。
それで助かることはもちろんあるのだけれど、自分で押していきたい時もあるのだ。
「自分で歩けないからこそ、そこに自分一人でやったぞ、っていう、充実感? みたいなものが欲しい時も、やっぱりあってね。だから、ありがとう。毎回聞いてくれて」
瞬たちと仲良くなるきっかけとなった『ぶるぶる』の勝負の時間だったり、その後学校で会った時に車椅子を押すか聞いてくれたり。逆に、授業に間に合いそうにない時は、押さないと行けないとちゃんと断りを入れてくれたり。
「凄いよね。なんでそんなに色んなものが見えているの? そんな視点でFPSやってみたいよ、ボク」
「流石に、自分の性格をゲーム観点で語られたことはなかったな」
それから『いただきます』の合図をして、ボクらは二人で給食を食べ始める。
手を動かしながら、ボクは食べる以外の目的で、口を開いた。
「ねぇ、どうしてそんな他の人の事ばっかり気にかけれるの? どこからそんな余裕が出てくるの?」
「余裕、ってわけじゃないけどね。ただ、それしかないんだ。僕、どっちかっていうと、体が強そうなタイプじゃないでしょ?」
「瞬と比べたら、ほとんどの子がそうなっちゃうけど」
「でも、実際僕はそうなんだよ。最近は少なくなったけど、小一とか小二ぐらいは普通に女子に間違えられてたし。だから、僕を僕として認めてもらえるのって、他の人に褒めてもらう時ぐらいだったんだよね」
「風人くんを、風人くんとして?」
「なんていうのかな? 僕はきっと、弓取風人という存在として認めてもらいたかったんだよ。女の子みたいな大人しい子、っていう外見じゃなくってさ。ほら、誰かを手伝ったりするのって、最終的に助けられるのなら大概誰でもいいでしょ?」
「……そういうと、なんだか風人くんじゃなくって、誰でもいいみたいで、ちょっと嫌だな」
「でも、実際誰でもいいんだと思う。でも、僕がやった。その人の望みを叶えるのも、笑顔にしても、誰でもいいんだけど、他の誰かじゃなく、僕がやったんだ。女の子みたいな大人しい子じゃなくって、弓取風人がやったんだよ」
「そんなに、誰かに見てもらいたかったの?」
「うん。だって僕、女の子みたいな大人しい子って見られたくなかったし。きっと、どうにかさいてそういう風に見られない方法を探してたんだと思う。だからルールとか、常識とか、時には度外視しちゃうかな。そういうもののせいで、僕がそんな名前のないよくわかんないやつ扱いされるの、嫌だしさ。ちゃんと、僕を認めて欲しいんだ。僕を見て、笑って欲しいんだ」
「……なんとなく、わかったかも」
「それはよかった。あ、僕も、聞いていいかな? なんで、そんなにゲームだけなの? あ、今のは悪い意味じゃなくって――」
「大丈夫。流石にボクも君たちがこっちを傷つけるために言ってるんじゃないって、わかってるから」
「なら、教えてくれないかな? 柚木さんはゲーム一筋、というより、極めようとしているじゃない? そういうの、ちょっとうらやましくって」
「うらやましがられるようなこと、してるつもりはないんだけどね」
「いやいや、本心で凄いと思うよ。僕はさっき話した通り、他の人の話を聞きすぎたり、聞き分けが良すぎるって、逆に怒られたり心配されたりすることがあるんだ。だから、そんなに自分のためにゲームが出来る柚木さんは、本当に凄いな、って」
「……自分のため、っていうより、まずは自分のことからやらないとだめだったから、かな。ほら、ボクって車椅子じゃん? 小学校にあがるまえに、事故でこうなってさ」
「この話、このまま聞いても大丈夫なやつ? 話してて辛いなら――」
「大丈夫。どこかで話さないと、話せないといけないって、思ってたから」
でもまさか、転校して一週間もしないうちにするとは、思わなかったけど。
「元々歩けてたのに、歩けなくなったから、ボク、すっごいショックでさ。ああ、変わっちゃったんだ、普通じゃなくなっちゃったんだ、他の人より劣っちゃったんだ、って思って。そう思わない方がいい、って思ってても、体がこうだから。毎朝鏡を見たら、嫌でも目に入るし。同い年の子とか、買ってもらった洋服を着た写真とか、お化粧してもらった写真とかSNSにアップされてるのも、結構きつくて。自分は、もう皆みたいに、普通じゃないんだ、って思い知らされてるようで。だから、見るのもやめてさ」
「……それは、落ち込むよね。僕なんかじゃ、想像するのもおこがましいぐらい」
「お父さんもお母さんも、そんなボクを見るの、辛かったんだと思う。それで気分転換に、って、入院中にゲームを買ってくれたんだ。スカッと出来そうな、お父さんとかお母さんもプレイ出来るやつ」
それが、『大混戦アタックスクアード』だった。
あのゲームをプレイした時の衝撃は、今でも覚えている。
足が動かせない自分でも、体を自由に動かせる爽快感。行きたい方向に自分の意思で行けて、飛んだり跳ねたり、それどころか相手をぶっ飛ばせたりなんかして。
「最初は、接待プレイだったんだけど、お父さんとお母さんに勝てたのが、すっごい嬉しくて。ああ、自分も他の人と変わらないんだ、って。普通のお父さんとお母さんと同じなんだ、って。対等に戦えるんだ、って思ったら、涙が出ちゃってさ」
あの時、ボクは事故でなくしたボクを取り戻せたんだと思う。
「でもさ、お父さんもお母さんも酷いんだよ? 二人とも負けず嫌いだから、そこからは一方的にボコボコにされて、結局一回も勝てなくって。だから、他のゲームなら負けない! ゲームなら勝てるんだ! って。そっからかな」
「そのエピソードだけで、柚木さんが柚木さんのお父さんとお母さんの娘って感じるね」
「負けず嫌い×2だからね。色々調べる内に、障害者でも健常者とゲームなら対等の舞台で戦える、eスポーツの存在を知ったんだ」
「それで、将来の夢がeスポーツ選手なのか」
「うん。だから、ボクはルールとか規則はきっちり守らないと嫌なんだ。ゲームって、ルールあってこそゲームでしょ? ほら、チェスだって盤をひっくり返してよかったら、ゲームにならないし」
「そうだね。チェス盤に将棋の駒を置かれたら、流石にゲームにならないよ」
「チート、ダメ絶対! ズルしたって、面白くないよ。ルールがあるから、それにあわせた最高のパフォーマンスをいつでも出せる。それが、ボクの目指すeスポーツ選手像で、今でもそうでありたいと思ってるし、心がけているよ」
「じゃあ、今ここで僕が『ぶるぶる』の対戦をしようって言ったら?」
「前みたいに圧勝できる自信があるよ。でも、それは校則違反だからダメ。プロのeスポーツ選手になる時も事務所と契約を結んで、そのルールに従う必要があるんだから。だから学校のルールや、お父さんたちと約束したルールぐらい守れないと、話にならないよ」
「え、でも、学校の規則の方は、もう――」
「……うん。油断してた。だから、バレると結構マズいんだ」
「厳しいの? 柚木さんのお父さんとお母さん」
「お父さんの方は、特に。まぁ、あれだけゲーム買ってもらってて、プレイしまくっていたら、キツいルールにどうしてもなっちゃうよね。メリハリってやつ? ゲームで自由にさせてもらっている分、他は厳しくなっちゃうところは、どうしたってあるよ」
ちなみに、学校の成績が下がったら即ゲームは没収。更に、前の学校に戻されることになっている。
「なら、頑張って勉強しないとだね」
「うん。そして、ゲームも、ね」
「後は、ちょっとだけ僕らの口が堅ければいいわけだ。柚木さんの笑顔のために」
その言葉に、ボクは思わず吹き出してしまう。
「なんだか、似てるね、ボクたち」
「でも、全然似てないよね、僕ら」
「ボクはやることなすことぜーんぶ自分のためで、そのためにルールはしっかり守るし」
「僕は自分がなくて他人のことばっかりで、そのためにルールとかは結構無視しがちだ」
本当に、似ているようで、全くの正反対。
それでも不思議と、話していて、気分がいい。しかも、とっても。
「なんだー? 俺がいないのをいいことに、二人で話し込んでよー。俺も混ぜろよ、親友!」
給食の時間が終わって、すぐに瞬が風人くんに抱きついてくる。そんな彼を、ボクとは正反対の彼が、嫌そうな顔をして引きはがした。
「柚木さんは、普通にいいやつだなって、そういう話をしていただけだよ。あと、校則はしっかり守りましょう、って話さ」
「なんだ? それ。律が普通にいいやつなのは当たり前だし、校則だって、まぁ、まぁだな。あと、いいやつなのは、風人もだぞ。そうだろ? 律」
瞬にそう言われて、ボクも思わず頷いた。そして、笑みを浮かべながら、こう言う。
「うん、風人も、普通にいいやつだ。ボクらと同じで、ね」
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