○第二章 <風人>
……絶対面食らってるだろうなぁ、柚木さん。
今は、2時間目の算数が終わった後の休憩時間中。
今や一躍時の人となり、クラスどころか学年を越えた輪の中にぶち込まれた転校生を見て、僕は溜息を零した。
瞬の言葉は全て、百パーセント悪意はない。発言がストレート過ぎて最初は戸惑うかもしれないが、その分間違っていると思ったことは全力で謝るし、凄いとわかれば全力で推す。
きっと柚木さんは、自分に対する障害者差別について戦うだとか、車椅子の偏見について向き合うとか、そういうことを色々考えていたのだともう。
でも、瞬にはそういうものはまったくない。言葉がまっすぐなので柚木さんもそういう反応になってしまったのかもしれないけれど、一ヶ月ぐらいかけて打ち解ければ、誰も絶対に瞬とは険悪な関係にはならないはずだ。
……でも、段階を踏むっていう考え方がないからなぁ、あいつ。
僕が一ヶ月ほど時間をかけてクラスになじんでもらおうと考えていた所を、一日どころか数時間で、しかもクラスどころか学校を巻き込んで成し遂げる男。
まっすぐにしか進めないが、その分とことん進む男。それが薬王寺瞬だ。
主役や主人公、ヒーローと呼ばれるような存在がいるのなら、きっと瞬のようなことを指すのだろう。
「風人くん、ちょっといいかしら?」
「責任は自分で持つっていいましたよね? 十円先生」
「誰が十円か。五百円ぐらいあるわ」
柚木さんの車椅子を押しながら、瞬が嬉しそうな顔をして走っていく。それを教室の窓から眺めつつ、僕と寿円先生は互いに苦笑いを浮かべた。
「結局、私が色々考えを巡らせても、子供たちは子供たちで勝手に仲良くなるのね。ただ誰かに何かを教えたいだけなら塾の先生にでもなっている、って常日頃から思ってるけど、勉強以外のことを教えるのって、本当に難しいし、やりがいあるわ」
「でも、いいじゃないですか。柚木さんも楽しそうに笑ってますし。僕は彼女のあの笑顔を見れただけで、満足ですよ」
「いよいよ小五の発言じゃないわね。あなただって瞬くんと同い年だし、笑っている柚木さんとも同級生なんだからね? たまには自分の望みだったり、やりたいこと優先しなさい。そうしないと、いざ本当にやりたいことが出来た時、なかなか口に出せなくなっちゃうわよ」
「脇役は脇役で約得があるんですよ。いつだって主役を一番輝かせれるのは、脇役や引き立て役だけですからね」
「実は先生より年上なんじゃないの? 君」
その言葉を聞きながら、僕は教室の扉に手をかける。首をかしげた先生が、口を開いた。
「どこいくの? もうすぐ3時間目の授業が始まるわよ」
「だからですよ。そろそろ瞬を連れ戻さないと。柚木さんも疲れちゃいますし、僕みたいな箸休めが必要な時間でしょうから」
「たとえが渋すぎるわよ。風人くんと喋ってると、不思議と日本酒飲みたくなってくるわね」
「職務中は勘弁してくださいよ」
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