○第一章 <律>

「お前、本気で言ってたのか? アレ」

 そう言われて、ボクは顔をあげた。

 普通の小学校への転校初日。正直不安が強かったけれど、隣の席になった風人くんのおかげでなんとかなりそうだと思えた。

 それは、彼も『大混戦アタックスクアード』をプレイしていた、というのがかなり大きい。

 あのゲームはボクにとっても思い出が強いゲームだ。

 下校時間となり、寿円先生も職員室に戻っている。その後、風人くんと一緒にそのゲームについて話をしながら荷物を片付けていたのだ。

 その途中。突然話しかけられて、ボクは自己紹介で聞いた前の席に座る彼の名前を思い出す。

「薬王寺くん? だっけ。なんのことだい?」

「瞬でいいぜ。皆そう呼んでるし。アレだよ。自己紹介で言ってた、将来の夢」

「……ああ、eスポーツの選手になることか」

 思わず、冷たい声になってしまった。eスポーツは、たかがゲームだからと、普通のスポーツより下に見られがちなことも多い。自己紹介で話した時も、そういうマイナスの反応も感じていた。

「悪い? eスポーツ選手を目指すの。でも日本国内だって、総額一億円の賞金が出るような大会もあるし、普通に職業として成り立っているんだけど」

「え、そんなに? 日本でそれなら、海外大会だともっと賞金でそうだね」

 ボクと瞬の間に割り込むように、風人くんが会話に入ってきた。少し髪が長めで大人しそうな印象で、正直揉め事は得意そうに見えない。

 そうであるにも関わらず、喧嘩腰になってしまったボクたちの会話に彼は平然と入ってきた。

「一億円あったら、瞬は何に使う?」

「金額がデカすぎて想像つかねーよ。でも、それだけ稼げるってことは、体力とか必要になるわけだろ。女子だと大変じゃないかなーって思って」

「……女性のプロeスポーツ選手だっているよ。女性のチームだけだってある」

「でもさ、柚木の場合、もっと大変じゃん? だって車椅子の障――」

「瞬!」

 風人くんが大きな声を上げ、瞬の言葉を遮った。

「ごめんね、柚木さん。こいつ、悪気があったわけじゃないんだ。でも、それでも言っていいことと悪いことが――」

「いや、いいよ。わかってる。悪気があったわけじゃ、ないってことは」

 それは、瞬の表情を見ればわかる。彼は、本気でボクのことを心配してくれただけなのだろう。

 本気で、女性の、車椅子のボクが、過酷なeスポーツ選手を目指して大丈夫なのか? って。

 ……ふざけんなよ。

「でも、瞬はこう思ってるんだろ? こんなボクじゃ、他の人と同じように、対等に戦えないって。普通の人と違うボクは、君たちみたいにゲームも出来ないって

「どうしたの? 皆。そんなに大きな声を出して」

 そう言ってやってきたのは、髪の長い落ち着いた感じの女の子だった。名前は確か、白崎 麻鈴(しらさき まりん)さん。最近、メガネからコンタクトに変えた、と自己紹介をしていた子だったはず。

「白崎さん? だったっけ」

「うん、そうだよ。それで、瞬くんたちはどうしたの? 転校初日なのに」

「いや、こいつがまた良くも悪くも思ったことを口走って」

「だって、そう思わねぇ? わざわざ大変な目にあうってわかってるのに。車椅子に乗ってて暇な時間が多いだけでeスポーツ選手を目指すのなら、止めてあげた方がいいだろ?」

 ……余計なお世話だ。

 大変な目にあうならやめた方がいい、というのなら、プロスポーツ選手を目指して筋トレしている人たちだってボクと同じじゃないか。それと何も変わらない。

 そうだ。ボクは、普通なんだ。他の人と、何も変わらない。

 車椅子に乗っていたって、ボクは一人で出来るんだ。他の人と、同じように。

「一通りゲームやってるし、好きだけど、柚木より俺の方が上手いかもしれないし」

「瞬くん、流石にそれは――」

「そこまで言うのなら、ボクも黙って引けないよ」

 焦ったような白崎さんの言葉を遮り、ボクは瞬へ視線を向ける。車椅子に座っているから、彼のほうが目線が高い。それでもボクは見下ろすように、瞬を見上げた。

「勝負しようよ。なんでもいい。瞬が選んだゲームで、ボクと勝負しよう。絶対に負けないから」

「え、いいの? 遊ぶ遊ぶ! いつにする?」

「白黒つけるなら早い方がいいし、今日でいいでしょ。午後から授業もないし。お昼ごはん食べたら、学校で落ち合おう」

「それじゃ、通信対戦出来るやつがいいな。『ぶるぶる』は持ってる? 持ち出せる『スウェッチ』版のやつ」

「もちろん」

「んじゃ、十三時ぐらいに校舎裏まで、どうしたんだ? 風人。そんな顔して」

「……いや。ちょっと頭痛がして」

「風邪か? 試合の審判頼みたかったんだけど」

「誰のせいだと! でもまぁ『ぶるぶる』でしょ? ルールがわかりやすいゲームだし、審判も何もないと思うけど、勝敗の見届人として参加するよ。これ以上被害が広がらないようにね。あと、柚木さん。開始時間は、本当に十三時でも大丈夫?」

「……できれば、十四時にしてもらえると嬉しいかな」

「じゃあ、それで。瞬もそれでいいね?」

「あの、私も行っていい?」

「ギャラリーが何人いてもいいよ、ボクは」

「俺もだ。それじゃあまた、十四時に!」

 そう言われて、ボクらはそれぞれ自宅に戻る。

 家に帰り、お母さんに出迎えられた。

 お父さんもお母さんも、ボクのワガママを聞いてくれて、引っ越しまでして、今日から普通の学校に通わせてくれるようになったのだ。

 お昼にお母さんが作ってくれた焼きそばを食べながら、ボクは今日学校であったことを報告する。

「あと、このあとまた外出するね。お母さん」

「え、どこに?」

「……友達と遊びに」

「まぁ! もうお友達が出来たの? 安心したわぁ。後でお父さんにも連絡しなきゃ。送っていった方がいいかしら?」

「大丈夫。自分でいけるから」

 喜んでくれるお母さんには悪いけど、実際は遊びに行くというよりも、ボクにとっては決闘に向かうような気持ちになっている。

 お昼を食べ終えた後、ボクは自分の部屋に充電してあった『スウェッチ』を手に取る。そして、『ぶるぶる』がダウンロードされていることを確認して、スマホや財布と一緒にカバンの中に入れた。

 一時間時間をずらしてもらったので、時間に余裕がある。

 もし十三時スタートだったら、お母さんに車で送ってもらう必要があった。お母さんはリモート勤務だけれど、会議がたまに入っている。そうなったら、流石に送ってもらうのは無理だ。

 校門をくぐり、校舎裏に回ろうとしたところで、風人くんと出会った。

「押そうか? 車椅子」

「大丈夫。一人で出来るから」

「わかった。あと、ごめんね? 変なことになっちゃって。早めに止めれたらよかったんだけど」

「風人くんのせいじゃないでしょ? それに、こうなることは、覚悟してたから」

 転校する時、両親からボクが歩けないことについて色々言われる可能性については、話しあいをしてきた。無理して傷つく環境にいかなくていいって、何度も言ってもらえた。

 でも、それは結局学校以外のところでも、同じような目にあう可能性はある。

 ……だったら、先にそこに自分で飛び込んで、乗り越えようと思ったんだ。

 大丈夫。何度も頭の中で繰り返してきた。ゲームでも同じだ。来るとわかっているものなら、対応できる。ボク一人で、なんとかしてみせる。

「大丈夫。こんなことじゃ、ボク、負けたりしないから」

「……深刻な表情を浮かべているところ悪いけど、多分、思っているようなことにはならないと思うよ? いや、ある意味想像とは違う、大変な目にあいそうな気がしてるんだけど」

「え? どういうこと?」

「段階を踏むっていう考え方がないからなぁ、あいつ」

 どういうことか確認しようとしたところで、瞬と白崎さんもやってきた。

「ごめんなさい、おまたせしました」

「それじゃあ柚木、早速遊ぼうぜ!」

 瞬の気楽さにカチンと来るが、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。これから勝負だというのに、冷静さを失いわけにはいかない。

「それじゃあ見届人として、役目を果たそうかな。二人とも、『スウェッチ』に電源を入れて、『ぶるぶる』を起動してもらえる? 終わったら、ローカル通信で接続をお願い」

 そう言われて、ボクと瞬は『スウェッチ』の電源を入れた。

 

 ソフトが起動する前に、軽く『ぶるぶる』というゲームの説明をしたいと思う。

『ぶるぶる』は一言でいうと、落ち物パズルゲームの一種だ。

 プレイヤーには大きな箱が用意されていて、そこにスライムが落ちてくる。勝敗は、この箱の一番上までスライムが積み上がってしまった方が『負け』という、単純なもの。

 落ちてくるのはスライムは、全部で赤緑黄青の四種類。二つ一セットで落ちていくる。

 落ちてきたスライムは、同じ色のスライムを四つ以上、タテ・ヨコ・ナナメにそろえると、互いにくっついて消えていく。

 つまりプレイヤーは、頑張ってスライムを消し、箱のスライムを消していく、というゲームだ。

 当然それだけだとゲームが一生終わらない可能性があるので、勝敗を左右する重要な要素がある。

 それが、連鎖だ。

 スライムが一回消える事を一連鎖といい、落ちてきたスライムが同色のスライムと四つ以上並ぶと、更に連鎖が発生して二回連続して消えたことになる。これを二連鎖という。もちろん、三連鎖、四連鎖以上も可能だ。

 この連鎖を繰り返していくと、通称妨害スライムというものを相手プレイヤーの箱に降らせることが出来る。妨害スライムは同じ妨害スライムと隣り合ってもくっつかず、ただ他のスライムがくっつくのを妨害する。

 妨害スライムを消すには、そのスライムと隣り合っているスライムを連鎖する必要があり、プレイヤーは妨害スライムにばかり気を取られていると、どんどん妨害スライムを自分の箱に送り込まれてしまう。

 対戦相手に降らせる妨害スライムだが、自分の箱で連鎖を繰り返せば繰り返すほど、多くの妨害スライムを降らせるとができるのだ。

 

 ……何はともあれ、このゲームはどれだけ自分の箱に、連鎖をつなげられるようにスライムを置いていくのが重要になってくる!

 対戦プレイヤーは接続人数分増やせるけど、今回はボクと瞬の一対一。

 対戦準備が終わったので、ボクらは通信を開始する。

 瞬は自分の方がゲームは上手いって言っていたし、対戦ソフトに『ぶるぶる』をすぐに選んだ。よほど自信があるのだろう。

 ちなみに『ぶるぶる』の世界大会の優勝賞金は百万円だ。やり込む価値はある。

 接続が完了し、風人くんがボクと瞬へ視線を向けた。

「それじゃあ、準備はいいね? では、対戦開始!」

 そう言われて、ボクはコントローラーを持つ手に力を入れる。

 ……でも、ボクは負けるわけにはいかない。ボク自身の、夢のためにも!

 そうやって、気合を入れてプレイに臨んだのだけれど――

「すげー! 秒で終わった! 手も足もでねぇ!」

 ……あれ?

「白崎もやってみ」

「いいけ、え? 何その動き。連鎖ってこんなにつながるの?」

 …………あれれ?

「風人は?」

「いやぁ、やっぱ本気でやってる人は強いな。四連鎖を連続して妨害しても、あっさり跳ね返される」

 ………………あれれれ?

「クラスのグループチャットに柚木がゲームめちゃ上手いって連絡しないと! 柚木、スゲーなお前! 変なこと言って悪かった! すまない! 本当に申し訳ない!」

「おい、瞬。ここで土下座すると、服汚れてまたおばさんに怒られるぞ」

「マジで悪かった! お前、絶対プロなれるよ! スゲー!」

 ……………………あれれれれ?

 

 次の日学校に行くと。

 ボクは央平小学校で一番ゲームが上手いと噂になり、ネットのプレイ動画じゃわかりづらいプレイを聞けると、一躍人気者になっていた。

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