よだかの星

 真竜が全て竜たる要素を兼ね備えているように、竜たるの要素の全て無き大邪もいた。それでは地を這う蛇と変わらないだろう。

 ある大邪は生まれつき竜たる要素を持っていなかった。

 他の生物種と隔絶した防御力を持つうろこも、何処までも高く飛ぶよくも、他を引き裂く爪牙にくしみも持っては居なかった。

 かつての大戦で真竜万魔王の将であった彼女は封印され、最も早く封印から抜け出した。そして彼女は小人ニンゲンの営みをただ眺め続けた。

 ある日、光国の神官が現れ、彼女を捕まえた。

 今は誰も近寄ろうとしない辺境の教会に連れていかれ、彼女は神と会った。

 神は教会地下の大神殿に隠されていた。

 身体を見えざる鎖で拘束された状態で神の御前に連れ出されたのだ。


「正直なところを言うとね。僕はもうすぐ死ぬ。耐用年数を越えても頑張ってきたけど、もう誤魔化せなくなった」


 輝ける神々の筆頭である太陽神はそう言った。太陽神は若い女性のように見えた。長い黒髪を束ね、肩の前に伸ばしている。身体は瘦せこけ、目の下の隈は色濃く、肌色も病的に白い。しかし身長は小人たちの二倍である。その長身は真竜や大邪が神々と区別し、多くの種族を小人と纏める理由であった。太陽神は玉座に腰掛け、膨大な量の魔術が刻まれた布を羽織っている。


わたくしに何のようでしょうか?ちょっと前まで敵対していたと思うんですけど」


 大邪の時間感覚では何百年も前が小人の感覚の数年前である。神々と竜魔の大戦も少し前のことであった。


「敵味方とかはこの際関係無い。僕が死ぬと、光国の最高権威が失われるだけじゃなく、これまで築き上げたこの世界の法則がぶっ壊れる。自前で無法則の荒野を耐えられるのなんて一握りの超越者だけだろ。世界の危機なんだよ」


 この世界は長い間、昼間は大地が煮えたぎり、夜は凍てつく地獄の如き生命の暮らせぬ世界であった。それを穏やかに作り直した者たちが神々である。太陽神は神々の中で世界法則の維持を任されており、そのために神々の筆頭であった。

 しかし神々の耐用年数は世界の広さ、無限に対してあまりにも短すぎた。

 あるいは先の大戦による破損が耐用年数を短くしたのかもしれない。


「それは大変ですね。」

「神官くんたち、やれ」


 神官たちは彼女の片目に何かを無理矢理突き刺した。


「殺すつもりですか?流石に弱弱のわたくしでもこれくらいじゃあ死ねないんですが?」

「僕の指を埋め込んだ。そして君に使命を与える」

陛下おとうさまにも与えられなかったものを与えてくれるんですか?」


 彼女は大邪としては平均に満たない身体能力故に寵愛を受け、何も求められなかった。いや、真竜万魔王が気まぐれに手を付けた大邪に産ませた娘故にであろうか。


「僕の代わりに新しき神となり、よろずを照らせ。道は僕の指が導くだろうよ」


 彼女の失明した眼に埋め込まれた指が熱を帯びた。このとき彼女は初めてよくを得た。至高にして輝く者になりたいという欲を。

 それは太陽神が植え付けた導かもしれなかったが、細かい理屈は彼女に関係無かった。

 初めて他者から使命を与えられら高揚が彼女にあった。

 彼女は紅鏡大邪とかつては呼ばれていた。今は小人ニンゲンの中に紛れ、スカーレッドと名乗っている。




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