言葉と旋律

 夕焼けが差し込む。燃えるドコ村の細くかつ土を踏み固めただけの通りで、剣鬼と大邪が相対していた。

 徹甲大邪は枝を払っただけの丸太を二振り握り、背を丸め、前傾姿勢を取っている。

 剣鬼は背中の大剣を抜き、切っ先を地面に触れるように下げて構えている。

 大剣の十字の鍔から三十センチほどには刃が無く、柄のように握れる。剣は両刃であり、その刀身は白い。狂える武器職人アルハズラッドが創造した最後の一振り、『白烏』という。


「薙ぎ」


 徹甲大邪は左手の丸太で薙ぎ、その勢いを乗せてまた尾で薙ぎ、最後に右手の丸太で薙ぎ払った。


「俺に断てぬものありやなしやと」


 徹甲大邪の攻撃は全て弾かれた。『徹甲』の固有魔術を付与エンチャントした丸太はあらゆる武具を破壊する魔剣に等しいが、それでもなお剣鬼に届かない。


「何故我の斬撃を受けられる?防御不能の一撃を」

「貴様が純粋な剣士ではなく、魔剣士だからだ」


 徹甲大邪は固有魔術を付与した武器を爪牙の代わりとする大邪であり、剣士としての技量のみに頼る存在ではなかった。生来の優れた身体能力や固有魔術と剣術を束ね戦ってきた。

 対して剣鬼には剣術以外何もなかった。


 剣鬼は異世界召喚者である。魔族領との国境線沿いの交易都市で、剣闘士として召喚された。光国の高度な召喚技術は地球から人間を召喚することを可能としていた。


「殺せ」


 剣闘士のそのほとんどは奴隷であり、その命の価値は低い。ましてこの世界に呼ばれた召喚者はなおさらだろう。


「殺せ殺せ」


 剣鬼は幸運にも訓練中の事故で死なず、幾度もの闘技で死なず、不敗の王者として自由の身になった。


「殺せ殺せ殺せ」


 不敗の王者に登り上がるために、彼は全てを捨てた。切り捨てた。

 まず初めに自分の名前を捨てた。剣闘士として新たにグラースという名前を付けられた。

 初めての試合で同じように召喚された同郷の異世界人を斬り殺した。自らよりずっと年若い少年奴隷も、老いも若いも斬り殺した。


「殺せ!殺せ!殺せ!敗者に生きる価値なんてねえよ!!」


 闘技を見に訪れた観客の野次が今も剣鬼の耳に残っている。そうだ、勝者しか生きる自由も不自由もない。まず勝つ必要があった。

 そして自由を得た剣鬼は切っ先を向ける先を失った。地球に戻る方法も見つからない。


「剣鬼さんでしたっけ?わたくしの剣になりませんか?切り甲斐のある敵を用意できると思いますし、お金もいっぱい払いますよ」

「賃金は相場で良い。敵は多ければ多いほど良い」


 そして剣鬼はスカーレッドに出会った。

 スカーレッドは剣鬼に切っ先を向ける先を用意してくれた。剣鬼にはそれで十分だった。

 

 現在に戻る。

 徹甲大邪の猛攻を剣鬼は弾き続けている。剣鬼は未だ攻めに回らず、守勢を崩さずにいる。徹甲大邪は攻撃を続けているが、それは少しでも攻撃を緩めれば手痛い反撃を受けるという戦士の本能からでありむしろ精神的に追い詰められていた。


「ほら、この剣鬼応援うちわを持って剣鬼を応援して」


 スカーレッドは何処かから取り出したうちわを村人や生き残った輝光騎士たちに配る。


「援護しようにも戦いに割って入れる技量が私たちにはありませんからね。我ら足手纏いたち」


 吹き飛ばされ家屋から這い出たスパスはうちわを受け取った。スパスは騎士としての力量もまた併せ持っていた。あくまでも学者肌の騎士であるだけで文弱というわけではない。平穏の中で弱体化した輝光騎士の中でも上位に位置する技量があった。


「……別にわたくしも戦えないわけではありませんし、起きたてで弱った大邪くらい一対一サシで倒せますし」

「すごいですねえ。剣鬼に連れ立って旅をしている方は違いますね」


 スパスはスカーレッドの発言をふかしだと思っていた。輝光騎士一般よりはスカーレッドの方が力量が上に見えたが、一騎当千をそのまま具現化したような大邪と単身戦えるとは思っていない。

 

「そろそろ斬ろうか」


 剣鬼は大剣『白烏』を肩に担ぎ、上段からの一撃を狙う。


「がんばれグラース!!無理そうならわたくしが代わってあげますよ!!ほら貴方たちも!」

「がんばれ!がんばれ!」


 村人や輝光騎士たちがスカーレッドに押し切られてうちわを持ち、応援する。実際彼らは傷つき疲れていた。剣鬼を応援することしかできない。


「ははっ!応援されているぞ!応援されなければ勝てないと思われているようだな!」


 そう言いつつ、徹甲大邪は上空に飛ぶ。剣士としての斬り合いを妥協し、相手の間合いの外から息吹で焼き殺すことにしたのだ。


「野次も罵声も応援も、全てがこの俺と貴様の戦いに関係の無い事象だ。気にすることはない」


 剣鬼は大剣を下段に戻し、上空に斬撃を飛ばした。真空の刃は徹甲大邪の腕ごと片翼を切り落とした。空を飛ぶ大邪は自由落下し、ただの蛇と化した。いやまだだ。まだ徹甲大邪には片手が尾が攻撃の術が残っている。


「なんだこれは!?矮小なる小人ニンゲン風情が大邪のきょうふを断つだと!?」

「余分なものを切った。空を飛ぶごときで俺から逃げられると思うな」


 剣鬼は大剣『白烏』を頭上に掲げる。墜落する徹甲大邪を串刺しにする算段だ。

 しかしそうはならなかった。

 ドコ村外れ、ユースタスの屋敷の上から矢が放たれ、徹甲大邪の眼を穿った。

 やじりは眼孔を通り過ぎ、徹甲大邪の脳を攪拌した。


「不完全燃焼だ。ユースタスも切ろうか」


 落下した徹甲大邪を剣鬼は切り払った。首と胴体が別れた。

 

「ダメですよ!一宿一飯の恩があるでしょう?」

「あの矢を見るに、ユースタスはなかなかやる。斬り甲斐があるだろうよ」

「ダメなものはダメです!!」


 スカーレッドは剣鬼を諌める。


「普段は雇用主面しないというのに、こんなときは雇用主面か?芸人でネタ書いている方が、何か揉めたときにネタ書いていることを持ち出すみたいだな」

「そんなこと言ってもダメですよ!!」

「まあ良い。スカーレッド貴様は俺に剣を向ける相手を用意してくれる。旅人が星の位置をしるべにして旅を続けるように、貴様は俺にとってしるべだ。しるべには従うさ」


 



 

 



 

 

 

 

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