天才魔術師、死す

 大邪という生き物は真竜に劣る。その何が劣っているのかは各々の大邪によって違うが、多くは身体の部位が誕生時点で欠けている。そのきょうふが、そのよくが、その爪牙にくしみが、欠けていた。

 だが、それがなんだというのか?小さき者どもよりも優れた能力スペックはまさにこの世界の頂点と言えるものだ。

 真竜という王にかしずく臣下こそが、大邪と思ってもらいたい。


 ここに徹甲大邪と呼ばれる者がいる。かつての大戦においては真竜万魔軍の先鋒として多くの戦場を駆け抜けた。無念にも光軍側の森人エルフに眼孔を射抜かれ、深き森の奥に封じられた。

 それが今蘇った。身体の拘束は経年劣化で崩れ落ちたが、まだその身を縛り付ける見えざる鎖が森の外へ出ることを封じている。


 徹甲大邪は金属の光沢を持つきょうふを備え、蛇の如く長い胴を持つ。背丈は小規模な砦を超える。

 そして彼は生まれつき爪牙にくしみが欠けていた。

 爪牙を補うために、武器を持つ大邪は多くみられる。彼もまたその一体だった。


「我、徹甲大邪。真竜万魔王陛下の騎士なり」

 

 封印の見えざる鎖に繋がれ、森の奥の沼地に浸かる徹甲大邪は自らの名を名乗った。


「アタシは宮廷魔術師のイサカ。アンタを狩る者よ」


 イサカと名乗った少女は宮廷魔術師の明るい黄金色のローブに身を包んでいた。金髪をツインテールにし、木製の質素な杖を手に持っている。

 一見ただの無謀な少女にしか見えないが、彼女には彼女なりに勝算があった。

 イサカが徹甲大邪に杖を向ける。杖は魔術の触媒であり、無くとも問題はない。だが杖の性能が高ければ高いほど、魔術の威力や精度が上がる。

 イサカの杖から熱線が射出される。徹甲大邪は息吹を発する。

 大邪の息吹には様々な属性があるが、徹甲大邪の息吹は熱の息吹である。

 熱線は息吹を引き裂き、徹甲大邪の頬を溶断した。


「面白いッ!小人ニンゲンの魔術に我が負けるとはな!!」


 徹甲大邪は付近の木をへし折り、枝を払った。本来の剣は奪われた。ならば即席で剣を用意するしかない。徹甲大邪はイサカに向かい走る。


「アタシは大邪と膂力で勝負したりしないから」


 イサカの戦法は一つ。引き撃ちである。徹甲大邪の封印の間合いの外から熱線を撃ち続ける。これを続ければ徹甲大邪は溶け落ちるだろう。

 ところで、魔術による熱線は物質以外に影響はないのか?魔力によって構成されたものにも無論影響する。大邪の息吹は極めて原始的で洗練された魔術の一種と考えられている。息吹を引き裂くことができるならば、封印の見えざる鎖を引き裂くことも可能だ。

 徹甲大邪は見えざる鎖をイサカの熱線にぶつけた。鎖は切れ、徹甲大邪は自由になった。


「貴様の負けだ」


 徹甲大邪の振るった木によりイサカは四散した。その肉と骨は砕けてばら撒かれたが、杖は全く折れず傷つかなかった。宮廷魔術師として良い杖を使っていたのだろう。





 

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