「ここは名所だから」

 中学の同級生に久しぶりに会った時に聞いた話です。仮にAさんとしましょうか。


 Aさんはそのまま地元の高校に進学したんですけど、そこが良く言えば活気のある、悪く言えば若干治安の悪い生徒層で。Aさん自身は真面目な人なんですけど、田舎の公立なんてそんなものです。

 ヤンキーが多い学校だからか、自分たちの度胸を試すような悪さ自慢もするんですよね。Aさんはたまに話すくらいの関係値の同級生から、何日か前にグループ4〜5人でやった肝試しの話を聞きました。その同級生を、ここではBさんとしますね。


 うちの地域は盆地で、市境はだいたいが山です。例に漏れずKヶ山峠も国道沿いの山道で、昔から鬼が出る民話の舞台になるような場所でした。明治・昭和・平成で三回トンネル工事が行われていて、旧トンネルと古トンネルは数年前に立ち入り禁止になりました。その旧トンネルにも「四つん這いの男の霊がいる」なんて噂があるくらい有名な場所なんですけど。

 その周辺一帯が曰くつきなんですよね。国道沿いなので少し進めば活気のある街があるし、すぐ近くにはラブホだってある。だからこそ、トンネルを抜けた地点だけが異質なんですよ。


 元々は「Kヶ山ファミリーランド」というアミューズメント施設があったらしいです。昭和中期に建てられて、ゴルフ場とか小さい遊園地、宿泊施設やレストランがあった。今では看板しか残ってなくて、ほとんどが更地になってるか倉庫とかの新しい建物が建ってるんですけど。

 国道沿いの三つの建物だけ、まだ廃墟として残ってるんですよ。一つは数年前に潰れたスーパー、一つは土産物屋。もう一つは、その周りの建物の中でも一際大きい、結婚式場。Bさんのグループが行ったのは、その結婚式場でした。


 国道沿いで車通りがそれなりにあると言っても、田舎で夜10時以降に出歩く人はほとんど居ません。たまに通り過ぎるヘッドライトの灯りから身を潜めながら、Bさんのグループは廃墟に向かいました。

 地元で有名な肝試しスポットなだけあって、光の当たらない三階建ての廃屋は既に誰かが入った痕跡だらけだったそうです。駐車場だったと思われる広場には伸びた雑草が生えっぱなしで、建物に近づくと割れて散乱した窓ガラスと壁に描かれたスプレーの落書きが嫌に目立つ、そんな場所です。


「とりあえず入ろうぜ」


 グループの一人が気味悪がりながらも率先して入ろうとしたらしく、Bさんも負けじと着いて行こうとした時に、玄関ホールに入るドア前に4体の地蔵が並んで置いてあることに気付きました。他と違って、その地蔵は丁寧に手入れされて綺麗な状態で。見た瞬間、Bさんも流石に「これに手を出すのはマズい」と思ったそうで、他メンバーの視界に入らないように身体で遮りながら進んだらしいです。

 玄関ホールは色々な物が雑然と置かれていて、腐りかけた畳やボロボロの衣服、座面が腐食してもう座れない椅子なんかが歩くたびに見つかる場所でした。元々そこにあったのか、誰かが持ち込んだのかはもう判別が付かなくて、「誰かが住んでる方が怖くね?」なんて盛り上がりながらBさんたちはどんどん進んでいきました。

 バブル期に栄えてバブル崩壊と共に廃業した式場なのもあって、宿泊設備とかレストランも併設されてるんですよ。懐中電灯でレストランの方を照らすと入口の横に人影が見えて、よく観察すると首のない女のマネキンだったりして。「誰だよこんなとこに置いたやつ〜!」なんて騒ぎながら、Bさんたちは順番に部屋を回っていきました。

 次に向かった大広間には豪華なシャンデリアがあって、既にある程度引き払われたテーブルが乱雑に並ぶ薄暗い部屋でした。肝試しですから、一通り探索を終えた後に「ここで酒盛りしようぜ!」って言い出す奴がいて、Bさんたちは近くのコンビニで買った缶チューハイとつまみを片手に呑み始めたそうです。普通に未成年飲酒なんですけど、「誰も見てないからいいじゃん!」ってなったらしくて。

 酔うと気が大きくなるんでしょうか。集団心理がそうさせるのか、一人が「怪談話しようぜ!」とか言い出したそうです。そんなこと言われても即興で出来るほどストックがあるわけもなく、案の定グダグダになりつつある、その時でした。


「君たち、ここで何してんの?」


 作業服を着た男性が、ニコニコと笑いながら近づいてきたそうです。眼鏡をかけた穏やかな表情のおじさんだったそうで、Bさんたちは慌てて飲んでいた酒を隠しました。もしかしたらこの廃墟の管理人かもしれない、そう思ったらしいです。


「すいませんっした! すぐ帰るんで、警察とかは……」

「いや、どいてくれたらいいんだよ」


 どく?

 Bさんたちが困惑していると、その人はメンバーの間を縫うように通って、ボロボロの壁をじっと見つめていたそうです。


「ふふっ、そうだよなぁ。ここは名所だもんなぁ」


 独り言か、それともBさん達に向けて話しているのか判別が付かないような声量で、その人はぶつぶつと喋っている。何が可笑しいのか、時々笑いを噛み殺しながら。

 ちょっとおかしい人なのかもしれない。そういう共通認識がBさんたちに伝わってきて、流石に酔いも覚めてきたそうです。その内の一人が冷や汗をかきながら「帰ろう」って小声で言うのと同時に、Bさんたちは一目散に逃げようとおじさんに背中を向けました。


「ねぇ、君たちも来なよ。今からが面白いんだから」


 耳にこびり付くような笑い声だったそうです。ケタケタ、ケタケタと笑いながら、おじさんが彼らを呼び止めます。途端に足が動かなくなって、Bさんは思わずそっちを振り向いたそうです。


 目だけ笑っていないんですよ。肌の色が妙に白くて、発色の悪い唇を異様に吊り上げて。

 その後ろには、無数の影がありました。どれもが出来の悪い合唱みたいに、集団でケタケタ笑っている。何かが楽しくて仕方ないかのように。


 Bさんはそのまま気を失って、目を覚ました頃には朝だったそうです。グループで乗ってきたワゴン車の後部座席に寝かされて、例のトンネルを抜けた辺りの路肩に駐車して。

 Bさんが言うには、「他の奴らは誰も覚えてない」らしくて。その後何もなかったからAさんに話したそうです。


 Aさん、その話を聞いてBさんに一言だけ確認したそうです。


「そのおじさん、頬によく目立つ黒子ほくろがなかった?」

「あったけど、なんでお前が知ってんの?」


 それを聞いた瞬間、Aさんは全てを納得したそうです。


「うちの近所で何年か前に行方不明になった人がいて、その数日後に見つかったんだよ。Kヶ山に入る手前の空き地に車停めて、中で死んでた。煉炭自殺だったらしい」


 Aさんは、俺にそう話してくれました。そこ、自殺の名所でもあるらしいんですよ。霊にとって、自殺ってエンタメなんですね。


 その廃墟は最近テレビに取り上げられて、無事に買い手が見つかったそうです。自殺を見に来た霊は、今どこにいるんでしょうか。

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