狐怪談

置き配

 何年か前、宅配便のバイトをしてたんですよ。荷物の集荷やら、トラックに乗って配達やら、そういう仕事を任されてて。仕事はキツイけど時給とか高かったし、上司とか同僚もいい人たちで。

 だから、アレが無ければまだ続いてたんだと思います。


 俺の担当してた配送コースは市街地から離れたエリアで、山間の一軒家とかを含んでたんです。たまに峠とか超えて細いS字カーブを時間掛けながら進んでいくことも多くて、効率よく届けていかないと帰りが遅くなるのがネックでした。時給制だから問題ないって心理はあるんですけど、それより夜の峠道が真っ暗で。夜は鹿とか出るし、対向車も居ないからなんか不気味なんですよ。だからなるべく夕方までに配達を済ませよう……っていつも決めてました。


 その日の配達も半分を過ぎた頃で、俺が向かったのは麓の一軒家でした。昔からある田舎の一軒家って玄関の隣の部屋を挟んで勝手口があったりするんですけど、そこも例に漏れずそんな感じで。その部屋は色褪せた薄いカーテンがかかっていたのを覚えてます。

 届ける予定の荷物をトラックから下ろして運んでる時に、住所と宛名が間違ってないか段ボールに貼られている送り状の伝票を確認する決まりでした。住所は間違ってない。宛名が、何とか判別できるレベルの悪筆でした。

 そこ以外はタイプ印字された文字なんですけど、宛名のところだけ枠の外にはみ出すみたいな大きい文字で、しかも引っ掻き傷みたいな線のカタカナで「ヤマムラ ケンジ様」って書かれてるんですよね。

「あー、子どもが書いたんだとしたら微笑ましいなー……」なんて思いながら、その時は何も気にせずにインターホンを押しました。


ピーン……ポーン……


ピーン……ポーン……


 何度かインターホンのチャイムは鳴ったんですけど、誰も出てくる様子がない。家の中も暗いし、留守かなーって思って不在票を切ろうとしました。再配達は面倒だけど陽も落ちかけてたし、ここで時間潰すのも勿体無いので。


ピーン……ポーン……


 不在票を切る前に、再確認のためにもう一回インターホンを押した時でした。遠くの方から物音が聞こえるのと同時に、急に通話が繋がったんです。


『そこ、置いておいてください』


 若い女性の声でした。

「よし、これで再配達の必要はない!」って内心で思いながら荷物を置いて次の配達に向かったんですけど、思い返すとなんか気持ち悪いんですよ。そこから何日か連続で似たような荷物をあの場所に届けて、いつも若い女性の声で置き配を頼まれる。そのうち、違和感の正体に気付きました。

 女性の声が、妙にこもってるんですよ。普通ならインターホンに向かって話す時、数十センチくらい離れた位置で声を出すじゃないですか。あの息の混じり方は、内蔵マイクにほとんど顔をくっつけるみたいにして話してないと出ないなって感じて。なんか気味悪いけど、まぁそういう癖の人もいるか……って思いながら次の配達先に向かいました。


 そういう出来事があった、って事を休憩時間に上司に話したら、ずっと首を傾げてて。


「そんなわけないんだけどな……。そんなことあるか……?」

「……どうしたんですか?」

「いや。あそこの家、ヤマムラさんってお爺さんの一人暮らしのはずなんだよ。若い女がいる、なんて話聞いたことないなぁ」


 その時は「訪問介護のヘルパーさんじゃない?」なんて笑い話になったんですけど、何か犯罪に巻き込まれてる可能性もある。

 そもそもルール的に事前指定のない置き配はダメだ、って上司からも軽く怒られて、念の為に次の荷物は置き配じゃなくて本人確認をしようって結論になりました。バイト先はスタッフも少なくて、配送担当はほぼ俺だったんですよ。

 だから今回の事を肝に銘じて、次は家主が受け取るまで粘ろう、って考えで。例の女の声が素性の証明できない不審者とかだったら、すぐに取り押さえて通報してやるぞ〜って楽天的に思ってました。


 それから三日ほど経った後、また荷物を例の家に届けることになりました。いつも通りの住所に向かって、トラックから荷物を下ろそうとしたんですよ。

 持ち上げた段ボール箱が、明らかに異臭を放ってるのに気付きました。出荷段階から梱包が雑だったらしいんですけど、そこから漏れるように特有の生臭さとか腐敗臭みたいなものがして、思わず吐いてしまった。

「何だよこれ、早く渡さないと」って半分キレながら持ち上げるんですけど、ダンボールの開け口を留めてるガムテープさえ固定が甘くて。隙間から箱の中身がちょっと見えてて、そこから異臭が垂れ流されている。後で怒られてもいいから、これはとにかく早く渡したいと思ってしまうくらいでした。


ピーン……ポーン……

ピーン……ポーン……


 やっぱり出ない。俺も余裕が無くなってきてるので、とにかくチャイムを連打しました。


ピーンポーン……

ピーンポーン……

ピーンポーン……

ピーンポーン……


 ふっ、と通話が繋がって。若い女性がいつもの台詞を口に出します。


『そこ、置いておいて——』

「いいから開けてください! いいから!」


 相手が犯罪者だと思うと、なぜか強気に出ることができるものなんですね。気味悪い荷物にイライラしていたのもあって、語気を強めてしまったんです。その女は一瞬黙って、通話が切れました。

 ガタガタッと物音がしました。小さく聞こえる足音から、女が玄関に向かっていることは分かります。俺は早く荷物を手放したいのもあって、ぼうっとその様子を眺めてました。


 外は夕暮れの薄暗さで、エンジンを掛けっぱなしにしていたトラックのヘッドライトが玄関の隣の部屋を薄く照らしてました。その部屋を通って玄関まで向かう女の姿がカーテン越しにシルエットだけ映って。それから目が離せないんですよ。


 最初は、妙にゆっくり動いてると思いました。着物を着た女性がやる摺り足みたいな動きで、ゆっくりゆっくり移動してるんです。

 膝から下が妙に長くて、窓から見切れるくらいの背丈を首を曲げるように歩いて、その度にケーキ屋に置かれてる人形みたいに頭がカタカタって震えて、その様子がシルエットの異質さをさらに強調していました。


 明らかに、人じゃないんですよ。


 その瞬間にインターホン越しの声の理由も全部理解してしまって、あぁ首をそう曲げるしかないからマイクに近づかないとダメだったんだぁとか、歩くのが遅いから受け取りに来れなかったんだ、とか全部合点がいってしまって。


 もう配達とかどうでもよくなって、とにかく今持ってる荷物を置いて逃げないとって思って。段ボール箱を地面に叩きつけるように置いた瞬間、雑な梱包の隙間から中身が見えてしまったんですよね。

 乱雑に新聞紙に包まれてはいたけど、人間の髪がはみ出てたら嫌でもわかるんですよ。ちょうど両手で抱えられる重さだもんなって。


「そこ、置いておいてくださいね」


 次は、耳元で聞こえました。


 逃げるようにトラックに乗って、その日にバイトを辞める連絡をして、すぐに引っ越しました。

 それからこのような事はもう起きてないんですけど、二度と宅配便のバイトはしないと決めてますね。


 あれから少し考えて、ひとつだけ分かったことがあります。送り状の伝票の文字が枠からはみ出してた理由なんですけど。

 たぶん、俺たちが勘違いしてたんですよ。あれは宛名じゃなくて、品名だったんですね。

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