村人Rの転換~村ごと召喚儀式の生贄になったら自分だけドラゴンへの変身能力を会得しました

濵 嘉秋

第1話 悲劇の前日

 この世界は5つの種族が支配している。

 人類族、妖精族、獣人族、幻族、天使族だ。


「なぁ聞いたか?この近くで魔族が出たって」


 当然、種族間での争いもある。しかし、それ以上に深刻なのは悪しき意思を持つ者たちで構成された魔族という集団。彼らは種族関係なく結託し、各地で非人道的な悪行を繰り返している。

 一昔前までは王都騎士団に手も足も出なかった魔族たちも最近では著しく勢力を拡大しているらしく、戦う力を持たない小さな村なんかは魔族を警戒しながら日々を過ごしている。


「へぇ、それは心配だ」


「まぁ?父さんが騎士団の隊長と親友だから、魔族がここまでくることもないんだけどさ?」


「感謝しろよライト。俺たちがいるからこの村は平和なんだからな!」


 だがこの村は過去に一度も魔族の襲撃に遭ったことがない。

 別段、王都に近いわけでもなく軍事国家が近いわけでもない。ただ村長の親友だという騎士団の隊長が部隊戦力の一部を常駐させてくれているからという単純なものだ。

 つまりはその村長の息子である彼らに直接の功績があるわけじゃないのだが、それを指摘しても意味がないので大人しく感謝しておく。しかしそれは、コイツらを助長させるのだ。


「と、いうことで…ラータとの食事のセッティングをだな」


「いや、失敗したじゃん。キミら、ラータに振られてたじゃん」


 ラータというのは村の宿屋の一人娘。俺の一つ下で、よく行動を共にしている

幼馴染だ。まぁこの小さな村だ。同年代の子どもは全員小さな頃から知っているのだから全員が幼馴染と言えるのかもしれないが。

 そんなラータだが村の子どもの中で一番の美少女ということもあり、村長の息子である彼らも狙っているのだ。


「いいやまだだね!この俺がライトに負けているなんてあっちゃいけないことなんだよッ!」


 彼の言う俺に負けるとはラータの好感度の話だろう。

 自慢だが、彼女の両親を除くと俺がラータと一番仲がいい自覚がある。彼らはそれが面白くないんだろう。


「ちくしょう……父さんがラータとの縁談を押していれば!」


 幸いなのは彼らの親である村長が無理を通さない性格だったことだろう。息子が言うからとラータの家である宿屋に縁談を申し込んでみたが、当のラータがそれを拒否するとあっさり引き下がったのだ。息子たちは不満たらたらだったが。


「ていうか、もし仮に縁談が上手くいっても結婚できるのは片方だろ?その辺はどうなのよ」


「はぁ?俺たちは村長の息子、この村の有力者だぞ?」


「そんなの二人で共有」


「無理だろ。一夫多妻も認められてないんだぞ、その逆が認められるわけないだろ」


 どこかの国では一夫多妻のあるらしいが、正式に導入されている国は片手で数えるほどしかないとされている。

 まぁ事実上の一夫多妻なら幾らでも存在するだろうけど。


「ならここは兄である俺が」


「いや、僕の方がラータを分かってる」


「「あ?」」


 喧嘩が始まった。

 まぁいつものことで周囲も気にしていない。どうせ明日には仲良し兄弟が復活してるはずだ。

 だがこれでは俺がここにいる理由もない。だってもう俺のことなんて眼中にないだろうから。帰ろうと踵を返したところで視界に、目と鼻の先によく知った顔があった。


「ラ、ラータ…」


「「なに⁉」」


「ライト。もうご飯できるって。早く帰ろう?」


 そういえば今日はラータの家でご馳走になるんだった。

 しかしこういう話をすると後ろの二人が騒ぎ出すんだよな…。「面倒だな」という想いで振り返ると、掴み合ったまま固まった兄弟がそのままの姿勢で俺を押しのけた。


「ラータ!俺とコイツ、どっちと結婚する⁉」


「はぁ?」


「僕だよな⁉僕の方が兄さんよりキミを分かってる!」


「うーん…」


 兄弟に詰め寄られたラータは二人から後退りで距離を取ると、斜め前にいる俺を見て満面の笑みを見せる。


「ライトかな。だって私のこと、お母さんたちの次に知ってくれてるし。あとアンタ等はもうお断りしたでしょう」


 腕を組んで睨みつけるラータに、兄弟は「うぐっ!」と息を詰まらせる。

 美人やイケメンなんかの顔立ちが整っている者は様々な表情の威力が高い。笑顔なら一瞬で異性を惚れさせるかもしれないし、鋭く睨まれると必要以上に委縮する。特にラータは怒ると怖い。割と好き勝手するこの兄弟も彼女には逆らわないのだから凄いものだ。


「行こっライト!」


「あ、あぁ…」


「このッ許さんぞー‼」


「今度の祭りで恥かかせてやるから覚悟しろよクソライトーッ‼」


 後ろで兄弟が騒いでいるがラータの歩みは止まらない。彼女は流し目で後ろを見ると可笑しそうに笑いながらライトの右手を握る手に力を入れた。


「ライトに勝ったことないくせに…あんなのがライトと同じ剣士志望なんて笑っちゃう」


 魔族が活発化してからというもの…騎士や剣士、魔法使という「戦う職業」の人気は高まっている。なんせ任務で村や町を護れば感謝され、報酬も高い。王都近辺に就ければ一月の任務一回で一年は暮らせるだけの蓄えが生まれる。

 そんな話が広まれば、あっという間に供給過多となりロクに任務に就けない者が続出する…なんてことはない。

 魔族なんて危ない連中をはじめ、他国との戦争にも駆り出されることがあるため死亡率は異常に高く、生き延びてもトラウマになって辞める者が多いから未だに人手はカツカツだという。


「でもさ…本当に村を出てくの?」


「あぁ。剣士になるって言っても経験を積まなきゃ意味ないし。王都に行くつもり」


 俺の夢は剣士になって対魔族の騎士団に入ることだ。そうすれば食うに困らないし、両親への仕送りも潤沢だ。まぁその両親は俺が命の危険のある職に就くのに反対だったが。いや、両親だけじゃないな。


「ライト、まだミコトさんに勝ったことないでしょ?私に勝てないようでは王都でやっていけないって、ミコトさんも言ってたし」


「うぐっ…!」


 ミコトというのは定期的に村に顔を出す剣士のお姉さんだ。魔族を狩って生計を立てているらしく、剣士志望の俺の鍛錬に付き合ってくれている。…俺が一方的にボコボコにされてるだけな気もするけど。ちなみに常駐している騎士団相手なら五分五分…多分手加減されてるけど。

 そうじて大人にはまだまだ勝てないのは自覚しているが、それでも同年代には負けない自信がある。騎士団を目指すスタートラインにはまずまずといったところだろう。





 その日の夕飯は俺の家とラータの家が集まってのものだった。それ目当てで訪れる人も多いというラータの母の手料理を楽しみながら各々が会話に華を咲かせている。

 その輪から抜け出して二階のベランダに出る。この村は高低差があり、宿は北入り口の傍にあって、ベランダからは村の景色とその奥にある海まで一望できる。

 村の住民ということであまりここを訪れる機会はないが、たまの機会にはこうしてお邪魔している。そしてこのことは当然、ラータも知っているわけで。


「本当に好きだよね。そんなにいい?」


「観光客にも好評だろ?」


「それは日中の話。夜になるとほとんど何も見えないんだから」


 確かに見える景色は真っ暗。遠くに灯台の灯りが微かに見える程度で、景観を楽しむのは難しい。

 ラータは俺の隣に立つと、手すりの上に置かれた俺の手に自分の手を被せてくる。意外な行動に呆けていると、しばらく俺の手をニギニギしたラータが意を決したよに見つめてくる。


「ライト!私、私ね…!」


「お、おう…?」


「私も、一緒に行く!」


「はぁ?」


 何処に行くのだろう。

 いや、知っている。だがそれは俺の望むものじゃない。


「私も、一緒に王都に行く!ライトと離れたくない!」


 もしかしたらそんなことを言いだすかもしれない。そんな予感はしていた。だけどそれを了承してしまえば、ラータを危険にさらすことになる。

 そんなこと望んじゃいないのに、今の彼女の言葉を遮らなくちゃいけなかったのに出来なかった、しなかった。


「ライトと一緒に戦うことはできないけど、ライトの帰る場所になることは出来ると思うの!」


「ラータ、何言って」


「前からお母さんとお父さんには話してたの。ライトに付いていきたいって…そりゃあ最初は反対されたけど」


 当然だ。

 鍛錬を積んでいたわけでもなければ、妖精族のように魔法の適正があるわけでもない。普通の娘なのだから親としては反対だろう。


「でも最後には応援してくれたよ。私にライトを支え続ける覚悟があるならって」


「いや、でも」


「それにさっきライトのご両親にも許してもらえた!」


「はぁ⁉」


 それは予想外だった。

 父さんは「最後に決めるのはお前だ」と言ってくれたが、母さんは未だに不本意といった感じだ。きっと父さんも心の中では母さんと同じ想いなんだろう。

 そんな二人がラータの話を聞いて賛同したというのか。


「一緒に戦うことはないって言っても、一緒に居れば危険は伴うんだぞ⁉もし俺の手が届かないときに何かあったら…!」


 俺の目標は騎士団に入ること。そうなれば悪人の恨みを買うこともあるだろうし、その恨みが自分以外の誰かにいくことも十分考えられる。

 そうなったとき、俺は護り切れるだろうか。


「私だって、守られてばかりでいる気はないよ。最初からは無理だけど、ライトが騎士団になるまでには自衛の術だって身につける!」


「………それでも」


「あぁもう‼」


「ッ⁈」


 一向に首を縦に振らない俺に痺れを切らしたのか、ラータが飛び掛かってくる。とはいえ、コレで押し倒される体幹はしていないのでこれは安全に受け止めるが……本命は次だったようで。


「……分かった?」


 唇が触れた、俺とラータの唇が。

 室内の明かりに照らされたラータの顔は真っ赤で、しかし目線は俺を捉えて離さない。


「いろいろ言ったけど、結局は私がライトと居たいだけ。私、遠距離恋愛は無理だから」


「……ラータ」


「好きな人と一緒に居たいっていうのは普通でしょ?ライトもそうだと思うんだけど…」


 それはそうだ。

 知り合いなんてミコトさんくらいしかいない王都での生活も、ラータがいれば何倍も何十倍も楽しく充実したものになるだろう。

 それだけ俺の中で彼女の存在は大きくなっていて、だからこそ危険な目には合わせたくないという感情がどうにも邪魔をする。


 邪魔をする?


 邪魔って何が?ラータを危険な目に合わせたくないから一緒には行けないって感情が邪魔?

 そんなリスクすらひっくるめて、俺はラータと一緒に行きたいと思ってるのか?

 なら簡単じゃないか。


「分かった。一緒に行こう」


「本当⁉」


 そうだ。俺は人々を護る騎士団に入るんだろ。なら大切な人の一人くらい守り抜いて見せろよライト=ティガ。


「だけど、出発までの3か月間…ミコトさんとの鍛錬に参加してもらうぞ」


「えぇ⁉あんなのイジメじゃん!」


「やっぱりそう思ってたのかよ!」


 恐らく、出発までの間にミコトさんがくるのは3,4回。その全てをラータの護身術会得に使ってもらう。

 俺の勝手な願いだが、ミコトさんには何とか納得してもらおう。


「うぉぉーー!ライトォーー!よぉく言ったぁ‼」


「うわぁ⁉父さん⁈」


 急に大声が聞こえて肩をビクつかせながらベランダの入り口に目を向ける。

 そこには俺とラータの両親が揃っていた。もしかしなくても会話を聞かれているのは確実。

 それを意識するとコッチの顔まで熱くなってきた。


「流石はライトくん!だからラータを任せられる!」


「ホント、でも覚悟が遅いんじゃない?14年ほど」


「おいおいそれじゃあ俺たちの娘は生まれていないじゃないか?」


「あら?二人の関係は運命よ?生まれる前から決まってるような硬い繋がりよ」


 この場で一組のカップルが誕生した。

 当事者が言うのもなんだが、そのイベントは彼らを大いに沸かせたらしい。


「母さん…」


 だが一人だけ。静かにコチラへ近づく人物がいた。

 母さんだ。


「一年」


「え?」


「騎士団見習いから正式入団までの最短記録が一年っていうのはライトも知ってるでしょう」


「あ、あぁ…今の第三部隊長が」


「ならアンタも一年で正式入団しなさい。できなければ戻ってくること」


 母さんの言ってることは無茶もいいところだ。

 その最短記録を叩き出した隊長だって、1000年の一人の才能と言われているくらいだ。

 だが俺はそれに異を唱える気はない。ラータを護るためにも強くなるんだ、一年じゃかかりすぎなくらいだ。


「半年で登り詰めてやる」


「そう。まぁそれくらいの気概は見せてくれないとね。……さぁライトにラータちゃん、下に戻りましょう?デザートがまだなんだからね!」


 母さんに続いて去っていく両親を見ながら、ラータの手を握った。彼女は恥ずかしそうにしながらも前に出て握った手を引く。


「行こ?」


 おそらく人生の中でも一番二番に刻まれるいい思い出。

 これからの人生で、この時以上の幸福なんて感じられないだろう。





「う…あ、あぁ…アァァァ⁉」


 これが父さんと母さん、そしてラータと過ごした最後の夜だったんだから。 

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