断罪人

ネコガミ

一話


「次のニュースです。断罪人の一柱たる「アカリ」が任期終了直前に自室にて首を吊っていた所を発見されました。警察は自殺とみて、その経緯を捜査をしています。次のニュースです。国家統一記念式典にて体に爆弾を括りつけた青年が……」


何も面白くないニュースを消して、朝ごはんのトーストの残りを頬張り、飲み込む。


「アカリ、自殺したのか…」


わざわざそんなことしなくたってどうせすぐ逝く羽目になるのに馬鹿なヤツだな…


立ち上がって、棚の上に飾ってある写真を見る。

自分を含めた5人の子供が肩を組んで笑いあっている写真。

この写真を撮ったのも遠い昔のような気がする。


「もう一年か…景色に変化がないから実感が湧かないな……」


閉じられていたカーテンを開けて、部屋に光を入れる。

今や自然のものなんてこの太陽の光くらいなものだ。


窓越しに周りを見渡して見えてくるのは、四角の真っ白い建物だけ。


合理と効率


ただそれだけを突き詰めて出来上がった豆腐のような家々にはなんの面白みもないし、個性もない。

本当につまらない世界だ。


「アカリ…」


本当に……馬鹿なやつだ。

一番年下で仕事が上手く出来るか心配してたけど頑張ってるって聞いてたから、最後の時は褒めてやろうと思ってたんだけどな。


「……」


でも、どうしたって彼女を責めることは出来ない。

痛いほど彼女の気持ちが理解出来てしまうから。


たとえ彼女が自殺したせいで僕らの仕事が増えようと、救える人数が減ろうとも、誰であろうと彼女を責めることはできない。

だからせめて、僕だけは彼女を責める人を許さない。


「悪いのはあの子じゃない…」


この世界が悪い訳でもない。

シムテムが悪い訳でもない。

誰も彼も、悪い人なんて居ない。

きっとそのはずだ……


行き場の無いこの憤りはもう既に僕の体に馴染んでしまった。


……いや、行き場はあるのか。


トントン


時刻は8時ちょうど。

いつもと全く同じタイミングでいつもと同じ人間がドアを開けて入ってくる。


「おはようございます断罪人様。準備は出来ていらっしゃいますか?」

「ああ、出来てるよ」

「では行きましょう」


カバンを持って、部屋から出て仕事場へと向かう。

嫌な仕事場へと。




***




「有罪」

「有罪」


僕の言ったことを復唱して、手に持っているタブレットに何かを記入する秘書。

ウィーン、という音を立てながら動き出すベルトコンベアの上には、今僕が判決を下した犯罪者の入っている檻が乗っている。


僕はこの世に5人しか存在しない断罪人という職業をしている。

断罪人とは判決の最終的な決定を行う人間だ。

言葉で聞くととても重要で大変そうな仕事に聞こえるだろう。

でも、実際は大したことは無い。


僕たち断罪人の前に連れてこられるのは判決のほぼ決定している人達。

言ってしまえばただのお飾り、ただハンコを押すだけのつまらない仕事。

休みも無い。

というか、みんな休みの必要性を感じていないみたいだ。


一回だけ家を抜け出して外に遊びに行こうと思ってあまり見ない街を見て回ったことがあるが娯楽施設らしきものはなかった。

それどころか全てが均一で不気味さすら感じる街に不快感を覚えた。

結果、ただ他のみんなに迷惑をかけただけだった。


頭がおかしくなりそうだ。


「次の被告人は8歳の少年。万引きを繰り返し行っており精神疾患も疑われていましたが検査の結果、異常は見当たりませんでした」

「へぇ…アカデミー適性は?」

「高得点です。いつも通り最終判断はお任せします」

「分かった」


そして、僕ら断罪人にはもう1つの仕事……というよりは使命のようなものがある。


それは【アカデミー適正の最終チェック】


僕ら断罪人はみんなアカデミーと呼ばれている施設から毎年選出される。

アカデミーには、国の規定を満たした5歳から18歳までの少年少女達が住み込みで通う。

その国の規定を満たした人々を、僕ら断罪人は本当にアカデミーに入れてもいい人間かどうかをチェックする。

これを使命だ、と思うのはアカデミーという場所が外なんかよりよっぽど良い場所だからだ。


多少悪いところもあるけど、あそこは本当に素晴らしい場所だ、と僕は思う。

大きな壁に囲まれてはいるけど、緑が豊かで川も流れてる。

キャンパスも設備もとても新しくて綺麗だし、教師の人達はあんまり面白くないし、授業も退屈だったけど、たくさんの友達が居た。

あそこにもし戻れるって言うなら僕は喜んで戻る。

…まぁ、もう二度と戻ることは無いけど。


ベルトコンベアが小さな音を出しながら動き出し、また新たな犯罪者…もとい後輩になるかもしれない少年が部屋の中に運ばれてくる。

下を向いて縮こまっている少年に僕は優しく挨拶をする。


「こんにちは。今日はいい天気だね」

「……天気なんて知らないよ。ずっと閉じ込められてるもん」


全く…

8歳の男の子を檻に閉じ込めて放置するなんて…

きっと大人達からしたらそれが普通なんだろうけどね…


「さて、少年。君の名前はなんだい?」

「……ジェイ」

「そうかジェイ。実は君をとても素晴らしい場所に連れて行ってあげようかと思ってるんだけど、どうかな?」

「………そこは外よりマシ?」

「あぁ。とてもね」


うん…この子は大丈夫そうだ。

きっと友達も居なくて、親にもまともに相手にされずに構って欲しくて盗みをしたんだろう。

多分この子ならアカデミーでも馴染める。


「決まりだジェイ。最後にその場所に行くのにあたって君は知っておかなくちゃならない事があるからよく聞いてね」

「…なに?」


これは別に決められたことでも何でもない。

たけど、どちらにせよ彼はそれを知ることになるし、これはアカデミーの生徒とあまり関わりのない卒業生として彼へのほんの少しの忠告のようなものだ。


「その場所は本当にとってもいい所だよ。でもね、一つだけ気をつけておいて欲しいことがあるんだ」

「…外よりマシならなんでもいいよ」

「ははは、そうだね。でも、知っておいて欲しいんだ」


優しくそう言うと、ジェイは俯いていた顔をほんの少しだけ上げて僕の方を見た。


「その場所はアカデミーと言って、僕のような断罪人を育てるための場所なんだ」

「断罪人……」

「勘違いしないでね。アカデミーはとてもいい場所だよ。それに君が嫌がってももう取り下げはできない」


さっきから僕の秘書は黙々とジェイをアカデミーに送るための手続きと手配を始めてる。

僕の、最高最終審判官たるこの断罪人の最終判断は絶対に覆らない。

僕が取り下げようとしても絶対にそうはならない。


「別に嫌がらないよ」

「ははっ、ありがとう。…アカデミーでは毎年5人のランダムな子を選出して断罪人とすることになっている。だから、アカデミーに入ったからと言って絶対に断罪人になれる訳じゃないんだ」

「そうなんだ……」

「そう残念がらないで。ここからが大切なんだ」


全てを見回せるように高い位置に置かれている断罪人席から立ち上がり、階段を降りて檻の前へと歩み出る。


「断罪人が毎年変わるのは知ってるね?」

「…うん。そろそろまた変わるってお母さんが言ってた」

「そう。実は今日が最後の日なんだ」


これは8歳の子供には酷な事かもしれないけど、アカリも8歳だった。

きっと、この子もどうにか頑張るはずだ。


「ジェイは、前任の断罪人…仕事を終えた断罪人がどうなるか知ってるかい?」

「……知らない」

「だよね。子供たちは知らないだろうね」

「仕事を終えた断罪人はどうなっちゃうの…?」

「仕事を終えた断罪人はね……」




「全国放送で斬首刑に処されるんだ」





----------------





これから彼がどんなことをアカデミーで経験するか、こんな何も無い世界で何を成すのか、僕には全く分からない。

明日すら分からない僕にはそんな事想像も出来ない。



もしかしたら、沢山の辛い経験をするのかもしれない。


もしかしたら、なんでこんな所に来てしまったんだって思うかもしれない。


もしかしたら、幸せいっぱいの日々を過ごすのかもしれない。


もしかしたら、好きな子が出来てその子と愛し合うのかもしれない。



その全てはこんな何も無い世界での単なるまやかしに過ぎない。

外界と隔離された、人工物と嘘で出来た作り物の新しい世界。

でも、こんな何も無い世界ならそんなのもありかもしれない。


願わくば、彼が断罪人なんかに選ばれない事を、ほんの一時だけでも、素晴らしい夢を見れる事を。


「断罪人様。時間です」

「あぁ…すぐ行くよ」


はぁ…

痛いのマジで嫌なんだよなぁ…

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