温泉

 文化祭が終わって、数週間後、俺達は温泉街にいた。


 周りには美味しそうなお土産があり、町並みは江戸時代の城下町のようだ。


 このシーズンに客はほとんどいない。


 秋休みに来る客なんて俺達ぐらいだろう。


「ねえ、青……温泉街って、初めて来たけど……静かだよね」


「まあ、たいていの温泉街は静かだと思うけど……客がいないからかな」


「客もそうだけど……お店の店員さん達は全員、落ち着いているというか……丁寧なんだけど、静かに微笑んでいるだけみたい」


「え、そうか?温泉街って、こんなところばかりなんじゃない?」


「そっか……まあ、いいけど……」


 澪は街を見ながら、どこか落ち着かない様子だった。


 彼女は俺よりも周りを見ている。


 店員の仕草とか、そんなに気にすることかな……けど、そんなところも澪の良いところだ。


 むしろ、俺が見落としたところを彼女が見つけて、支えてくれる……本当にお似合いカップルだよね。


 澪と一緒だったら、どこまでも行けるな。


 旅館に移動した後、店員に渡された浴衣を持って俺達は部屋に向かった。


 部屋はかなり広くて、机とか椅子も美しい。


 あと、景色も良いので、ゆっくり休憩するには最適だろう。


 澪は部屋から見える景色を見ながら、目を輝かせていた。


「綺麗……夕日とかも、ここから良さそうだねぇ……お金持ちが持っている別荘みたい……」


「露天風呂があるんだから、このくらいの規模なんじゃないか?」


「へぇ~……そうなんだ。じゃあ……他にもこれより良い旅館の方が良かった?」


「……澪と一緒に入れるならどこでもいいよ」


「……もう」


 澪は頬を赤くしながら、俺の肩を軽く叩いた。


 俺は笑いながら浴衣を見ると、男の浴衣は黒、白で彩られており、女性の浴衣は白、ピンクの花が描かれている。


「じゃあ、浴衣……着るか。部屋に仕切りがあるから……」


「……青、向き合いながら着替えても良いんじゃない?」


「ちょ……な、何を言っているんだ!?……そ、そんな……恥ずかしいよ」


「ふふ、青の照れているところ、可愛い……」


「澪だって、顔赤いよ?恥ずかしいでしょ………俺達はたしかに恋人同士だけど、いきなりお互いの裸を見るのは……」


「恥ずかしいけど……青と初めての旅行だから……いつも以上に刺激的なことしたいなぁ……」


 澪はトロンとした表情を浮かべながら俺に近づいて、甘い匂いを漂わせながら、甘えてきた。


 顔を胸板に擦りつかせながら、彼女の熱い吐息が伝わってくる。


 落ち着くような甘い蜂蜜のようで、どっぷりと優しい蜜に理性を溶かされそうになる。


 大丈夫、落ち着け……いつもの甘い誘いにドキドキしていたら、これから混浴温泉に入る余裕すらなくなってしまう。


 まずは深呼吸して……澪の頭を撫でながら彼女を落ち着かせよう。


「……澪、落ち着いて」


「え……あ、はい……」


「二人きりの旅館なんだから、いくらでもイチャイチャラブラブできるよ。今、お互いの裸を見たら……俺、理性を失って、澪をめちゃくちゃにするから」


「~ッ!!」


 澪は顔を赤くしながら、ゆっくりと俺から離れた。


 ちょっとだけ汗をかいて、息を荒くしている。


 さりげなく、体をモジモジさせて、視線を別の方に向けたり、こちらに向けたりと落ち着かない様子だった。


「澪?どうかした?」


「さっきの青……男らしくて、素敵だった」


「え、そうか?」


「えへへ……着替えてくるね」


 澪は嬉しそうな顔を浮かべながら仕切りの裏に行った。


 どうしたんだろう……俺、かっこいいところを見せられたのかな。


 かなり嬉しいけど……今、仕切りの向こう側には、着替えている澪がいるわけだ……。


 ……この状況、裸が見えなくてもエチエチだよね。


 先程よりも心がドキドキして、澪よりも顔が赤くなっているかもしれない。


「……とりあえず、着替えるか」


 俺は澪よりも落ち着かない様子で、これからのことを考えるのだった。

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