怖い映画を見た後は、甘えていいんだよ

 映画の内容は澪にとって、かなり怖いものだったようだ。

 

 クラスメイトの女子が血まみれになっているところで彼女は声をあげていた。


 涙を浮かべて、俺の腕に抱きつき、震えていたのだ。


 それから幼馴染の登場から主人公が斬られるところまで、澪はバタバタと脚を動かしたり、俺の体を揺らした。


 映画が終わった後も澪は、俺に抱き着いて離れなかった。


 よほど怖かったのだろう。


 俺も少し怖かった。


 けど、澪が怖がっているから俺は平気なフリをした。


 澪の頭を撫でると、彼女は俺の胸に顔をスリスリと擦りつける。


 そして、上目遣いに俺の顔を見上げた。


 あ、可愛い。


 思わずドキっとする。


「なによぉ……これぇ……ぐす……めっちゃくちゃ怖いやつじゃん!!」


「ご、ごめん……俺も実は怖かった。けど、澪が俺に抱きついてくれたから……少し、安心したよ」


「もぅ……馬鹿ぁ……そのぶん、私は怖かったの!!うぅ……あの幼馴染、ヤバいよぉ」


「ヤンデレにもほどがある。けど、ヤンデレヒロインも可愛いかったりするからな。そういうオタクにとっても……」


「ねえ、そんなこといいから………ギュッと抱いて?」


 澪は俺に抱きついて、上目遣いでおねだりしてきた。


 俺の風呂にはオレンジクリームのシャンプーがあり、今日彼女はそれを使ってる。


 だから、今の澪から香る甘い匂いはそれとまったく同じものだ。


 あと、澪は俺のシャツを着ており、ズボンを履いている……ということは、なにを言いたいのかわかるだろう。


 澪は俺の匂いをまとっているのだ。


 そう考えると、心が落ち着かない。


 お風呂上りだというのに、俺は全身に熱を帯びて汗いていた。


 澪の体は柔らかくて温かい。


 そして、俺のシャツを着ているから……その……胸の大きさもわかるし、胸の感触も伝わってくる。


 俺は澪に抱きつかれながら、彼女の頭を撫でる。


「えっと……頭を撫でるだけじゃ……」


「青、女の子が頭撫でられるだけで喜ぶ生き物だと思っていない?私はそんなことで、さっきのホラー映画のこと忘れないからね。もう怖くて、青に抱きついていないと安心できないから」


「わ、わかった。わかったから……落ち着けって。じゃあ……はい、むぎゅ~」


 俺は顔を赤くしながら、澪の背中に手を回して抱いた。


 優しく、安心させるように……。


 俺が映画を観ている間に泣いていたのか、彼女の頰は少し濡れていた。


 柔らかな頰を俺は指で触れる。


 それが心地良いのか、澪は目を細めながら俺の手に優しく触れた。


 ムスッとしていた顔は既になく、ベタベタと甘えるような表情を浮かべる。


「えへへ……むぎゅっとされるの、嬉しい~」


「そっか、良かった……この体勢、かなりドキドキするけどね」


「私もドキドキしているよ。青の逞しい肉体に抱かれて胸板に顔を押し付けられるから、匂いが鼻に……すぅ……ぁ……はぁ……すぅ……」


「ちょ、澪……くすぐったい……というか、色々気にならないの?」


「え……そっかぁ……。へぇ~、そうなんだぁ……」


 澪はあざとい笑みを浮かべる。


 あ、もしかして……気づかれたか?


「ど、どうしたんだ?」


「青、もしかして……私の匂いじゃなくて、本当は……私の胸に興奮しているんじゃないのぉ?」


「なっ!?そ、そんなことは……どうだろうなぁ」


「やっぱりぃ~、男の子だなぁ~。素直に言いなよ~」


「なんのことかなぁ~」


「あんまり素直に言わないと、くすぐっちゃうぞ~?」


「え、ちょ……」


「それぇ~!!」


 澪は俺のシャツをめくり、手を入れて俺の横腹をくすぐり始める。


 疲れないやつとか、くすぐられても平気な人はいるけど……俺はすぐに疲れるタイプだ。


「あはははは!!や、やめ……あはははは!!」


「青の弱点はここかぁ~?もっとくすぐっちゃうよ~」


「あは、あはは……もぅ……無理……あはは……」


 俺は澪にくすぐられて、ソファに倒れる。


 笑い疲れて、俺は呼吸を乱す。


「はぁ……はぁ……」


「なんだか、こんな状態の青……えへへ、新鮮かも」


 澪は俺の上に乗りながら、艶っぽい笑みを浮かべている。


 やばい、これ以上くすぐられたら頭おかしくなる。


 あと、女の子が自分より上にいる状態……マジで俺、ラノベ主人公じゃん!!


「ご、ごめんなさい……澪、素直に言うから………くすぐるのは……その……」


「ふふ、わかった。じゃあ、今度は……よいしょ……ん」


「え、み、澪!?」


 先程までの笑い疲れが消えた。


 澪が身体を前に倒して、覆いかぶさって来たからだ。


 全身が密着して、大きくて柔らかい胸はより強く当たる。


 それどころか両脚が絡んで顔も……唇が触れそうな程近くなった。


「ちゅう……しよ?」


「ああ……」


 俺達は唇を近づけ、キスをした。


 静かに優しく……互いの温もりを大切にしていく。


 映画とはいえ、澪を泣かせたのは事実だ。


 澪を安心させたかった。


「……んっ」


 彼女は嬉しそうな笑みを見せる。


 どうやら、落ち着いたようだ。


 お互い顔を離すと、澪は蕩けた顔を浮かべていた。


「ねぇ……今度は大人のちゅう……」


「この体勢で大人のちゅう……俺の理性とか考えている?」


「いいじゃん……ねえ、私まだ……怖い」


「何が怖いの?ヤンデレ幼馴染?」


「それもそうだけど……私は私が怖いの」


「どういうこと?」


「映画の幼馴染はたしかに、いろいろ行動がおかしいと思う。主人公が怖がるのもわかる。けどね、気持ちを伝えても全然わかってもらえなくて、他の女の子に取られたら……どの女の子もショックを受けるよね」


「……心配しなくても澪は魅力的だよ。告白した時も言ったけど、俺は澪とずっと一緒にいる。澪以外の女の子に見惚れることはないから安心して」


「そっか……うん、ありがとう。ごめんね、なんかあの幼馴染を見て、不安になっただけ……」


「ああ、わかってる。不安なことがあったら、俺に甘えてほしい。今日、本物の恋人同士になれたんだから、今まで以上に甘えてくれ」


「じゃあ、大人のちゅう……しよっか」


「……まあ、理性とかよりも澪の方が大切だからな」


「そうだよ。むしろ、青は理性をなくした方が似合っていると思う」


「澪、君は自分が何を言っているのか理解した方がいい」


「え、だって今どきの思春期男子高校生って、もうちょっとドスケベなこと考えているんじゃないの?水着とか浴衣とか、ダボダボtシャツでドキドキしているの、青だけなんじゃないかな」


「ちょ……そ、そんなことはないよ。俺だって、そこら辺の男子並みに色々なことを考えたりはする。け、けど……お、俺達は恋人同士になったばかりだ…告白の時も言ったけど、ゆっくり歩いて行こう」


「わかったよぉ~……ふふ、青のそういうところも良いよね。今時の男子とは違って、性欲と恋をちゃんとわけている」


「当たり前だ。性欲は生物の本能みたいなもので、どこにでもあるものだ。けど、恋はいつだって、そこにあるわけじゃない。お互いを好きだという気持ちからできているからね。その気持ちは、一緒に過ごしていく中で見つけていくものだから、新鮮で価値のあるものに見えるよ」


「そっか……うん、わかった。今は大人のちゅうで大丈夫……けど、2年生になってからは、もうちょとだけ大胆なことをしてほしいな」


「……いいよ」


 特に何か言うこともない。


 2年生になってから、キスだけで気持ちとか、いろいろなところが落ち着くなんてことは、ないだろう。


 高校2年生って、特に思春期による変化が強くなっていくからな。


 それまでに、大人のちゅうに慣れた方がいいかもしれない。


 大人のちゅうよりも刺激的なことを澪と一緒にするかも……って、今は澪からのおねだりに応えることにしよう。


 彼女は顔を近づけて、口を少し尖らせた。


 俺はそのまま澪に口づけする。


 彼女の甘い匂い、体の感触、蕩けるキス……全てが絡み合って、とてもドキドキする。


 ああ……幸せだ。


 大丈夫……あの映画の主人公と違って、俺は目の前にいるこの世で一番大切な彼女の気持ちに向き合う男だ。


 いつまでも澪と一緒に幸せに過ごしたい。


 仰向けの俺は澪を抱いて、男らしく彼女の舌を刺激した。


「ん"っ……ん……ぁ」


 蕩けるような甘い吐息と共に彼女は体をビクビク反応させた。


 汗をかいていて、顔から耳まで赤く、全体的に熱を帯びているかのようだった。


 今の俺と似たような状態になっていて、自分だけがこんなにドキドキしているわけじゃないことを知れたので、少し安心した。


「んぁ……あ、あちゅい……あおのしたぁ……あついよぉ……」


 澪は俺に舌を刺激されながら、感想を呟く。


 俺の舌はかなり熱いようだ。


 自分ではよくわからないけど、彼女の舌だって、かなり熱い。


 というか、今の澪、凄くエチエチだ。


 いつもより目新しいお団子ヘアをした彼女が、俺の服を着て、大人のキスをして蕩けている。


 ちなみに理性はほとんどない状態なので、少し休憩しないと……本能に……本能によって、澪をビショビショにするかもしれない。


 俺は澪からゆっくりと唇を離した。


 すると、澪は俺の上でぐったりしていた。


 口から舌を少し出して、熱い息を吐いていた。


「んぅ……ぁ……はぁ……あちゅいの……きもちぃ……」


「そ、そうか」


 俺は澪の頭を撫でた。


 すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ後、俺のシャツをめくって、胸に顔を近づける。


 あ、これは……。


「ん~……青の匂いだぁ……えへへ、好きぃ……」


「お、おい……み、澪?」


「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」


「ちょ、澪さん!?」


「ん?どうしたの?」


 澪はシャツの中から顔を覗かせる。


 それを見た瞬間、俺は顔から火が溢れるような勢いでドキドキする。


 え、なにこのトロピカル可愛い生き物!!


 はい、俺の彼女です。


 どうしよう、男として勝ち組なんじゃないかな。


 告白した今日、家に来てもらい、一緒にお風呂に入って癒され、今は蕩けた顔を向けられている。


「み、澪……部屋行こうか?」


「……え、青の部屋!?」


 澪は俺のtシャツから顔を離して、目を丸くする。


 あ~、うん、今の俺の言葉だけだと、いろいろ勘違いさせてしまったかもな。


 頭の中ではグワングワンとスクランブル交差点のような状態で大パニックになっているけど、どうにか気持ちを落ち着かせて説明をした。


「ああ……けど、エチエチ系なことはないからね?」


「むぅ……そっかぁ、残念」


「残念って……さっきの話聞いていた?俺達は恋人同士になったばかりだから……」


「わかってますぅ。ほら、早く部屋に行こう」


 澪はソファから立ち上がり、俺に手を差し伸べる。


 全く、思春期の男子は本当に恐ろしいんだぞ。


 俺だって、理性を安定させるだけでも気力がほとんどなくなっているからな……もうちょっと、こちらの気持ちも考えほしい。


 まあ、そういう天然で大胆でトロピカルなところも好きだけど。


 俺はソファから起き上がり、澪の手を取る。


「澪はいろいろと凄いよな。自分の気持ちに素直というか、したいこともちゃんと言ってくれるよね」


「えへへ、青が優しいからこんなに甘々な私でいられるの」


「そ、そうか……あ、あの……澪さん」


「ん?」


「恋人繋ぎ……しよっか」


「ふふ、青は私よりも恥ずかしがり屋だよね。恋人繋ぎ、そろそろ慣れても良いと思うけど?」


「み、澪と手を繋ぐのはいつだって、ドキドキするよ。だって、トロピカル可愛いから」


「くす……トロピカル可愛いって、何語?ふふ……ぷふふ!!」


「い、今の言葉忘れて!!なんか、恥ずかしくなってきた」


「えぇ~……良い言葉だと思うよ?トロピカル……ぷふふ……けど、褒めてくれてありがとうね」


 澪は楽しげに微笑みながらも、どこか嬉しそうに俺の手を繋いだ。


 指を絡めて、優しくギュッと手を握られ、ドキドキする。


「こちらこそ……手握ってくれて、ありがとう。じゃあ、行こうか」


「ええ、楽しみだなぁ……青の部屋」


「そんなに目新しいものはないけどなぁ」


 澪が俺の部屋に何を期待しているかはわからない。


 けど、趣味とか価値観を理解してもうには、最適だろう。


 彼女と一緒に自分の部屋に向かった。

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