初めてのキス

 俺は朝日南の背中を優しく摩りながら、彼女を見守る。


 すると、朝日南は顔を上げて……ようやくいつもの愛らしい笑みを浮かべた。


「えへへ……望月君って、本当に恥ずかしいことばっか言うんだから……今だって顔、凄く赤いくせに」


「そうかもな。自分で言っていて、俺もかなり恥ずかしい。今日はこの恥ずかしい告白を思い浮かべて夜、眠れないかも……」


「ふふ、望月君のばか……けど、私も眠れないと思う。こんなに嬉しい告白をされたんだから、というかプロポーズに近いよねこれ」


「ああ、もう言わなくていいから!!」


「そんなプロポーズをしてくれた望月君に……私も……今から自分の気持ちを言うね」


「朝日南……わかった。ゆっくりでいいから、今の気持ちを俺に教えて」


 俺は朝日南の頬を優しく撫でて、涙を指でゆっくりと拭う。


 彼女は俺の手を優しく掴むと、朝日南は頬を赤らめながら……俺の目を見て告げる。


 その目は、もう迷いはなかった。


「私も、ずっと前から望月君のこと好き……大好きです。今も望月君に肩を握られ、頬を優しく撫でられるだけで……すごくドキドキしてる。だから、これからも私と一緒にいてください」


「朝日南……ああ!もちろんだ!!」


 俺は朝日南の体を再び抱き寄せた。


 今度は彼女も俺を抱き返して……俺達は互いに強く抱き締め合う。


 朝日南の柔らかい感触が伝わって、彼女の甘い吐息や心臓の鼓動は理性を乱していく。


 俺の頭は既に、朝日南のことしか考えられない……けど、それは彼女も同じだろう。


 さっきから俺の耳元で息を乱しているのだから。


「はぁ……はぁ……あ、望月君」


「朝日南?息が乱れて……あと、なんか汗かいている?甘い匂いだけど……」


「私に恋愛を教えた責任……とってくれるよね?」


「え、それって……」


「せっかく綺麗に着ていた浴衣も、汗でビショビショになっちゃった……頭もボ―っとするし……クラクラするの」


「大変じゃないか!?い、今すぐ丘を降りて……」


 俺は慌てて、腕を離そうとした。


 けど、朝日南はそんな俺の首に腕を回してこちらに蕩けた瞳を向ける。


「もぉ……望月君のいじわるぅ」


「え?」


「女の子をこんな顔にさせたんだから、ちゃんと最後までして?」


「最後まで……って、まさか!?」


「うん……私のファーストキス、貰って」


「ちょ!?い、いきなり……」


「私、今だったら望月君に何をされても構わない。むしろ、キスよりも先のこと……」


「わかった!!わかったから、落ち着けって!!」


 俺はかなり動揺していた。


 だって、朝日南がこんなことを言うなんて思わなかったから……。


 女の子って、ここまで変わるのか? それとも、俺からの告白に刺激されて!?


 そうして思考を巡らせていると、朝日南がうっとりした顔で微笑んだ。


「えへへ……じゃあ、キスしてくれる?」


「お、おう……けど、ちょっと落ち着かせてくれ」


「いいよ。あ、落ち着くには深呼吸が良いかもね」


「わかった。すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」


 俺は朝日南の言う通りに、彼女を見ながら深呼吸した。


 これから、俺は……ラノベの主人公のように……好きな女の子とキスをする。


 お互い、初めて……だから、より緊張して手先まで熱くなっていた。


 手汗とか大丈夫だよな?


 俺、朝日南よりも汗をかいているかもしれない。


 着物とか、既に汗で結構ヤバくなってたりして……。


 というか、キスって……最初は軽くするんだっけ。


 いきなり、ねっとりとしたものでは変に思われるかもしれない。


 朝日南と本当の恋人同士になれたのに、ここで全てが終わったら……という不安が思考を鈍らせる。


「望月君、落ち着いた?」


「あ、ああ……落ち着いた。けど……」


「大丈夫だよ。私達、お互い初めてなんだから……自分のペースで良いと思う。上手にやろうとか考えず、望月君が一番やりやすい方法で」


 朝日南は優しく微笑みながら、俺の胸に手を当てる。


 すると、先程までの不安とかが全て消えた。


 すごい……これが彼女の包容力というものか。


 そうだ……朝日南の言う通り、お互い初めてなんだから自分達のペースで良いんだ。


 ラノベの主人公のようにかっこよくなくても、気持ちさえ籠っていれば彼女は笑顔になれる。


 ここまで関係が発展したんだ。後はもう、自然に心も体も朝日南に委ねるだけでいい。


 肩の荷が下りたと同時に、俺を見上げる彼女の顔をしっかりと見る。


「ありがとう、朝日南。俺、今から君に全部ぶつけるね」


「うん……私も全部、望月君にあげる。今までの気持ちも、これから望月君に抱く感情も全て、あなたに」


「ありがとう……じゃあ、行くよ?」


「うん……きて」


 朝日南は軽く口を出した後、目を静かに瞑る。


 俺の背中に手を回して、優しく抱きついた。


 頬、耳は先程よりも赤くなり……やはり緊張はしているのだろう。


 さりげなく甘い吐息を漏らしながら、柔らかくて可愛らしい唇をピクッとさせている。


 汗もちょっぴりかいていて、ムンとした濃い女の子の香りを漂わせている。


 頭がクラクラするような香りに鼻が反応して……理性はほとんどなくなっていた。


 俺はゆっくりと朝日南に顔を近付ける。


 近づくにつれて、甘い匂いがより強くなっていく。


 理性が刺激される中、俺は……ゆっくりと優しく朝日南にキスをした。


「ん……っ!!」


 朝日南は体をビクッとさせて、背中に回した手に力を込めた。


 柔らかくて大きい胸が強く胸板に押し付けられる……柔らかい……。


 あと、唇を軽く重ねただけなのに、なぜか甘い味がした。


 俺は自分の体中にかつてない快楽と高揚感が溢れていることに気がついた。


 俺達はゆっくりと唇を離して、少し見つめ合う。


 朝日南の顔はさっきよりも赤くなっていて、目は潤んでいる。


 トロンとした表情は、今まで見た中で一番可愛い。


 俺はそんな朝日南を抱きながら、右手で後頭部を撫でる。


「ん……ぁっ」


「朝日南、甘い……」


「えへへ、もうちょっと……ちゅう、したい」


「ああ……いいよ」


「うん……ん"うっ……」


 朝日南は顔を先程よりも蕩けさせていた。


 それと、嗅いだことのない別の甘い匂いが漂って来て……頭がクラクラしてくる。


 それから数分後、俺達はゆっくりと……離れる。


 すると、朝日南は幸せそうな笑みを浮かべいた。


 彼女の涙は既に消えていて、俺は安心した。


「朝日南、好きだよ」


「ええ、私も望月君のこと好きだよ。大好き」


「そっか……なんか、本当に現実だよね。夢とかじゃなくて」


「現実だよ……たしかに、私も望月君とこんなことをしている状況に、まだ頭がふわふわしているよ。まさか、告白された勢いでファーストキスを奪われるなんて……でも、夢じゃない。望月君の唇の感触が今も残ってるし、匂いもする。それに……えへへ」


「朝日南?」


 朝日南はまた顔を赤くしながら、俺の耳元に口を近づけた。


 そして、囁くように……俺に告げる。


「さっきから、私……キスした後でもドキドキしてる。まだ頭が痺れてて……目はだらしなく蕩けているかも」


「あはは、俺もだよ。大好きな女の子とキスするって、こんなに幸せなものなんだ」


「うん……望月君ともうちょっとだけ一緒にいたい。ねえ、望月君の家は誰かいる?」


「え、えっと……両親は旅行だから、俺だけしかいないよ。朝日南、もしかして……」


「そうなんだぁ……えへへ、今日はもう夜遅いから望月君の家にお泊まりするね。あ、けど……着替えとかどうしよう」


「俺の服で良ければ貸すけど……」


「うん、ありがとう。じゃあ……よろしくね」


「え?……あ、はい、こちらこそよろしくお願いします」


 俺はポカンとした顔で自然と返事をしてしまった。


 落ち着け……朝日南が俺の家にお泊まりするんだよな……朝日南が俺の家に……朝日南……可愛い彼女が俺の家に!?


「えええええ!?」


「どうしたの?そんなに声をあげて」


「ちょ、ちょ……あ、朝日南!?あなたは自分が何を言ったのかわかっているの!?」


「え、うん……今から私の大好きな望月君の家に行って、お泊まりするんだよ?」


 朝日南はきょとんとした顔で首を傾げる。


 良かった、どうやらわかっているらしい。


 俺は思わず胸を撫で下ろす……って、だったら、なぜそんなに落ち着いているんだ?


「朝日南、俺達は恋人同士なった。けど、いきなり思春期の男子高校生の家に……お泊まりするのは……不安とかないのか?」


「え、だって……望月君は私を誰よりも何よりも大切にしてくれる素敵な男の子だよね?」


「ああ、そうだよ」


「まあ、少しくらい望月君が私に……そういう感情を向けても構わないけど?」


 朝日南は頬を赤らめて、モジモジしながら……言う。


 その仕草は今まで以上に可愛くて、俺の心はキスした時よりもドキドキしていた。


 これは朝日南からの誘いかもしれない。


 恋人同士になってからすぐに同じ屋根の下で過ごすことは、ほとんどのライトノベルに見られない。


 これからどうすれば良いかわからないのだ。


 今までのデートはラノベを参考にしていたから、ある程度上手く立ち回れたかもしれない。


 けど、今回は参考書に書かれていないことだ。


 だから、俺が自ら考えて行動しないといけない。


 けど、既にするべきことは見えている。


 俺は朝日南の手を握って、顔を赤くしながらも彼女の目を見る。


「わかった……朝日南、俺の家に行こう」


「あ……はい……行こうか」


「大丈夫、俺は健全な男子だから安心してくれ」


「かなり自信があるんだね」


「俺は健全な男子だから!!」


「……そこまで強く主張しなくても……」


 俺達は神社の丘を降りて、祭りを後にした。

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