彼女からの告白

 それから祭りも終わる頃、もうすぐ花火が打ち上げられる。


 ちなみに、射的で俺は可愛いペンギンのフィギュアを当てた。


 かなり柔らかくてモフモフ……当然、朝日南はそれを抱き枕のようにして抱いた。


 嬉しそうな笑みを浮かべながらも、お礼を言う時に顔を赤くしてモジモジしていた姿は可愛かった。


 見てるこっちが恥ずかしくて全身に熱を帯びる程……というか、今も心臓の鼓動は落ち着いていない。


 夏祭りの始まりから終わりまで、俺は彼女にドキドキさせられていた。


 こんなに可愛い浴衣姿の美少女と一緒に夏祭りを過ごせるだけで、幸せなのに、さりげなくあざとかったり、エチエチな表情をしたり、甘えてきたり……朝日南は俺を虜にする天才だと思う。


 俺は朝日南に魅了され、心を奪われている……もう、彼女以外考えられない。


 けど、この気持ちを伝えるのはもう少し先になりそうだ。


 今はただ……彼女との夏祭りを最後まで楽しみたいなと思う。


 現在、俺達は花火をよく見える場所として神社から少し離れた小高い丘にいた。


 ここでは神社で見られない花火を見ることができるとか。


 これってあまり知られていない場所らしくて、大体のカップルはいちゃいちゃしながら夜空を見上げるんだとか。


 朝日南と恋人同士になったらいつか来たいと思ってたけど、今年の夏がこんなに色付くとは思わなかったな。


 そんな時、朝日南は俺に体を預けて寄りかかる。


 浴衣から見える胸元……最初はちゃんと着ていたはずなのに、二人きりになったらいつの間にか緩くなっていた。


 白くて綺麗な脚もさりげなく露わにしながら俺の足に寄り添ってくる。


 自然と俺の体は心臓の鼓動と共に熱を帯びていく。


 あと、凄く甘い匂い……俺はその香りに酔いながら、朝日南の頭を撫でる。


 そんな彼女は俺の胸に顔をスリスリとしながら、上目使いで静かに見てくる。


 もう……本当に可愛すぎるよ。


 この可愛い女の子は、俺の彼女なんだ……そう考えただけで幸せだ。


 そんな時、花火が打ち上がり始める。


 赤、青、緑、黄色といった様々な色の綺麗な花が夜空を色鮮やかに彩っていく。


「綺麗……」


「ああ、なんだか新鮮に見える。今まではテレビとか、部屋の窓から見ているだけだったけど……朝日南と一緒に見ていられるだけで、別物だな」


 他人からしたらほんのちょっと贅沢に聞こえるかもだけど、好きな人と寄り添って夜空を見上げる……テレビや窓の遠くから見るのとは迫力も綺麗さも格別だ。


「私も、そう思うよ。花火とかそこまで興味なかったのに……望月君と見たことで特別になったよ」


「それは嬉し過ぎるな。はは、二人で新たな初めてを作ったか」


「う、うん……そ、それでね……望月君……私……」


 朝日南は小さく……震えながら……呟いた。


 どこか寂しい表情をしている。


「私で本当にいいの?」


「……え?それってどういう……?」


 俺はその言葉の意味を理解できない。


 俺と朝日南は恋人同士……なのに、どうして彼女は不安がっているんだ?


「私は……望月君とこれからも一緒にいていいのかな」


「あ、当たり前だろ!!朝日南は青春を理解したくて、俺と恋人同士になった。もちろん、君にとっては形だけの関係かもしれない。けど、俺は最初から……本気だった」


「そう……なの?望月君は私が、青春を意味の無いものとして、翻弄しているからそれに異を唱えたくて……」


「異を唱えるよりかは、むしろ知ってもらいたかった。俺がライトノベルの青春に……恋愛に憧れる理由を……」


「な、なるほど……ね。けど、私はもう……その理由を知ることができたよ」


「え……わかったのか?」


「うん。誰もが青春とか恋愛に憧れる理由……それは、誰かとの素敵な思い出を作りたいから……誰かと幸せになりたいから」


 朝日南は夜空に視線を移す。


 俺も同時に視線を上げると花火は着実に星々に変わり果てていた。


 それでも彼女は静かに声を少し震わせながら囁いた。


「望月君と恋人同士になってから毎日が楽しかった。学校では私の手作り弁当で喜んでくれたり……放課後は手を繋いだだけで顔を赤くしていたよね」


「あ、あれは……童貞男子にとって、初めてのデートだったから……」


「ふふ、そういうところ本当に可愛い。このブレスレットをプレゼントしてくれた時は、少し男らしいな……と思ったよ」


 朝日南にプレゼントしたブレスレットは今日も彼女の右手でに巻かれている。


 花火の光が当たって、より輝いていた。


「そ、それは良かった。朝日南に少しでもかっこいいところを見せられて、俺も嬉しいよ」


「望月君、自分に自信がないの?水族館の時だって、ペンギンのぬいぐるみを買ってくれたり、プールでは私の紐水着に興奮していつも以上に顔を赤くしながらも褒めてくれたよ」


「朝日南だって、顔赤くなってたじゃん……」


「いきなりあんな恥ずかしいことを言われたら、誰だってそうなるよ。でも、嬉しかった……本当にありがとう」


「俺は当然のことを言っただけ……」


「今時の男子高校生って、女の子をそんなに褒めないらしいよ。望月君、今だって私の浴衣姿に興奮しているでしょ?」


「な、なぜそれを!?」


「視線わかりやすいもん。ドキドキした表情で堂々と胸を凝視して……望月君のエッチ」


 朝日南はいつものあざとい笑みを見せてきた。


 けど、すぐに落ち着いて囁く。


「今までの私だったら、浴衣とかも着ていなかった。誰かと一緒に祭りを楽しんで、花火を見ることも……全部くだらないと思ってた。けど、望月君と恋人同士になったら、全部がキラキラに見える……」


「……朝日南」


「嬉しくて、恥ずかしくて……それでも、目が離せなくなるくらい望月君のこと見ている。望月君の声を聞くだけで……頭が蕩ける。望月君と手を繋ぐだけで……幸せになる」


 朝日南は俺の肩から頭を離す。その後、目の前に立ち、潤んだ青い瞳を向けた。


 いつも透き通っていた彼女の目は、どこか儚かった。


 夜空と向かい合わせの彼女は……どこか、切なく、悲しげに呟いてくる。


 俺はそんな朝日南から目が離せない。


 彼女の一挙手一投足を逃さないように、ただ静かに見守るだけ。


「望月君と一緒じゃないと、世界が灰色に見えるの……なんで、こんな自分になったんだろ……」


「あ、朝日南……それ……って」


 俺はその先の言葉を言えなかった。


 だって、目の前にいる少女の瞳から涙が零れていたからだ。


 朝日南は涙を手で拭い、それでも溢れてくる。


 俺は……そんな朝日南の姿を見て、何も言えず……ただ、彼女を見ていることしか……できなかった。


 俺は彼女に何を言ってあげたらいい?


 俺は彼女をどう救えばいい?


 そんな自分に情けなく思っていると……朝日南はゆっくりと涙声で話す。


「ぐす……望月君、私……怖い。知らないうちに変わっていく自分が怖いよ……今もそうなんだ。いつか望月君との関係がなくなったら……憧れていた恋愛を叶えた後……望月君はどっかに行っちゃうのかなって……」


「そんなことない!!俺は朝日南のことを誰よりも大切に思っている!!今だって、君に何を言ってあげればいいか……考えてる。けど……言葉見つからないんだ……」


「うん……ごめんなさい。望月君は私のこと大切にしてくれる素敵な男の子だよ。教室で誰とも話さず、読書をしている姿に……見とれていたの」


「え、そうなの!?普通に読書をしていただけで、特に変わったところは……」


「他の皆からはそう見えるかもしれない。けど、私はあなたの隣に座っていたからわかる……現実と理想のギャップに悩みながらも本を楽しんで、恋愛に憧れている望月君の顔がとても素敵に映っていたから」


「……なんか、照れるな」


「だから一目惚れしたの。学校では誰とも話そうとしない……でも、本では誰かと恋愛している。そんな望月君に興味を持った。話し掛ける勇気はなくて……ただ、見ているだけ。けど、ある日……君が『青春に意味はあるのか』、と言って私はそこで無意識に意味はない……って言ったよね」


「ああ、そうだった……あの時はこんなに可愛い女の子が俺みたいな普通以下の男子に話しかけて来るはずがない。夢とか理想に近い女の子に話し掛けてもらえるなんて……ありえないって、思っていたから……驚きと感動でおかしくなったよ」


 俺は朝日南と初めて会話した日のことを思い出す。


 心臓の鼓動が高鳴り、緊張で体が熱くなっていた。


 そんな俺に対して彼女は『恋愛』について意味は無いと言っていたが、本当はもしかして……。


「朝日南……あの発言、俺と話す機会がほしくて言ったんじゃ……」


「……うん、だって……どんなタイミングで話しかけていいかわからないんだもん……それに、自分だけ赤裸々に自分の想いを話すのは苦手だだからあんな皮肉を言ったの……誤解させちゃってごめんね」


「そうだったんだね。まあ、何はともあれ君は青春、恋愛の大切さを知ったわけだ。俺も憧れていた可愛い彼女と一緒に過ごせて良かったと思う。だから、これからも……」


「望月君は怖くないの?……自分が知らない色に彩られていく感覚、今までの自分を忘れることが怖くないの?私は……怖いよ……怖い」


 朝日南の目は既に涙が渇いていたが、不安な表情を浮かべて腕を抱えている。


 そんな恐怖に怯える朝日南の姿が俺の胸をキュッと締め付けていた。


 彼女がなぜ青春を卑下するのか、自分を選んだ本当の理由について俺は知りたかった。


 けど、本当は卑下していたわけじゃなく、ただ怖かっただけで、本当は俺みたいに憧れていたのだろう。

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