水族館といえば、ペンギンだよね

 翌朝、夏休み初日……俺、朝日南は街の水族館に来ていた。


 この街は海に近いので、珍しい魚がたくさんいる。


 だから、この水族館は人気でいつも混んでいる。


 夏休みということで家族連れが多くいるが、皆楽しそうにしている。


 俺もこういう場所に来るのは小学校以来だ……なんか新鮮だな。


 俺は隣を歩く朝日南を見る。


 今日の彼女は青いジャケットの下に白いノースリーブ、下はミニスカートで清潔感のある恰好をしていた。


 いつもの制服姿や休日に着ていたワンピース姿とは、違った彼女の一面を見ることができて、感動している。


 朝日南はどうやら青い服が好きみたいだ。この姿を見ているとセンスが良いことがわかる。


「今日の服……どうかな?」


 朝日南は頬を赤らめて、俺に訊く。


 細い指を絡ませながら、チラチラと上目遣いでこちらに視線を向けて……なんだろう、朝日南さんちょっと色っぽ過ぎませんか?


 けど、ここで俺が彼氏として何か感想を言わないとな。


「……とても可愛い……めちゃくちゃ可愛くて……大人ぽいというか、色気のあるというか……とにかく、最高です」


「っ!?」


 朝日南はゆでだこのように顔を赤くした。


 あれ、なんかヤバいこと言ったかな……。


 彼女は髪を指でクルクルと巻きながら、俺から視線を逸らす。


 その後、少し落ち着いたのかこちらをゆっくりと見て微笑んだ。


「望月君、なんか……恥ずかしいね」


「……うん。俺もちょっと、恥ずかしかった……」


「ふふ……けど、ありがとう。望月君が褒めてくれたから、この服で来てよかったかな。えへへ……」


「そ、そうか……それなら良かった。手、繋ぐ?」


 俺は右手を朝日南に差し出した。


 いつも彼女の手の感触や温かさを知りたい……彼女と触れ合いたい。


 恋人ができるまでは、知らなかったこの感情……これが恋なのだろう。


 これからも彼女に対する愛を忘れない。


 朝日南は珍しい表情をしていた。


 先程まで落ち着いてきた感情が、いつの間にか乱れたのか……夕日の光を帯びた海のように顔を赤くした。


 ゆっくりと、こちらに近づいて、静かに手を繋いでくれた。


 彼女の手もすごく熱くて、少しプルプルと震えていた。


「大丈夫!!すごく熱いけど……」


 俺は心配になって、朝日南のおでこに左手を当てる。


 朝日南のおでこは熱くて、こちらの手がやけどする程だ。


「だ、大丈夫だから!!……は、早く……行こうよ……」


 朝日南はプイっと顔をそらして、前を向く。


 本当にどうしたんだろう……本人が大丈夫と言っているんだから、これ以上の心配はむしろ余計かもしれない。


 けど、一応さりげなく様子を見よう。


「わかった。けど、何かあったら言ってくれ」


「はいはい、わかりましたよ~……望月君のバカ」


「なんで!?」


「ほら、行くよ!!」


 朝日南は俺の手を引っ張って、前に歩く。


 彼女に引かれながらも、あることに気づいた。


 もしかして、今日の朝日南は……いわゆる、ツンデレ系彼女かもしれない!!


 だとしたら、より新鮮な彼女を見られることだろう。


 それから俺達はイルカショーを見たり、ペンギンや魚達を見て癒されたり、クラゲが展示されているエリアで休憩していた。


 俺達は今水族館のグッズコーナーにいる。


 可愛らしいペンギンや海の生き物のグッズがたくさん並べられている。


 フィギュアからアクセサリー、お菓子といったものがあるので、どれを買おうか迷う。


 朝日南は、俺の隣でペンギンのぬいぐるみを抱きかかえている。


 え、可愛いかよ。


 凄く新鮮なんだけど……え、朝日南って、こんな顔もするのか。


 嬉しそうな顔をして、ぬいぐるみをなでている。


 その姿がとても可愛くて、見惚れてしまう。


 朝日南は俺に見られていることに気づき、慌ててぬいぐるみを棚に戻してこちらを向いた。


「ち、違うからね……い、今のは……このペンギンの出来がどのくらいなのか、確かめていただけだから!!」


「お、おう……そうか。けど、そのペンギン可愛いよな」


「え?……あ、うん!!そうだね。私、ペンギンを生で見るの初めてだったから……あんなにヨチヨチと歩くんだね」


「あ~、なんか可愛いよな。ペンギンって……でも、あの歩き方だとすぐ転びそうだよな」


「確かにそうだね……ふふ、けど可愛い」


 朝日南はクスッと笑って、俺の目を見る。


 その笑顔は年相応の女の子の笑顔だった。


 この笑顔を他の男子にはあまり見せたくないな……けど、この顔を見れるのは俺だけという優越感もある。


 あと、彼女がペンギン好きというのもわかって、なんだか嬉しい。


「このペンギン、買うよ」


 自然と俺は落ち着いた声で言った。


 恥ずかしいという気持ちよりも、朝日南に喜んでほしいという気持ちが強かったので、自然に言えた。


 朝日南は驚いた表情をした後、顔を赤くする。


 モジモジしながらこちらに視線を向けた。


「ど、どうして?」


「朝日南にプレゼントしたいから」


「そうなの?け、けど……ペンギンを抱くとか、女の子らしいこと私には似合わない……よ」


「え、とても可愛いと思うけどなぁ……」


「っ!?……あ~もう!!望月君って本当にズルいよね。そんなに私を惚れさせたいの?」


「え?あ……その……」


 ヤバい、朝日南のこと好きという気持ちを彼女に気づかれたら、俺も顔赤くするどころじゃないぞ。


 朝日南は首を傾げながらも、ペンギンのぬいぐるみを棚から取り出す。


 その後、ぬいぐるみを抱いて俺に近づき……耳元で囁いた。


「ふふ、じゃあ……お言葉に甘えてもいいかな?」


「ああ……」


「えへへ、ありがとう。望月君、今日は本当に彼氏だね」


 朝日南はペンギンをギュッと抱きしめて微笑んだ。


 笑顔は今までで一番可愛くて、思わずドキッとした。


 彼女の言葉はとても甘くて、優しい響きだった。


 当然のことだが、俺の落ち着いていた心はすぐに乱された。


 本当にズルいのは朝日南だと思うけどね。


 その後、ペンギンのぬいぐるみの他に朝日南からおそろいの何かを買おうと言われ、貝殻のブレスレットを一緒に買った。


 カップルだから、お揃いを買いたいという気持ちはなんとなくわかる。


 朝日南とお揃い………うん、とても嬉しい。


 それから俺達は、水族館を後にした。

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