第9話

 メッセージを送っても既読がなかなかつかないのはいつものことだから、またデザインのラフか何かを作っているのかなとのんびり考えながら帰り支度を始めていた。

 工場の仕事は単調だしあまり給料もよくないけど時間通りに終われるし、見た目をとやかく言われることもないから、僕にとっては都合がいい。


 今日はぎりぎりまで寝ていてミミちゃんのお昼の準備をせずに出て来てしまった。

 多めに作ったエグシスープが残っているけど、お米がないとスープだけではちょっと辛い。

 フフ用の粉はあるけどミミちゃんは自分でフフを作れないから、きっと食べていないだろう。

 お腹を空かせているだろうか。怒られるかな。

 スーパーでお米が手に入ったら、今日はミミちゃんの好きなジョロフライスを作ろう。

 トマトも買って、ひよこ豆がまだあったらコロッケにしよう。ピニャコラーダ用のパインジュースにおつまみのナッツと、帰ってから文句を言われる前に小さな口へ放り込むお菓子も。


 僕には大した特技はないけど、ママに新しい彼氏ができるたびに振る舞う料理作りの手伝いを散々したせいで、料理だけは得意になった。

 ママはなぜかいつも特定の国出身の男ばかりと付き合うので、作る料理のジャンルが偏っているのらしいことは後になって気づいた。

 好きな人の為に何品も並んだ料理はとても豪華で愛情に溢れていて、それが僕の為ではないことは少し寂しかったけど、いつか大切な人ができたら僕もたくさん料理を作ってあげたいと思うのかもしれないと思ったりもした。

「タカオ、女を口説く時はイギリス人だって言うのよ。ママはそれで両手じゃ足りないくらい騙されたんだから」

と言っていたママは、また新しくできた彼氏の故郷なのらしい、あんまり聞いたことのない国へついて行くことになるかもしんない、と言ってから割とすぐにいなくなった。


 1人で暮らすようになってからはとにかくお金がなくて、頭も悪くて特技もないから割のいい仕事は何でもやった。

 あんまり人に言えないこともやったし、ママくらいの年のゲイの男性とパパ活みたいなこともやった。

 1人ゴローさんというとても優しい人がいてよく可愛がってもらったけど、彼のために料理を作りたい気持ちにはなれなくて、色々してもらうほど俺は最低だって気持ちになってきて会うのをやめた頃に出会ったのがミミちゃんだった。

 少し眠そうな目でビールを片手に気持ちよさそうに踊る小さな女の子に僕は恋をしてイギリス人だと嘘をつき、たくさんの料理を作ってお腹いっぱい食べさせ、夜はゴローさんや他のパパたちにされたようにミミちゃんを扱った。

 ママがどれほど歴代の彼氏に愛して欲しかったのか、ゴローさんが僕に施し、僕が反応することでどれだけ興奮したのかを僕はミミちゃんから教わった。


 ミミちゃんに「何か欲しいものある?」と聞いても既読はつかなくて、何度か電話をしても出ないから寝てるのかなと思いながら、食材でいっぱいになったビニール袋を両手に提げて家に帰ったらミミちゃんはいなくて、テーブルの上に今まで持っていたことも忘れていたような写真が置かれ、床にはとろりとした液体が半分ほど入った透明な瓶が転がっているのを見つけて、僕は大切な人に嫌われたか、もしかしたら傷つけたのかもしれないことをやっと悟った。

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