第8話
写真の中のタカオはスキンフェードに短く刈り上げていたから余計ファレルに似ていた。
マコちゃんともう1人別の男性に挟まれて、初めて会った時みたいな顔で笑っている。
「そうなのよーその時働いていたボーイの子が写真を撮るのが好きで、それもポラロイド?こだわりがあったのかしらね。周年のお祝いとか、誰かの誕生日の時に撮ってたやつ。常連だった子もいるし、1回しか来てない人も写ってるかな。その右端のは大衆演劇の結構有名な役者さん、知ってる人は知ってるんだけど、お嬢はわからないわよね?その隣は夫婦で古着屋やってるカップルで、その下は何か怪しげな仕事してる謎の人。常連でしたフフフ。その横の黒人の子可愛いわよねーイギリスと日本とのハーフだって、その時ゴローちゃん、私の元カレが初めて連れてきたのよーだから狙えなかったの。何回か来たわよ、ゴローちゃん彼のこと凄くお気に入りだったみたいだけど、ある日急に連絡が取れなくなったって悔しがってたわよねー、まー仕方ないわね私たちの恋は短いことが多いですから」
マコちゃんとタカオ、マコちゃんの元カレの3人はぴったりと顔をくっつけて、元カレはタカオの頬に口づけている。
ポラロイドの端は少し汚れていて、撮影された当時の盛り上がりや撮ったあとしばらく雑に置かれていたのか、その場の猥雑で騒がしい空気まで切り取られているみたいに、薄いウィスキー色に滲んでいた。
どうしよう。
だって当時私は誰かと深い関係になるのをいつも何となく避けていて、タカオのことだって彼から話し出すまではこちらから深く過去について聞いたことはなくて。
相手に興味がないふりをしていつ終わっても傷つかないように、相手の望む態度や表情を拾い集めて彼だけのミミになりきるのが暗黙のルールだったはずだ。
ゴローちゃんから頬にキスされているタカオの写真は、そう思っていた私の目から飛び込み、脳や心臓にじわじわと入り込んできて、過去の答え合わせをするようにと促した。
タカオの笑顔や少し掠れた声、トレーニングをしている訳でもないのに、広い肩幅と肉々しい二の腕のタカオ。
トレーニングをしていないから、少し肉がついて柔らかい脇腹と背中のタカオ。
古着と香水と体臭が混じり合った甘いクローブみたいなシーツの匂い、料理している時と同じ表情で私を見下ろす顔のタカオ。
肉汁と刻んだオクラでぬるぬると濡れたタマリンドのような指先を挿し入れて注意深くかき回しながら、これがいいんでしょと確認するやり方のタカオ。
宅配が来る時間だからと言い訳をして、私はマコちゃんの店を急いで出た。
蝉とビームとロッカーズはすっかり消し飛び、マコちゃんのお店までの冒険をタカオに話そうと思っていた考えもすっかりなくなっていた。
タカオの家に戻ってから慌ただしく引き出しやクローゼットを開けて回り、CDが無造作に突っ込まれたダンボール箱の底からゴローちゃんやマコちゃんと似た年頃の男性と裸で写る何枚かの写真と、私には使ったことがない半分ほど減ったローションを見つけた後、私は自宅へ帰る特急の列車に飛び乗った。
素面で誰もいない部屋へ帰るのが怖くて最寄り駅にあるバーでテキーラを2杯飲み、コンビニで更にビールとチューハイを買い足して飲みながら歩いて帰った。
マナーモードにしていた携帯が数回震えていたけど確認するのが怖かった。
飲んでも涙は出なくて、意外と平気だからなのか苦し過ぎて感情が麻痺しているからなのかわからないのも怖かった。
これが動揺っていうのかな。私はこんなに動揺に耐性がないんだなと思うと少し笑えた。タカオから「これから帰るよ」「何か欲しいものある?」というメッセージと2件の不在着信通知に気づいたのは、翌日の昼を過ぎてからだった。
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