第4話
森の中から突き出た岩山の上に、俺は小さなテントを張っている。
なるべく目立たないように、岩山と近い灰色の物だ。
ポールを組み立てるのは魔鎧があっても面倒なので、空気を入れて建てるタイプにしたら……建てた状態で作成できたので助かった。
まぁ、食べ物だって調理済みで作成できるんだしな。
外周部には、鳥避けで荒い剣山のような物をぐるりと設置しているが……今のところ、ここに近づく鳥はいない。
というか、この岩山に近づく存在がいないんだよな。
それが気になってはいるのだが……まぁいい。
魔力的には多少の余裕があるので、設置物が機能していなくても回収はせずそのままにしていた。
ゴクリ。
「お、美味いなこのスープ。さて、この冷食の弁当はどうだろうな?」
俺はそう呟き、温まった状態で作成した、栄養を考慮して作られた冷凍食品を朝食として食べ始める。
「お、これも美味いな」
成長のためには栄養に気を使わないといけない。
魔力的には素材のままで作成し、自分で調理したほうが消費を抑えられるのだろうが……まだ調理は難しいし、そのために魔鎧を使うのなら魔力の節約にはならないしな。
食事を終えて片付けを済ませると外出の準備をし、暖房などの電化製品の電源を切っているのを確認。
ポータブル電源のバッテリーが大分減ってるな、そろそろまた作り直さないと。
よし、出掛けるか。
この1ヶ月、俺は衣食住が揃ったそれなりに快適な生活をしていた。
"紛い物"の力で作成できる物は対象への理解度で作成コストが変わるらしく、よく知らなかった物は消費魔力が大きかったから作れなかったのだと思われる。
つまり、最初は作成に多くの魔力を要しても、その物品のことを知れば知るほど作成コストは下がって作りやすくなるわけだ。
材質のことまで調べられれば作成コストはもっと下げられるのかもしれないが、そういった知識が詰まった本は作成コストが高く、味や匂い、見た目や感触などと違ってちゃんと覚えなければならないみたいだからな。
俺にとって興味があること以外の勉強は苦痛でしかないし、魔力は魔石で十分稼げているのでそこまではやらないことにした。
その魔石を稼げている理由だが……それはゴブリンばかりを狙い、安全に沢山狩ることができたからだ。
どうやら俺は魔物に対する勘がかなり鋭く、一定の範囲内なら魔物の位置とその魔物が持つ魔石の魔力量をなんとなく把握できるようで、勝った実績のあるゴブリンと同じぐらいの強さで、且つ数がなるべく少ないものを狙うようにしている。
勘というレベルではない気もするが……自分が作成した物の位置も把握できることから、魔力として回収できる物を感知しているのかもしれない。
そんなわけで、ゴブリン以外の魔物や魔獣は徹底して避けてきたのだが、実は最近ゴブリンが中々見つからなくなってきたんだよな。
狩りすぎたのか、奴らも冬眠したりするのか……
そう、俺が"祝音の儀"を行ったのは秋の収穫が落ち着いた頃であり、今は冬が近づいているらしく最近は少し寒くなってきているのだ。
テントや服も冬用にしたいし、暖房も使っているので魔石を備蓄しておきたいのだが……これ、ゴブリン以外の魔物も巣に籠ったりしたら困るな。
今のうちに他の魔物もやるべきか?
だが、ゴブリンより少し強くて集団行動してる奴らか、単独で動いている事が多くてもゴブリンの10倍ぐらい強そうな奴しか感知してないんだよなぁ。
ドドドドド……
「ブオオオオッ!」
ずるんっ、ドシンッ!
「フゴッ!?」
豚を人型にし、身長3mぐらいの巨体にしたような存在がローション罠に掛かる。
近くで見るのは初めてだが、話では聞いていたオークという魔物だろう。
前世の創作物でもこんな感じの外見であることが多かったな。
森に紛れるためなのか、こいつもゴブリン同様に緑色の肌をしている。
今回の獲物としてこいつを選んだのは……当然、集団で動いてる魔物に囲まれて戦うのが嫌だったからだ。
魔鎧で覆われていない部分は生身だし、ちょっとした攻撃であっさりと持っていかれてしまうだろう。
これまで魔石を稼いできたことで、魔鎧で全身を覆えるだけの魔力はあるのだが……小さなダメージも魔力で帳消しにするだろうし、攻撃を受ける回数が多くなりそうな集団戦は魔力的にリターンが少なくなる。
そんなわけで消去法により選ばれたオークは、パワーはあるようだが足は遅かった。
ゴブリンと同じように罠で滑り、転んだところに柄の長い斧を振り下ろす。
バガンッ!
「ゴッ……」
ゴブリンより長い腕を警戒してこの斧にしたのだが、遠心力も加わってか予想よりも威力が出て、オークの頭部はスイカ割りで割られたスイカのように弾けてしまった。
最初に戦ったゴブリンのようにグロい光景だ。
だが……転生した世界が世界だし、その上こんな状況なので気にしてはいられない。
俺はオークの魔石を吸収して次の獲物を探す。
二足歩行の相手になら有効だと確認できたローション罠でオークも討伐対象に゙設定し、集団で動いている魔物を避けながら狩りをしていた俺だったが……日も暮れてきたのでテントへ帰ろうとすると、集団の魔物が一直線に向かってくるのを感知した。
俺の感知範囲より遠くから俺を見つけたのか?
とりあえず木の上で相手を確認してみる。
ガサガサガサ……バッ!
「グァフッ!」
「「ガウッ!」」
少し離れた茂みから出てきたのは狼のような魔物の集団だった。
というか、四足歩行だしまんま狼だな。
魔石の反応がある以上、ただの狼ではないことが明らかだが。
狼か、だとすると……俺を見つけたのは臭いかな?
風下にでも居て、臭いが届いてしまったのか。
どうするかな。
この場は逃げられなくもないが、別の場所に残った俺の臭いを見つけてテントまで辿られるのは厄介だ。
出待ちでもされたら、狩りへ出かける度について来られそうだし……やるか。
木の上は登ってこられる可能性もあると考えた俺は、魔鎧で腹部を覆い、浮いて開けた場所へ移動した。
魔力の消費が気になるが、試そうとしている手段が手段なので遮蔽物はない方が良い。
「「グルルル……」」
浮いている俺の足元で、狼たちが唸りこちらを睨む。
そんな奴らの頭上に、俺はある液体を作成した。
バシャァッ!
「グ……ギャフッ、ギャフッ!」
「ガアアアッ!」
「キャインッ!」
狼たちはそれぞれの声を上げ、掛かった液体を必死に振り払おうとする。
その液体は……お酢だ。
人間にとってもきつい匂いだし、俺の感知範囲外から嗅ぎつけられるほど嗅覚の鋭いこいつらには相当な刺激になっているだろう。
中には逃げ出す奴もいるが……余計な魔力を使わされたんだ、逃がすと思うなよ。
右手も魔鎧で覆った俺はすぐにクロスボウを作成し、逃げようとする狼を空中から撃っていく。
バシュンッ、ドッ
「ギャンッ!」
オークを罠へ誘導するためにも使ったので、当てるだけなら問題ない。
後ろからなので一撃で倒すまではいかなかったが……それでもいい。
放ったボルトはクロスボウにセットされた状態で作成された物であり、当然俺の"紛い物"で作った物なので位置を把握できる。
発信機みたいなものなので、動き回られても感知できるのか?というテストができそうだ。
まぁ、お酢も俺が作成したわけなのでテストは可能かもしれないが、全部振り払われたり、何処かで洗い流されるかもしれないからな。
同じように、逃げる狼にはクロスボウを作り直してどんどん撃っていく。
「さて。逃げたやつは後で追うとして、残ってるやつを処理しないとな」
そう呟くと、俺は足元の狼たちにクロスボウを向けた。
狼たちを倒し、魔石の回収を終えた頃には辺りが暗くなっていた。
後から考えると……檻でも作って囲んだほうが楽だったかな。
追う時間の分だけ魔鎧を使う時間が増えるわけだし。
ただ、動き回られてもリアルタイムに把握できることが確認できたので良しとする。
さて、帰るか。
テントなども魔力で作った物なので当然ながら魔力的な感知対象であり、俺は道に迷うことなく拠点へ帰還する。
では、風呂に入って食事にしよう。
もう暗いから灯りが要るな。
外で浴槽を作って入るので、そのまま灯りを点けると目立ってしまう。
なので風呂用のテントを立てて遮光できるようにすると、中に照明を設置し、浴槽にお湯を張って泡風呂の入浴剤を投入する。
では入浴。
モコモコした泡風呂でゆったり過ごし、入浴を終えると排水口の下に用意した縦割りのパイプで山頂の外へ排水して、その場に残った浴槽やテントを魔力に戻した。
入浴の後はメインのテントに戻り、食事の用意を始める。
隠れ住んでいる以上は煙を上げるのは避けたいので、食事は調理済みの物を"紛い物"で作るだけなのだが。
照明や空調のためにポータブル電源があるし、レンジ調理ぐらいは可能だが……電気を使う分だけ電源を作り直すペースが早くなり、それだけ魔力も消費するからな。
今夜は……ハンバーグと温野菜の弁当にするか。
うむ、美味い。
食事を終えたらキッチリ歯磨きもして、用を足してから寝具で就寝する。
ふむ……今日のマットレスは硬すぎず、柔らかすぎず。90点。
こんな感じで日々を過ごし、そろそろ本格的な冬支度を……と考えていた。
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