第3話

その鎧を作る力に気づいたのは、まともに使えるかもわからない武器を後回しにして、先に防具を作っておこうと考えた時だ。


もちろん金属製の重いものではなく、スポーツなどに使われる軽い物を考えていたのだが……お試しで腕に合う物を作ろうとすると、黒い何かが右腕を覆った。


一瞬で右腕を覆った黒い何かは重さを感じず、触覚はあるのに引っ掻いてみても痛みを感じないという不思議な感覚のものだ。


ただ、その黒いものは作成時とは別に出現している間も魔力を消費し続けるらしく、その上引っ掻いてみた際には一時的に魔力の消費量が少し増えた。


おそらく、これに関しては作った時の形状を維持するために魔力が必要なのだろう。


魔力の消費が増えてしまうのは痛いが、これは使えると思い全身を覆ってみようとすると……その範囲は右手にまでしか広がらなかった。


魔力量の不足だろうか?


ゆくゆくは全身を覆ってみたいのだが、魔力の総量が増えるのかはまだ不明だ。


まぁ、魔法使いは少ないが存在すると耳にするぐらいだし、そう言われるほどの人がいるのなら増える可能性は高いよな。


魔力で作った鎧だし、とりあえず"魔鎧まがい"と称することにしようか……ん?"まがい"?


と何かに気付いたとき、石でも踏んだのか馬車が少し大きく跳ねた。



ガタンッ


ドンッ!


「っ!」



馬車の揺れに体勢を崩し、咄嗟に黒い鎧で覆われた右手を荷台の床につくと思いの外大きな音が立ってしまい、同行していた村人たちに音の原因を誤魔化さなくてはならなくなった。


力が強くなったのかとも思ったが、これは……







「グギギ……」



眼の前のゴブリンは、両手で押し付けている枝を受け止め続けている俺に疑問の表情を浮かべている……ように見える。



「こんな子供が片腕で受け切ってるってのは不思議だろうな。俺だってそう思うんだが……何故だか思った通りに動くし、思った場所で固定もできるんだよ。筋力とは関係なく、なっ!」


ブンッ


「ギッ!?」


ガササッ



言うと同時に振り払った俺の右腕は、ゴブリンが持っていた枝を草むらへ払い飛ばす。


そうして体勢を崩したそいつに、右手にまで魔鎧の範囲を広げ、腕を振ったことによる慣性を感じさせない動きで拳を叩き込んだ。



ドバンッ!


「ぐっ!えっ?」



肩に生じた痛みの後、予想以上……というか予想外の結果に驚いた。


俺の拳を受けたゴブリンの顔が、頭部ごと弾けるように吹き飛んだからだ。


確かに全力で殴ったからそれぐらいの勢いではあったが……



ばしゃんっ



頭部と自立する力を失い、ゴブリンは再びローションエリアに倒れ込んだ。


それと同時に、魔力が尽きたので魔鎧が消えてしまう。


これは"紛い物"で作った物とは違うのか、魔力として回収することは出来ないようなのだ。


そうなると……魔鎧を纏う際の消費魔力は材料としてのコストではなく、作成作業としてのコストである可能性が高いな。



「う」



頭痛と吐き気がする、魔力が枯渇するとこうなるのか?


車酔いがいきなり来た感じだが……まぁ、いきなり来たのは急激に魔力を消費したせいだと思うが。



「えっと……ああ、そうだ」



俺はすぐにレジャーシートとローションを魔力に戻し回収する。


すると、頭痛と吐き気はだいぶ軽くなった。



「はぁ、これは魔力的にも身体的にもキツイな。肩が外れるかと思ったし……」



体が少し引っ張られるぐらいの距離しか動かしてないからこの程度で済んだのかな。


どうやら魔鎧は物理法則を無視するようで、俺の筋力で動くわけではないらしい。


脳から発している信号は神経を通さず、直接受信しているような感じなんだよな。


ただ速さや力など、どう動かすかによっても魔力の消費量は変化するようだ。


ゴブリンを倒した攻撃で魔力が枯渇し、気持ち悪くなってしまったのはそのせいである。


これだけの力があれば"紛い物"で剣や槍などの武器を作成しても良かったが、魔鎧で覆われていない部分はただの5歳児としての身体能力しかない。


魔鎧で覆われた部分に振り回されて、どこかしらを本格的に痛めてしまうことになると俺は考えた。


こんな状況だし、行動に支障が出るような怪我は極力避けたい。


まぁ、今回の戦闘である程度は力加減が分かったし、今後はちょっとした武器なら使えるかもしれないな。




ゴブリンの攻撃を受け止めきれた理由である、決めた位置に固定できるというのは……よくわからん。


固定した場所から動かされようとすると、その位置を維持するために追加で魔力を消費してしまう。


その点で言うと……魔鎧が、受けるはずのダメージを魔力で帳消しにするのと同じようなものなのかな。


どちらも力に抵抗し、状態を維持するという意味では。


好きな位置に動かせるという仕様と合わせれば空中に浮いたりもできるので、強敵と遭遇しても飛んで逃げられそうだな。


勿論、俺の自重という負荷が掛かるので魔力の消費は激しくなるが。


魔力が保ちさえすれば、この森を脱出すること自体はそう難しくないのかもしれない。


だが、すぐに人里へ出ては俺の生存が実家に知られる可能性がある。



「……」



周囲を見回してみた。


当然草木ばかりが目につき、その中で倒れているゴブリンに注目する。


確か、胸辺りに魔石があるんだよな。


魔力の塊であるらしく、魔導具という、魔力をエネルギーとして稼働する物に使えるので売れるそうで、村の人が回収している場面を見た記憶がある。


魔力の塊か……"紛い物"で作った物と同じように、魔力として回収出来ないだろうか?


可能なら、選り好みしない限りは食料に困らないし、魔物と遭遇しても倒せるのであればだが……魔石で魔力を回収できるので躊躇なく魔鎧を使える。



「……試してみるか」



俺は"紛い物"でサバイバルナイフを作成し、右手だけに魔鎧を纏って急いでゴブリンの胸を切り開き魔石を摘出する。


ビー玉より小さいかな?


前世で使っていた消臭剤のビーズがこのぐらいだった気がするが。


色が黒いのはいいとして、綺麗な球体なのが気になるところだが……今は本来の目的を優先する。


とはいえ、その目的である実験はすぐに結果が出た。



スッ


「お」



魔石は魔力として吸収でき、俺の魔力は元の半分ほどまで回復した。


よし、これなら食料には困らないな。


あとは安全に寝られる所があればいいのだが……


とりあえずこの場を離れるか。


ゴブリンの死体は……埋める労力が勿体ないし、少し移動させておくだけにしておこうかな。


万が一、俺をここに連れてきた村人達が戻ってきても、こいつの死体がなければ俺は適当に移動したと判断され、捜す範囲をそこまで広げはしないだろう。


そう考えた俺は、再び右手のみに魔鎧を纏わせゴブリンの死体を移動させると……森の奥へ進みだした。







バガンッ


「ギッ……」


「ふぅ」



俺は周囲に他の敵がいないのを確認すると、使った手斧を魔力として回収し、それを握っていた魔鎧を纏う右手に魔石を回収するためのナイフを作成した。


魔物との戦闘はこれで3度目だ。


全てゴブリンだったのはありがたいが、複数で来られるのはちょっと面倒だったな。


だが、何故か毎回早い段階でゴブリンの接近に気づくことができ、仕掛けたローション罠で転んだ奴の頭部に斧を叩き込めた。


今回は3体だったが……これ以上多いと罠のスペース的に仕掛けるのが難しいな。


範囲を広げること自体は可能だがどうしても木々に阻害されるし、1体倒してる間に他の奴が罠を脱出して襲ってくるだろう。


別の方法も考えないと、と思いながら罠も魔力に戻して魔石の回収を進める。




罠や手斧の分も含めて、9割方まで魔力を回復することができたが……あと1個分ぐらいの魔石は吸収できるかな?


感覚的な話だが、どうも俺は魔力が自然に回復する量が少ないというか、全然回復しないんだよな。


そのせいで馬車での移動中は最低限の食料しか出せなかったし、初戦は魔力が尽きかけた。


なのでなるべく魔力を満タンにしておきたいのだ。



スッ


「ん?」



魔力を吸収することは問題なくできたのだが、感覚的に自分の容量をオーバーしているように感じる。


枯渇したときのような頭痛や吐き気は襲ってきていないし、体にも異常は出ていないので……余った魔石も吸収してみると、何の問題もなく魔力を吸収することができた。


ふむ。


魔力の容量をオーバーしても問題ないと言うことは、容量以上の魔力が必要な場合でも過剰に魔力を吸収すればいいってことか。


魔力を使う人全員がそうなのかが気になるが……まぁいい、魔石は吸収しておけば持ち運ばなくていいってことだな。


というわけで、集めた魔石は全部吸収しておく。




さて、住居探しに戻ろう。


一人である以上、安全に眠れなければ確実に死を迎えることになる。


岩をくり抜いたような洞穴なんかがあれば良いのだが……入り口は何かで埋めて、通気孔を開けておけば良いだろうし。


"紛い物"で作った物なら簡単に消せるし、出入りに支障はない。


だが、今のところ丁度いい場所は見つかってないんだよな。


最悪、住居として安全に眠れる物を"紛い物"で作る必要があるか……魔力が足りればいいが。


そう考えながら森を進むと……木々の間から、少し先に高い岩山が見えてきた。


俺を捨てに来た村人たちが帰っていったのが南の方で、俺はその逆へ進んでいるので北の方になるな。


細長く森から突き出た形で、その先端は針を折ったように断たれている。


ふむ……山頂の地形次第では使えるかもしれないな。





更に2度の戦闘を挟みつつ、目的の岩山へ辿り着く。


2、30mほどの高さに見えるが……思ったより細長く、普通に登るのは無理に見える。


周囲にこの山が崩れた形跡は見当たらないので山頂の様子次第では住居に使えそうだと思い、確認するために腰を魔鎧で覆って宙へ浮く。


何らかの魔物がいる可能性を考慮し、息を殺して身を隠しながら山頂を覗き込んでみる。


幸い魔物どころか普通の動物も居なかったので、山頂の広場に上がり込んで魔鎧を解除した。


直径20mぐらいでちょっと傾いている場所だったが、糞などが見当たらないことから鳥などもやって来てはいないようだ。


傾きは板の下に何かを噛ませて水平にすれば良いし、その板の上にテントでも張れば良いだろう。


固定は……岩場で杭を使った固定は難しいし、岩山が崩れるきっかけになるかもしれないな。


なら、強風にも耐えられそうな重しにテントをロープで固定すれば……よし、ここに住もう。


ただ、色々と物を用意するのに魔力が必要だ。


俺は地上に降りると周囲を探る。



「……あっちにいるな。この体は勘がいいのか?まぁいい、倒せそうな魔物から魔石をいただくとするか」



こうして、俺はこの世界を生き抜くべく動き出した。

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