第2話
今、俺の手にあるのは、5才児の手に収まるほどの小さなコンパス……つまり方位磁石だ。
キーホルダー型で中には水が入っており、方角の刻まれた円盤が浮いていて回転するタイプの物である。
何故これが俺の手に?
ファンタジーな世界だけあって魔法も存在するらしいが、これもその類のものだろうか。
"スキル"の方かもしれないが……"何か"が体からスッと抜けていくあの感じは、魔力を消費した感覚だと思うんだよな。
だが、思い浮かべた物を作り出す魔法など存在するのだろうか?
魔法については……家の中で数少ない、お伽噺の本に出てくるぐらいのものしか知らないからなぁ。
火の玉を放つとか。
前世の色んな作品では様々な魔法が出てきていたし、その中には物を作る魔法などもあったが……ん?
これ、売ってた物そのまんまだし、召喚魔法の可能性もあるのか。
だとしたら代金とかどうなってるんだ?
窃盗になっていたら申し訳ない、などと思ったが……違うな。
俺が作った物だという認識というか、感覚がある。
となると……魔法ではなく"紛い物"のほうか?
"祝音の儀"で知らされた、追放の原因である俺の"称号"だ。
適正や才覚があるだけなのとは違い、何らかの"スキル"を得られる可能性が高いと聞いたが……これがそうなのか?
俺はコンパスを見る。
正常に機能していれば……この馬車は西に向かっているようだな。
一応、全体を水平方向に回転させてみるが、中に浮いている板は一定の方角を指し続けている。
"紛い物"という称号だし、多少の不具合があるか全く機能しないという可能性もあったが、その心配はなさそうだ。
ただそうなると、これのどこが"紛い物"なんだろうか。
正規に生産された物ではない以上、偽造品または模造品であることに間違いはないんだろうけど……まぁいい。
物も力も、使えるのなら使うだけだ。
できれば他の物も作れないか試したいところだが……今、この状況で人に見られたりするのは非常によろしくない。
物を作り出せると知られれば、懸念されていた贋金作りの話が現実味を帯び、置き去りではなくその場で処分されかねないからな。
いくら違法な偽造を否定したところでやっていない証明というものは難しく、疑う側としては罪人として処分したほうが手っ取り早く事を片付けられると考え、手荒な手段でやってもいないことを自白させられるかもしれない。
取り調べなど受けたことがないのでわからないが、将来的に贋金を作れる可能性があるだけで追放処分を受ける国なんだし、前世の俺だったとしても耐えられないような扱いを受けるんじゃないだろうか?
結局、父がこの力を知ったとしても俺を生かして活用するより、早期に処分してそもそも疑われないようにすることを選ぶだろう。
というわけで、同行者達にこのコンパスを見られるわけにはいかないのだが……どうしたものか。
裸で置いて行かれるとしたら隠す場所なんて口の中ぐらいしかないし、こんな物を入れていたらまともに喋れず、不審に思った人が必ず調べるはずだ。
服を残されたとしても同じことだ。チェックされてすぐにバレる。
となると……このコンパスは隙を見て処分するしかないか。
魔力は1割ほどの消費で、全魔力を使ってもコンパス10個しか作れないとなると勿体ないが……また作るしかないか。
魔力は徐々に回復するらしいが、作るペースを考えないとすぐに枯渇しそうだな。
魔力で作ったんなら、魔力に戻せればいいのに。
スッ
「っく!?」
またしても咄嗟に驚きの声を抑えた。
持っていたコンパスが消え去り、作成に消費した魔力が回復しているのを感じる。
考えはしたが……まさか、本当に魔力に戻せるとは思わなかった。
これならどんな物が作れるのか、色々と試すことができるな。
そう考えた俺は……移動中、同行者が見ていない間にこの力の実験を密かに行うことにした。
まずは飲食物だ。
空腹だったしな。
置き去りにされるとなれば、間違いなくこれは必要だろう。
ただ、音と匂いに気をつけなければならないので……俺はある物を思い浮かべる。
お、出来た。
今回作ってみたのは……おにぎりだ。
前世で母が夜食として作る際に海苔を切らしていたことがあり、そのまま出てきた塩むすびが元ネタである。
コンビニなどで売っていた物だと、包装を剥がす音が出そうだったのでこれにした。
海苔が歯に付いて残ったりしないだろうし、今回の目的には丁度良かったな。
まぁ、馬車の音で多少の音は大丈夫かもしれないが……気をつけるに越したことはない。
まずは一口……おお、美味い。
この体では初めて食べるので口に合うかが不安だったが、美味しく食べられたのでホッとする。
さて、このまま食べ進めたいところではあるが、ここで食べかけのおにぎりを魔力に戻す。
スッ
ふむ、消費した魔力が全部戻ってきたりはしなかったか。
再びおにぎりを作成してみると……先程作った、口をつけていない物が作成された。
魔力は一口分が追加で消費されただけだ。
うん、これなら道具などが壊れても、魔力に戻して新品を作り直せば魔力の節約ができるな。
そのまま、作り直したおにぎりを咀嚼音に気をつけながら食べ終えたが……水も飲みたい。
ただ、ペットボトルなどは開ける音がしそうだし、そもそも今の腕力・握力では開けられないかもしれない。
なので木のコップを作り、その中に水だけを作成することにした。
これは、魔力の消費が作るという作業自体には生じていない感覚があるから取れる手段で、そうでなければ作成作業1回分の魔力を無駄遣いすることになるからな。
となると、消費している魔力は材料費なのだろうか。
「ゴクッ、ゴクッ……ふぅ」
水は中々冷えてるな。
思い浮かべたのが冷蔵庫に入っていたペットボトルの中身だったからだろうか。
もしそうであれば……お湯も自由に作れそうだな。
こっちの世界では水浴びか濡らした布で体拭くのが普通なので、余裕ができればお湯に浸かるか……せめてお湯でシャワーを浴びたい。
まぁ、まずは生き延びるのが最優先だが。
次に、身を守る手段を考える。
逃げに徹するだけの身体能力はないし、そうなると攻撃手段が必要だな。
5歳の体でも使える武器か……多少非力でも使える物と言えば、やはり銃になるだろうか。
だが、俺はそこまで銃に詳しくないんだよな。
有名な物なら多少は知っているかもしれないが……今の俺でもまともに扱える、反動の少ない銃という条件があると中々思いつかない。
前世の海外では子供が撃ってしまって大事になった例もあるが、それは本物の銃なんて触ったことがない俺にも扱えるという保証になるわけではないし。
日本の警察で使われている拳銃なら、威力が小さいぶん反動も小さいと聞いたことはあるが……あ。
なにかの作品で一発しか撃てない、かなり小さな銃を見たことあるな。
威力は小さいだろうけど、使ったら魔力に戻して弾が装填された新品を作ればいい。
そう思って作成してみようとしたが……銃を作ることは出来なかった。
魔力が足りないのか、何か作成に条件があるのか……触ったことがある物だけだという条件だったら、武器として使える物はかなり制限されるな。
その上で腕力に左右されず使える物なんて……
罠を張るって案もあるが、いつ襲われるかわからないんだし、そこに誘導できるだけの十分な身体能力があるとは思えないからなぁ。
どうしよう。
それから2日後。
「ではその……なんと言いますか……」
目隠しに加え、背負われて連れてこられた森の中。
言うべきことがあるが自分の口からは言いたくない、という雰囲気の同行者達3人がそこに居た。
御者と武装した村人1人は馬車の見張りでその場に残ったようだ。
そんな彼らに、俺は空腹で弱っているフリをしながら別れの言葉を告げる。
"とある事情"により、空腹であること自体は事実だったのだが……まだ、死にそうなほどとういうわけではないので演技が必要だった。
「は、い……お疲れ、さ、ま……」
「……えーっと、じゃあ……」
そんな曖昧な返事で俺から足早に去っていく男達。
5歳の俺では着いていくことなどできず、目隠しで運ばれてきた以上は帰り道もわからなので単独でこの森を脱出するのは難しいだろう。
そして……1人になった俺は独りごちる。
「マジで置いていったな、あの人達。事情は理解できるが……置き去りにされる方としては複雑だなぁ」
まぁ、彼らが仕方なくこの役目を負っているのもわかるし、着ている服までは持っていかれなかったので良しとしよう。
無事に帰って、ちゃんと俺を捨ててきたと報告するといい。
消極的な方法ではあるが殺処分を執行されているわけだし、もう戻るつもりはないのできっちり死んだことにしておいてくれ。
とはいえ、5歳までの記憶もあるので少々寂しくはあるのだが……
「ハァ、気にしてもしょうがないか。とりあえず暫く滞在できそうな場所を……っ!?」
住居にできそうな場所を作るか探そうとしたその時、俺に何かが近づいてくるのを感じた。
この方角の先みたいだが……何だ?
森の中で見通しが悪く、近づいてくる"何か"は見えない。
だが……これはほぼ一直線に向かってきてるな。
おそらく自分を襲いにきているのだろう、と判断した俺は……すぐに用意できる罠を仕掛けることにした。
そう時間が経たないうちに"それ"は姿を現した。
ガサガサガサッ!
「ギィッ!」
「っ!?」
20mぐらい離れた場所の草むらから姿を見せたそいつは、人型だが肌が緑色で、人間で言えば10歳ぐらいの身長……ゴブリンか。
偶に農作物や人間を狙って現れていたが、小柄な割には大人1人と同じぐらいの身体能力だった記憶がある。
その上、現れたのは1体だけだが太めの枝を持っており、5歳児である俺が勝つのは非常に難しい状況だ。
だが……俺には勝算があった。
ガサッ、ダダダ……
「ギャギャッ!」
ゴブリンの表情に詳しくはないが、迫ってくる奴の表情は恐らく笑顔なのだろう。
「ハァ、ハァ……いけるよな?」
初戦闘の緊張と不安から自分に問いかけるようにそう呟いた頃、奴は俺の前に到着し……思いっきりすっ転んだ。
ズルッ、ドテンッ!
「ギャッ!?」
「よしっ!」
「ギ、ギギャッ……?」
ヌルンッ、ドシンッ!
困惑しながらも立ち上がろうとするゴブリンだが、またしても転んでいる。
これは俺が仕掛けた罠で、迷彩柄のレジャーシートにローションを撒いたものだ。
ローションはともかく、迷彩柄のレジャーシートに触れた覚えはないが……何処かで知らないうちに接触したのか、そもそも作成条件に接触した経験は含まれていないのかもしれない。
では、作れる物と作れない物の違いは何なのか。
それはまだわからないので要検証である。
さて、このままゴブリンを眺めているわけにもいかない。
放置すればいずれまた遭遇するだろうし、そもそもすぐにローションから逃れて追いかけてくるだろうからな。
なのでこいつはここで倒しておかなければならないのだが……その方法に悩んでいる。
色々試してみたのだが、攻撃手段に関しては今の身体能力でまともに扱える武器を思いつかなかったんだよな。
ガソリンはさっき1滴だけ試して作れることを確認できたが、それだけで魔力が1割ほど消費されてしまった。
揮発性が高いのは知っていたので、回収できる魔力が減るのではないかと思い慌てて魔力に戻しておいたが。
このことから、敵を焼いて倒すのに十分な量を用意できるかが不安であり、その上死ぬまでに暴れて周囲の木々に引火したりすると……上がった煙で、俺が生き延びようとしていることに気づいた村人たちが戻ってくるかもしれない。
もちろん、確実に
というわけで別の手段を、と考えていたところでゴブリンがローショントラップから抜け出し、俺に襲いかかってきた。
奴は持っていた枝を振り上げる。
「ギギャアッ!」
ブンッ!
「っ!」
ゴンッ
「……?」
倒れない俺に不思議そうな顔をするゴブリン。
奴が振り下ろした枝は、身を守るように上げた俺の右腕に直撃している。
だが、それでも俺が倒れずに済んだのは……その右腕を覆う、黒い鎧のおかげだった。
「魔力の消費が激しいから避けたかったけど、やっぱりこれしかないか。魔力で作った鎧……"まがいもの"って"紛い物"だけじゃなく、"
その問いに答える者は誰も居なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます