終章_08

 即位後の怒涛のような数日間を過ごしたプラアテスは、自身の寝室でベッドに腰を下ろしていた。そこへ、ギシィという音とともに扉が開かれ黒いローブの女が姿を現した。


「なかなかの名演技だったじゃない?」


「うるさい…… 兄上を失ったのは本当に悲しかったのだ」


 消え入りそうな声でプラアテスは答えた。皇帝という地位の前には紙屑のようだと思った兄の命だったが、実際に目の前で失うとなるとやはり堪えた。支えていた腕の中にズシリと感じた重さは、まだプラアテスの腕に残っているかのようだった。


「そう? ところでご褒美だけど――」


 と、言いながらローブをはらりと落とした女に向かって、青ざめたプラアテスは喚き散らす。


「バ、バケモノめ! だ、誰がお前のようなモノを抱くか!おぞましい!! 出ていけ!消えろ!余の前から!!」


 女はつまらないものを見るような目つきでプラアテスを眺めた後、「あら、そう」と言ってローブを拾い上げて身に纏った。


「ま、こんなもんよね。 器の小さな男……」


 ため息をつきながら歩む女の姿に、「ひぃっ…」と小さく悲鳴を漏らし腰を抜かしたプラアテスはベッドに倒れこむ。

 逃げることのできないプラアテスの上に覆いかぶさるような態勢でベッドに手をついた女はニコリと微笑んで言う。


「ご苦労様、皇帝陛下。 御即位おめでとうございます。 ふふっ。 それじゃあ、ティグからの贈り物、返してもらうわね」


「ヴィ、ヴィプサーラ、お前の目的はなんなんだ? わ、私、よ、余にいったい何をさせるつもりだ?!」


「何を? そうね、あなたは帝国に捧げられた生贄。 ティグとわたしが作った大事な大事な帝国を維持するためだけに存在する、生きたままの死人」


「死人……?生贄? 私が? 生きたままの……?」


「そう。あなたに意思なんてない。わたしの思い通りに動く、あなたは意思のないただのむくろ。 あなたはただ、わたしの言う通りにしていればいい。帝国の繁栄のため、臣民の幸せのために。 あなたも、あなたの子も、あなたの孫も、永遠に」


 末代まで傀儡かいらいとするという女の言葉にプラアテスは息をのみ、涙声で懇願する。


「た、頼む、助けてくれ。 放してくれ。 どこかに行ってくれ、ヴィプサーラ……」


 プラアテスの怯える様子を満足そうな笑みで見た女は言う。


「ヴィプサーラという魔女は処刑されてもうこの世にはおりません。 今、目の前にいるのはあなたが何処かで拾ってきた新しい愛妾。 名前は、そう…… ちょっと考えておくわね」


「な、なにを言って――」


「わたしがあなたの前から消えることはない。あなたが本当に死ぬその日まで。 わたしはずっと、あなたとあなたの子孫の傍にいる。帝国と臣民の幸せのため、あなた達一族には犠牲になってもらうわ」


 言葉が出ないプラアテスにニコリと女は微笑みながら体を起こす。


「安心して、多少の贅沢は許してあげるから。 それと覚えておいて、代わりは幾らでもいるのよ。 あなたの幼い弟にディオドトスの産まれたばかり息子、フラテスの妹の子達。 最後の手段だけどミトリダテスだっている。古いけど辿れば血筋は王家に繋がるんだし、あなたの可愛い妹を添わせれば資格としては十分でしょう?」


 一瞬、それなら自分じゃなくてもと思ったプラアテスだったが、父と兄の最期の姿がよぎり、可愛がっている弟と妹を質にされたかのような発言を聞いては、とてもではないがそれを口に出すことが出来なかった。


「でもホント、あなたのお父様にはビックリしたわよ。流石にあそこまで馬鹿だとは思わなかったわ。 おかげでアルダシルもオロデスも死んじゃうし、ミトリダテスが行方不明って聞いたときは変な声出ちゃったじゃない」


「へぇ? は……?」


「なんでもないわ。 ただの愚痴よ」


 そう言って女は静かにプラアテスの部屋を去っていった。




 カツン、カツンと足音を立てて地下へと続く石段を降りきった女は目の前の荘厳な扉に手をかける。ギシィという音とともに空いた扉の先に暗くて広い空間が広がっていた。


 ティグラネス帝が安置されている地下の玄室である。中央の棺まで歩いて行った女は優しい手つきで棺を撫で、連れてきていた複数のスケルトン達に命じて棺の蓋を持ち上げさせた。


 そこには二か月近く前に亡くなったとは思えないほど保存状態の良い老帝の遺体があった。


「お待たせ、ティグ」


 弾むような声音で遺体に声をかけた女に応えるように、老帝の遺体は目をゆっくりと開けて体を起こし、棺から身を出して立ち上がった。表情は柔らかで女に向かって微笑みかけているかのよう。


「ねぇ、抱きしめて」


 女は老帝の遺体に向かって大きく手を広げる。老帝の遺体は何も言わぬまま女を優しく包む。


「あぁ…… あったかい…… 愛してるわティグ」


 しばらくそのまま、ポロっと一筋涙を流した女は老帝の遺体から体を離すと少しお道化どけた様子で話し始めえる。


「ねぇ、ティグ。 ここ、広くてダンスホールみたいじゃない? ほら見てよ、楽団も連れてきたのよ」


 そう言った女の指し示す先に、手に手に楽器をを持ったスケルトン達が控えていた。


「肺がないから笛とかの演奏は無理だけど、他の楽器は何とかなりそうかな?」


 ふふふっ、と女は可愛らしい笑顔を老帝の遺体に向ける。


「ティグ、誘ってくれる? あの日みたいに」


 女は黒いローブを脱ぎ捨て簡素なドレス姿となる。老帝の遺体は女に向かって膝を折り手を差し出す。そこに女が手を置くと楽団が一斉に音楽を奏で始めた。


 女は踊る。死者となった老帝とともに。軽やかに。


 彼女の眼には暗い玄室は煌びやかなダンスホールへと変わり、老帝もまた若く美しい青年へと姿を変える。


「安心してティグ。帝国は永遠よ。 わたし達の帝国は永遠に多くの人達を幸せにするわ。 帝国はわたしが護るから。 ここが、わたし達の居場所……」


 踊りながら青年に語り掛ける女の耳に若々しい男の声が聞こえる。


『ありがとう、サラ。 愛しているよ』


「わたしもよ、ティグ。 これからもずっと……」





――――――――――――――――――――――――

という感じで、次話から第一章です。

もしよろしければ、励みになりますので応援や評価等お願いいたします。飛び上がって喜びますので。


少し人間関係分かりづらいと思いますので、近況ノートに現時点で分かってる家系図載せてみました。


あと、人が死に過ぎてちょっと胃もたれ気味の方いらっしゃいましたら『女王蜂の建国記』という、ものすごくゆる~い作品も書いてますので宜しければそちらで癒されてください。

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