デッド・エンド・ロール

無口

第1話 デッド・エンド・ロール

 誰もが一度は思ったことがあるだろう…、過去に戻れたらと。


 ◇


 私、あおい深雪みゆきは後悔していた。

 中学の時から好きだった男の子、霧江きりえ優斗ゆうとに彼女ができたのだ。もちろん、私では無い。


 高校三年生の時、同じクラスになった霧江に彼女ができたことを知った。二年生の体育祭後に付き合い始めたらしい。

 学校で、霧江が惚気ているところを見たくなくて、だんだんと学校に行かなくなり、三年生になって一ヶ月で不登校になってしまった。

 出席日数とか、進路のこととかは頭になかった。


 ◇


 五月、GWゴールデンウィーク明け。私の住む、北海道の内陸の地域にも遅れて暑さがやってきた時期。


 両親は共働きで、家に一人になった私は昼食を買いに行かなければならなかった。家のテーブルに一千円札と買いに行くように促す置き手紙が置かれていた。


 私は、灼熱とも思える気温の中、近くのコンビニまで歩いて行った。これから、夏本番というのにこの暑さでは気が滅入ってしまう。

 フラフラと這い回るゾンビのような足取りで進んでいくと大通りにでた。この道路を渡った先にコンビニがある。

 私は、日に照らされながら、信号が青に変わるのを待っていた。

 数十秒で信号の色が変わり、再び歩き始めた。


 その時、軽自動車がこちらに向かってくることに気づいた。運転手はスマホを見ているようでこちらに気づいていない。

 向かってくる車を見ても私は、冷静だった。回避する手立てがあった訳ではない。ただ、学校にも行かず親に迷惑をかけて生活していることに罪悪感を抱いていたのと、生きる希望とも思えた霧江ともう付き合うことができないという事実にこの世界で私が生きていく理由を見出せなかったのだ。


 そのまま、向かってくる車に私は体を委ねた。


 私は車にぶつかり、体が吹き飛ばされた。地面に叩きつけられ、頭を打った。

 ジーンとこれまで感じたことのないような痛みが身体中に広がって行き、意識が朦朧としてきた。

 周りではクラクションの音が鳴り響き、視界は自分の血で赤く染まっていた。


(これは、死んだな…。)


 朦朧とする意識の中、体から何かが溢れていく感覚を覚えた。

 そしてそのまま、意識を失った。


 ◆


 頑張ってね。チャンスはいくらでも与えるから。


 ◆


 目が覚めると、自室のベッドに横たわっていた。


「今の、夢?」


 夢というにはリアル過ぎで、痛みだって覚えている。

 しかし、体には外傷がなく、目の前の景色が先ほど車に撥ねられたことが夢だと言っている。


 私は体を起こし、自分の部屋を出た。その時、何か違和感を感じた。


「おはよう深雪、学校行く準備は終わってる?」

「え、学校?」


 私が不登校になったことを、母は知っているし、何よりも母との会話自体久しぶりだった。


「寝ぼけてるの?今日は高校の入学式でしょ?」

「入学式?だって私、三年生になったし、何より今日は五月の…」


 カレンダーを見ると、四月。もっと言えば、西暦が二年前のものになっている。慌てて、部屋に戻り辺りを見回して見ると、部屋のレイアウトが変わっていることに気がついた。変わっているというより、二年前のものに戻っている。


(どういうこと?今までの高校生活は夢だったってこと?)


 改めて考えてみると、あることに気がついた。

 二年前ということは、霧江にはまだ彼女がいないという事。私にも、まだチャンスがあるという事。

 そうとなれば、引きこもってはいられない。


 急いで学校へ行く身支度を行なった。


 ◇


 高校への初登校(二回目)は、一回目と殆ど変わらない。

 片思い中だった、霧江と一緒に登校していた。


 中学が同じだったため、一緒に行こう、ということになったのだ。

 私と霧江の関係は友達ということになるだろう。小学生の時に転校してきた霧江に、当時ぼっちだった私はシンパシーを感じていた。中学生の頃から、話すようになり、そのうちに好きだと自覚した。


「友達できるかな?」

「霧江ならすぐに、馴染めるよ」

「そうかな?蒼は大丈夫?」

「私は別にぼっちでもいいよ。慣れてるし」

「良くないよ。蒼に友達ができなくても、俺は友達だからね」


 霧江は相変わらずだ。いつも真面目で、優しくて、だから好きになったのだ。


 話しているうちに、学校に着いた。生徒玄関の前には、掲示されたクラス名簿にたくさんの人が群がっていた。

 人が少なくなってから、私たちも名簿を見にいく。


「同じクラスだといいね」

「そうだね」


 私は既に、クラスを知っている。私も霧江も同じ一年二組だ。

 なんか、ネタバレを喰らったような不思議な感じだ。


「何組だった?」


 少し探す素振りをしてから、尋ねた。


「一年二組だったよ」

「私も、同じだよ」

「本当に?やったー」


 無邪気に笑う霧江が、可愛く見えた。

 クラスが分かると、校内に入った。


 ◇


 二回目の入学式は、懐かしような話をされた。

 一回目よりも緊張はしなかったけど、そのせいか退屈だった。


 幸いだったのは、授業が午前で終わったということだ。これからずっとこの調子だと思うと気が滅入る。

 初期化したゲームをもう一度プレイしているような、勿体無いような、清々しいような不思議な気持ちだ。


 その日、私は再び始まった学校生活の疲れに押しつぶされるように眠りに着いた。


 ◇


 二回目の学校生活は順調?に進んで行った。一回目よりも積極的にアピールをして、仲を深めることができた。

 それでも、私から告白することはなかったし、付き合うまでは至らなかった。


 なぜ告白しなかったかというと、単純に勇気がなかったからだ。一回目で自分の意気地無さをあれほど悔やんでいたのに、いざ過去に戻ってみたらこの様である。

 私という人間は中途半端に夢を見ているから、想いが叶わないのだ。だから、臆病で意気地なしで、すぐに逃げてしまう。

 そんなことを理解しても尚、自分を変えようと努力しない。そういう人柄なのだ。


 きっとどこかで、霧江は私のことを好いていると思い込んでいる。そんなわけあるはずないのに。

 でも、霧江と話していると楽しくて、霧江も楽しそうにしていて…。まるで、世界で私だけが霧江を見ているようで、霧江もまたそう感じているように思ってしまう。

 そんな、自意識過剰な考えに甘えてしまているのだ。


 ◇


 二回目の学校生活は、あと数ヶ月で一年が経とうとしていた。

 学校祭、夏休み、体育祭、期末考査、系列選択、冬休み…と色々な学校行事を経て、二年生への進級が目の前まで迫っていた。


 系列選択とは、総合学科である私の学校特有のものだ。一年生は全員同じ授業を受けてきたが、二年生からはそれぞれが選択した系列に従って授業がバラバラになっていく。進学、福祉、情報と三つの系列でそれぞれに沿った授業が選択できるというシステムだ。


 私は何も考えずに一回目で取った福祉系列を選択してしまったが、後から考えると一回目で霧江とクラスが離れたのは霧江と別の系列だったからの可能性が高い。クラス替えの仕組みは分からないが、系列ごとでクラスが別になることは無いが、同じクラスに同じ系列の人が多かった。


 今更悔やんでいても遅いと、今では開き直っている。


 二年生になれば、クラス替えで霧江と前回霧江の彼女だった望月もちづき朝日あさひが同じクラスになる。

 絶対とは言い切れないけど、これまで過ごしてきた傾向上ほとんど確実だろう。


 そんな事実に、今から憂鬱になっていた。


 ◇


 二年生、始業式。

 相変わらず霧江と登校しているものの、霧江の話にうまく受け答えができていない。「うん」とか「そうだね」を繰り返すロボットと化していた。


「今年も同じクラスがいいね」

「うん」


 一回目ではとっくに疎遠になっていたから、今一緒に登校していることを素直に喜べば良いのに。


 案の定、私と霧江のクラスは別になり、霧江のクラスには朝日がいる。

 別れ際に手を振る霧江には、これから始まる新しい一年への緊張とほんの少しの寂しさが混じっているように見えた。


 それからは、退屈な日々が続いた。霧江が隣にいないだけでこんなにも世界が燻んで見えるとは思いもしなかった。

 霧江のいる二年一組の教室に行こうにも勇気が出ず、たまに廊下で会うと手を振る関係が続いていた。


 しばらくしたある日。学校祭の準備期間のことだった。

 私は、クラスの作業の休憩中に霧江のクラスを覗いた。そこには、霧江の隣で仲良さそうに作業している朝日の姿があった。

 私は、逃げるようにその場を立ち去った。


 ◇


 二年生の体育祭。前回に霧江と朝日が付き合ったとされる日だ。

 自分のクラスのテントから、霧江を見ていた。隣には朝日がいる。


 朝日は陸上部に所属しており、私と違って運動神経が良い。運動だけではなく、勉強においても私は劣っていて、恋愛の方も…。


 早く終わって欲しいと願うほど、時を長く感じるように、私にとっては永遠の如く体育祭は続いた。

 最後の種目、学年別クラス対抗リレーに朝日も参加していた。クラスの選抜メンバー四人の中で、朝日はアンカーのようだ。クラスTシャツに赤色の鉢巻、アンカーのみが着るゼッケン姿は、妙に様になっていた。


 リレーが始まり、次々とバトンが渡っていく。少しして朝日の元にバトンが渡ってきた。テントでは霧江が朝日を応援している。

 朝日が先頭になると、大きく後ろと差をつけた。そのまま、朝日のクラスが一位でゴールをした。

 ゴールテープを切る朝日の笑顔は憎たらしくて、それを見て喜ぶ霧江の姿に嫉妬した。


 ◇


 放課後、私は空き教室の前に居た。中には霧江と朝日が入っている。


『呼び出しちゃって、ごめんね。二人きりが良かったから…』


 ドア越しに聞こえる朝日の声はどこか緊張していた。

 少し、雑談を挟んでから本題へと移った。


『それで…あの、私、霧江くんのことが好きです。付き合ってください』


 何ともテンプレートな告白。それでも霧江は嬉しかったのだろう。その場で了承し、晴れて二人は付き合うことになった。

 私は泣き出しそうなのを堪え、二人にバレないよう音を立てずにこの場から立ち去った。


 とうとう二人は付き合ってしまった。

 私は一人寂しく帰路に着いた。足取りは重く、顔は下を向いている。

 空は曇っていて、そのうち雨が降ってきた。


「あ、雨__」


 鞄の中に折りたたみの傘があるのだが、出す気にならない。

 雨で体が冷えてきた。ワイシャツが体に張り付き、気持ち悪い。髪は濡れ前髪がおでこに付き、靴下は濡れて歩く度にぐちょぐちょとした感覚がする。



 そんな考えが頭をよぎった。

 その時、ちょうど橋に差し掛かった。川は流れが速く、茶色く濁っている。


 ここから飛び降りたら死ねるかも。

 私は橋の欄干に登った。視線が高くなり、恐怖が増す。

 飛び込むことを覚悟したその瞬間、雨で濡れた欄干に足を滑らした。


(格好つかないなぁ、私)


 浮遊感に包まれ橋から落ちていく。水面が近づき思わず目を瞑る。


「__うっ」


 叩きつけたような痛みがやってくる。勢いよく川の中に入ったため、高く水飛沫が上がる。

 川の中は冷たく、流れる水の音がうるさい。咄嗟に息をしようと口を開けると口の中に水が入ってくる。土の味がして舌に砂のようなザラザラした感触がする。水面に上がろうとしても、うまく泳げなくて上がれない。


 そのうち、息が続かなくなる。気道に水が入り苦しい。そんな状態が何分か続き、とうとう意識が途切れた。


 ◆


 この調子では長引きそうだね。私はいつでも見守っているから。


 ◆


 勢いよくベッドから体を起こす。上がった息を落ち着かせる。全身汗だらけで、今すぐにでもお風呂に入りたい気分だ。


 スマホで日にちを確認する。四月十日。戻って来れた。

 それよりも今は、溺死する苦しみから解放された事の方が嬉しかった。


 ◇


 前回に失敗したことは、クラス替えだ。霧江と朝日が同じクラスになったこと、私と霧江のクラスが別になったこと、これらが失敗の原因だと見る。

 そうなれば、やるべきことは一つ。系列選択で霧江と同じ系列を選び同じクラスになる確率を上げること。


 三回目の高校一年生。二回目と同じ流れのまま後期の系列選択の時がきた。


 霧江は前回、前々回ともに、進学系列を選んでいる。つまり、私も進学系列を選択すれば同じ系列になるということ。

 系列選択の希望調査プリントの進学系列を○で囲い、提出した。


 ◇


 二年生、始業式の日。私は霧江と一緒に登校していた。

 前回の私は、霧江と朝日のクラスが同じになることが憂鬱でうまく会話をできていなかった気がする。


「今年も、同じクラスになるといいね」

「うん、そうだね」

「そういえば、蒼が進学系列なんてびっくりしちゃった」

「それって、バカにしてる?」


 私の学力はあまり良い方ではない。三回も高校一年生をしてるのに、霧江の点数とそう変わらないのは少しショックだ。


「蒼ってあまり、勉強が好きじゃないイメージがあったから。どこか行きたい大学でもあるの?」

「いや、霧江と同じ理由だよ」


 霧江が進学系列を選んだ理由は、進路の幅を広げるためだ。

 行きたい大学が決まった時に、成績や学力が足りないのではもったいないと言っていた。霧江らしい真面目な理由だ。


 仮に私が素直に「霧江と同じクラスになりたいから」と答えると、「自分の行きたいところを選びなよ」と怒られてしまうだろう。


 そんな会話をしていたら学校に到着した。

 生徒玄関の前に貼られた名簿を確認する。

 前回は二年三組だった。しかし…、今目の前に貼られている三組の名簿に名前が載っていない。

 一組から、順番に確認していくと、二年一組に蒼深雪の名前が書いてあった。


「あった…。二年一組」

「蒼も一組?俺も一組だったよ」


 私の呟きに、霧江が反応する。

 心の中で、喜んだ。今、目に見えて歴史を変えることができたのだ。

 興奮を抑えながら、霧江と一緒に二年一組の教室に向かった。


 ◇


 新しいクラスになってからの自己紹介。

 私の出席番号は一番なので、私が先陣を切って自己紹介をする。


「蒼深雪です。一年間よろしくお願いします」


 簡潔に素早く自己紹介を終え、自分の席に着く。

 人前に出るのがあまり得意ではない私にとって、自己紹介は不要だと思う。自分が関わりたい人に自分から名乗って行けば良いだけだから。

 仮に自己紹介がなかったら、私の名前を知る人は霧江くらいだろうか。それほどまでに私は周りに興味がなかった。


「霧江優斗です。趣味はアニメを見ることです。よろしくお願いします」


 霧江の自己紹介。一年生の時のは三回くらい聞いていたが、二年生の自己紹介を聞くのは初めてだ。と言ってもあまり、内容は変わらないが。少し、一年生の時と比べて学校に慣れてきていると感じる。…ちょっと厄介ヲタクっぽいかな。


 クラスメイトの自己紹介を聞く中、望月朝日の自己紹介の時には少し睨みつけてやった。本人は気づいてないだろうけど。


 そんなこんなで、朝日も一緒だけど、霧江と同じクラスになることに成功したのであった。


 ◇


 放課後、霧江と一緒に下校していた。

 クラスが変わっただけで、こんなにも嬉しいなんて思わなかった。


「あのさ…蒼、」


 改まったように霧江が切り出す。


「どうした?」

「えっと、蒼に相談があるんだけど。誰にも言わないでね」

「言わないよ」


 そもそも言いふらす相手がいないことは内緒。


「好き、まではいかないけど気になる人?がいるんだよね」

「気になる人?」


 まさかとは思うがのことではないだろうな。

 だって、まだ話してた様子もなかったし…。


「同じクラスの__」


 待って、言わないで。嘘だと冗談だと言って。


「望月朝日さんなんだけど」


 終わった。どうして、いつもこうなるのだ。

 話してもないのに好きになったと言うことはつまり、霧江は朝日に一目惚れをしたということだろう。

 どうしたものか、本当に頭が痛い。


「どう思う?」

「うーん…」


 どう?と聞かれても、反応に困る。正直に言えば「ダメ」「嫌」だと答えれば良いのだが、そんな告白みたいなこと言える勇気なんてない。


「私も、あまり話したことがないからなぁ」

「そう…」

「相談なら乗るから、ね。がんばれ…」


 霧江の悲しそうな顔を見て、咄嗟に心にもないことを口走ってしまった。


 とはいっても、霧江は奥手な方だし、向こうから来なければ接点などないだろう。一先ずは、二人が接点を持たないように気をつけとけば良いだろう。


 ◇


 翌日、霧江と登校した私は、一旦授業の準備をするため別れた。

 その時のことだった。


「おはよう。霧江くん」

「え、おはよう。望月さん」


 朝日が霧江に挨拶をした。

 霧江も驚いた様子だったけど、次第に会話が弾んでいるように見えた。


 同じ教室にいるというのに、霧江が遠く離れたところに行ったような気がした。


 ◇


 朝日はアニメが好きらしい。霧江が楽しそうに話していた。

 おそらく、霧江が自己紹介でアニメを見ることが趣味だと話したせいで、朝日が霧江に興味を持ったのだろう。

 さらに私の妄想だが、前回は自己紹介が終わった後すぐに朝日は霧江に接触して、親睦を深めていったのだろう。今回は私が邪魔で、霧江が一人になる機会を伺っていたのかもしれない。


 これからどうしたら良いだろうか。二人で居るところを露骨に邪魔をするのは気が引けるし、私には霧江を引き止められるほどの何かを持っていない。


 二人の仲は順調に進んでいくのをただ見ることしかできないのであった。


 ◇


 学校祭の準備期間に入った。入学式から約三ヶ月が経った日のこと、HRで担任の口から告げられた。


 学校祭では、ステージ発表、アート作成、動画コンテスト、クラスTシャツ作りの四つが行われる。準備期間では、ダンスの練習やアート・動画・クラTの作成が行われる。


 要項を聞いた日の帰りのこと、霧江が口を開いた。


「学校祭の日、望月さんに告白しようと思う」

「え!?」


 いきなりのことで、思わず声が出てしまった。

 霧江が学校祭の日に告白するなんてことは、今までなかった。いずれも、告白をするのは、体育祭の日に朝日からだった。


「どう思う?」

「あー、うん。頑張って」

「うん!頑張るね!」


 霧江は無邪気な笑顔で喜んだ。その笑顔を向けられる、私の気も知らずに。


 ◇


 学校祭の準備で放課後残っていた時のこと。

 私と霧江は共に、アート作成の係で作業をしていた。ついでにステージ係の朝日も手伝いをしている。


 前回見た、朝日と霧江が楽しそうに作業しているところが過ぎる。


「霧江。私…、」

「一緒にやろう、蒼」


 仮病を使って帰ろうとしたところ、霧江の方から誘われる。


「え…、いいの?」

「もちろん」


 てっきり私は、好感度を上げるために朝日のところにいくものだと思っていた。


「それじゃ、パパッと終わらせて帰るか」

「そうだね」


 今日の日が永遠に続いて欲しいと思うのであった。


 ◇


 学校祭当日。準備期間で満足していたが、本番はここからだ。

 なんとかして霧江の告白を阻止する。


 事前に直接霧江から相談を受けた私は、霧江が告白する場所と時間を知っている。霧江に協力するフリをしながら、何とか邪魔をする。


 告白のタイミングは、三日間あるうちの二日目。学校祭の盛り上がりがピークになる日。部活の展示や有志の発表を自由に見れる時間に人の少ない教室で。


 私は、誰かが教室に入らないか見張りを頼まれた。

 二日目の自由時間、二人を会わせないようにするのが最善だ。


 ステージで開会式のセレモニーが行われている中、手汗の滲んだ拳を強く握りしめていた。


 一日目のスケジュールは、開会式とクラスのステージ発表。各クラス、五分間持ち時間があり、ダンスや劇を披露するのだ。


 霧江や私はステージに出ないので、当日の準備で忙しくなることはない。

 朝日はというと、部活仲間に誘われて一曲だけ踊るそうだ。霧江が笑顔で教えてくれた。


「楽しみだね」


 霧江の隣まで行って声をかける。


「そうだね、特に三年生のステージはどれも完成度高いから」

「去年のとか凄かったよね」

「本当に!もう一回見たいくらいだよ」


 私はすでに三回も見ているから、正直もう飽きている。


「望月さんも出るから、応援しないと」

「そうだね__」


 霧江は集中して他のクラスのステージを見ていた。発表中は私語は一切しないが合いの手は入れる。発表が終わるたび私に感想を楽しそうに話すのだ。


 そのうち、私たちのクラスの出番が近づき、着替えなどの準備がある人たちは一度体育館を出ていった。


「次はうちのクラスだね」

「望月さんどこで出るんだろ?」

「……」

「……」


 少しの間無言になる。告白のことを考えているのだろう。


「うまくいくかな?」

「大丈夫だよ、フラれたら私が慰めてあげるから」

「それは頼もしいなぁ」


 霧江は苦笑する。よく見ると手が震えており、手汗もひどい。

 そこまで真剣な霧江を見るのは初めてで、少し朝日に嫉妬する。


「告白は明日なんだから、今は学校祭楽しもう?」

「そうだね」

『次は二年四組の発表です』


 マイクで司会が話し始めると、霧江は前を向いた。


 ◇


 学校祭二日目。今日は保護者が来校してのステージ発表、その後に自由時間だ。

 流石に、もう一度クラスパフォーマンスを見る気になれなくて、教室で作戦の最終確認をしていた。


「教室に誰もいない時を見計らって、望月さんを呼び出す。そして、蒼は教室の外で教室に誰も入らないように見ておく」

「他に私が手伝えることはある?」

「大丈夫だよ、望月さんを探すのを手伝ってもらうくらいかな」

「そう__」


 私が先に朝日を見つけて、霧江に見つからずに朝日が帰ってくれるのを待つ。

 そんなことを考えながら、午後までの時間を過ごした。


 自由時間。手筈どおりに霧江と別れて朝日を探している。

 霧江は校舎全体と駐輪場。私は有志の発表が行われている体育館。

 霧江の方が量が多くて大変だと思うが、実際は殆ど人がいない校舎で人探しをするため難しいことじゃない。それよりも、人の多い体育館の方が大変だ。


 体育館に入ると入り口付近から全体を見渡した。生徒の大半はクラスTシャツを着ているため、どこのクラスか分かりやすい。

 見渡していると、私と同じクラスTシャツを着ている三人組を見つけた。朝日の髪は運動のしやすそうなポニーテールなので、後ろ姿でもわかる。


 そして、その三人組の中に後ろに髪を結えた朝日の姿があった。


 朝日の様子を見る限り、このまま友達と一緒に最後まで見るつもりだろう。

 私はもしかしたら朝日が体育館から出てくるかもしれないので、体育館入り口で霧江を待った。


 数分後、霧江が体育館の前まで来た。


「蒼、体育館にいた?」

「ううん、見当たらなかったよ」

「ほんとに?有志の発表を見ててあんまり探してないんじゃない?」


 揶揄う口調で霧江が言ってくる。


「俺も探すよ」

「大丈夫!ちゃんと見てきたから!」

「でも、体育館の中暗いし見落としてるかも」

「大丈夫だって!」


 そんな攻防をしている間に朝日が出てくるかもしれない。私としては、早くここから離れたいのだが__。


 そんなことをしているうちに発表が終わったのか体育館の方から拍手が湧き起こる。そして、数名の生徒が私たちの横を通り過ぎていく。


「__あっ」


 霧江が何かに気づいたようで声を漏らす。

 私も咄嗟に霧江の視線の先を見ると、体育館から出てきた朝日の姿があった。


「あの、えっと少し時間ある?」


 私のことを置き去りにして霧江は朝日に話しかける。


「大丈夫だけど__蒼さんはいいの?」

「すぐに終わるし、大丈夫だよ」

「うん__私も大丈夫だから」


 私も霧江に便乗して言った。

 そうして、二人が教室に行くのを見届けた。

 途中振り返った霧江の表情から「嘘つき」と言われているような気がした。


 ◇


 霧江に言われた通り、一応教室の前で他の人が来ないか見ていた。

 もちろん、教室の声も聞こえている。


 霧江は少し恥ずかしいのか、告白の前に雑談を挟んでいた。

 二回目で見た朝日の告白と重なる。


 もう嫌だ。そう思った時、階段から足音と話声が聞こえた。

 階段を登ってこちらに向かっていたのは同じクラスの男子たち。流れ的にこのまま教室に入っていくようだ。


「__あの!」


 これ以上霧江の期待を裏切りたくなかった私は、男子たちに声をかけた。


「何?」

「えっと」


 このまま、足止めをすれば霧江の中の私の株は元に戻る。

 しかし、霧江と朝日が付き合ってしまう。


「__?」

「何でもないです__」


 男子たちの視線に耐えられず、咄嗟にそう答えた。

 男子たちは止めていた足を再び動かし教室に向かう。


(まだ間に合う。今止めれば_)


『ガラガラガラ__』


 教室の扉が開き中にいた霧江、朝日と男子たちの目が合う。


「あっごめん邪魔した?」


 男子たちのリーダー格の一人が申し訳なさそうにいうとドアを閉めた。


 リーダー格の人がまだ同じ場所で立ち尽くしていた私に気づくと、さっき言おうとしたことを察したように「そういうことはちゃんと言えよな」と言うと階段を降りていった。


 結局、告白は横槍が入って不発に終わった。

 やってしまったと思う反面、心では良かったと安堵していた。


 教室から出てきた霧江は泣きながら私のところに来た。

 朝日が帰るまで泣くのを我慢していたようだ。


「どうして?」


 霧江は小さく呟く。その声は震えていた。

 怒りや悲しみの含んだ声に私は声を出せなかった。


「協力するって、良いと思うって言ってたのに」


 霧江を傷つけてしまった罪悪感で胸がいっぱいだ。


「蒼は僕のこと、嫌いなの?」

「__っ違う!」


 予想外の言葉に咄嗟に否定する。


「なら、なんで邪魔をするの!」

「それは__」


 『好きだから』なんて、口が裂けても言えない。

 もういっそう全て話せたらどれだけ楽だろうか。


「__しばらく、一人にして」


 霧江は私にそう言い放った。


 ◇


 霧江に嫌われた。その事実がじわじわと心にダメージを与える。


(もう、ダメだ)


 私は、フラフラとした足取りで屋上へ続く階段を登っていった。

 四階まで来たところで、足取りは止まった。目の前には鉄格子があり、屋上への通路を封鎖してある。

 人が一人、入れそうな隙間を通り、無理やり鉄格子を通った。


 屋上の前の踊り場は、掃除の手が行き届いていなく埃っぽい。

 ドアノブに手を掛けて、回した。


 意外にもこのドアには鍵が掛かっていなく、すんなりと屋上に入れた。

 屋上は苔生しており、足下の感触はあまり良いとは言えない。


 すぐにでも、この場から離れようと駆け足で淵まで向かい、勢いよく屋上から飛び降りた。

 私に気づいたのか、どこからか悲鳴が聞こえる。重力を感じながら、速度を上げて落下して、地面に叩きつけられた。


 ◆


 あぁ、これはだいぶ傷を負っているね。

 この先、大丈夫だろうか、少し心配だな。


 ◆


「おはよう深雪みゆき

「おはよう」

「ごめん。私、今日体調悪いから休む」

「そうなの?今日は入学式だし、無理してでも行った方が良いと思うのだけど」

「今日は無理そう。明日は行くから」


 そう言い残して、自室に戻った。


 ◇


 霧江と朝日が付き合うのが運命かもしれない。

 時間遡行について調べた時に出てきた説に、歴史を変えることができないというものがあった。

 少し変えることならば可能だが、大きな変化をもたらすことはできず、元の世界線と同じ流れになるということ。変えることのできない事象を運命と呼ぶならば、霧江と朝日は運命で結ばれているかもしれない。

 仮に運命だった場合、それを引き裂くようなことを私がしなければならない。でも、それは強引な方法をとるということで、霧江に嫌われかねない。

 自分で考えてて、頭が痛い。


 今後の方針としては、霧江を説得して二人で朝日の居ない情報系列を選択すること。その先のことはまだわからないけど、まだ時間はある。


 そう考えたところで、私は眠りについた。


 ◇


 次の日。入学式から一日経っての登校。

 霧江は先に行くと連絡が来ていたため、一人で登校した。


 学校到着。何回も繰り返してるので、クラス名簿を見ずに靴箱に向かった。

 そのままの流れで本来なら知るはずもない自分の教室に堂々と入っていく。


 そこで、


「おはよう、深雪。昨日は大丈夫だった?」

「えっと、隣の人だれ?」


 霧江の机にいる、髪の長い女子生徒を指をさし、尋ねる。


「望月朝日です。よろしくお願いします」


 ◇


 私は走った。学校のことなんて忘れて。

 行き場のない感情を抱えて。

 世界を、運命を、呪った。


「あああああああああぁぁぁぁぁ」


 顔を涙でぐちゃぐちゃにして、人の目なんて気にせずに走った。

 そして__、


 


 ◆


 今回は早かったね。…。しょうがないから私が変わって語るとしよう。


 ◆


 深雪は自分の部屋で目を覚ます。

 放心状態で、目に光が宿っていなかった。


 それから、深雪はまるで自動操縦AUTOのように学校生活を過ごした。

 何も宿ってない目で世界を見ていた。

 それでも、誰も気づかない。深雪の過ごした高校生活約五年間の記憶が今の深雪を作っていた。


 ◆


 深雪は万が一にお金が必要だった時の為に対策を用意していた。

 月に一度、行われている宝くじだ。大体、過去の宝くじの当選番号はインターネットで探せば出てくる。

 そして、六桁の数字を記憶していた。


 深雪が選んだ宝くじは、番号がランダムに決まっているものではなく、自分で好きな数字を選ぶもの。深雪はこれで、確実に大金が手に入ると考えていた。

 一等の当選金額は約二億円。クラスメイトに、こんな大金を持っている者は少ないだろう。


 深雪は宝くじを買い、記憶していた数字を書き込む。

 873714


 ◆


 宝くじの結果は一等。約二億円という大金が深雪のものとなった。

 しかし、換金に行くには未成年の場合、保護者の同伴である必要がある。


 深雪は別に隠す必要もなく、はなから両親にも分けるつもりだったので、両親に素直に当選したことを打ち明けた。

 換金したお金は二億を三人で割って、あまりは当選させた深雪のものとなり、おおよそ八千万円が自由に使えるお金となった。


 深雪は、軍資金を手に入れて、両親に一人暮らしをしたいと話した。

 本来、高校生で一人暮らしとなると、金銭的な問題が出てくる。しかし、今の深雪およびあおいには、宝くじで当てたお金があった。

 また、深雪は未成年であり、一人では家を借りることは出来ない。

 深雪は両親との相談の結果、市外でなければという条件と、月に一度は顔を見せるという条件で一人暮らしのアパートを勝ち取った。


 ◆


 ある日、深雪は優斗を家に招待した。


「ここが蒼の家?良いなぁ一人暮らし」

「良いでしょ。いつでも遊びにきていいからね」


 深雪はうまく自分を演じていた。その演技は優斗も気付けないほどに。


「部屋綺麗だね」

「一人だけだと少し寂しいけど、色々自由だよ」


 深雪は寂しいなんて感じていない。それどころか喜びも楽しさも嬉しさも感じていない。深雪に残っているのは、深い深い嫉妬だけだった。


「飲み物持ってくるから、そこに座ってて」

「気を使わなくても良いのに」

「いいんだよ、霧江はお客さんなんだから」


 深雪は台所に行き、戸棚からコップを二つ取り出す。次に冷蔵庫からお茶を取り出して注ぐ。同じくらいの高さまで注ぐとお茶を冷蔵庫に戻した。

 そして、ポッケから小さな袋を取り出す。袋を開け、中に入っていた粉を一つのコップに入れる。軽く指で混ぜると両手にコップを持ち優斗の待つ部屋に戻った。


「お待たせ。お茶でよかった?」

「大丈夫だよ、ありがとう」


 深雪は先ほど粉を入れた方を優斗に差し出した。

 優斗は何も警戒せずにそれを口に含む。


「このお茶、なんか味が違うね」

「そう?家によってパックとか違うからじゃない?」

「そうかな?でもなんか変な、味が…」

「大丈夫、霧江?」


 優斗はドサっと床に倒れた。幸いなことにカーペットのお陰で特にダメージはなかった。


 深雪は、笑った。不適な笑みで。

 それまで忘れていた、喜びという感情を再び取り戻したみたいに。

 まるでに勝ったかのように。


 ◆


 優斗が目覚めた。

 深雪のベッドの上で、手には手錠が繋がっており、身動きがとれない様子だ。


「手錠?どうして?」

「私がつけたの。霧江が寝てるうちに」

「なんでそんなことするの?」

「霧江のこと好きだからだよ」


 言った。ついに言ってしまった。

 今までの深雪が一度も優斗に向けて言えなかった言葉を。

 これまで、深雪が口にできなかったのは、優斗に振られるのが怖かったから。でも今は振られるとか関係無しに、監禁というそれ以上の行いをしているから。


「蒼が俺のことが好き?どうして?」

「好きになったきっかけ?だいぶ前のことだから覚えてないなぁ。そもそも、明確なきっかけって無かった気がする。好きと自覚する前から霧江のことが好きだった」

「…俺を縛ってるのはどうして?」

「逃げられないようにする為。別に霧江に痛いことしようとか考えてないから安心して」

「……」


 優斗は考えるように目を瞑る。


「やっぱり分からない」

「何が?」

「どうして、ここまで好いてくれるのか。中学の時はこんなことするような人じゃなかったのに」


 深雪が優斗を溺愛している理由。理由の一つに、ここまでの頑張りを無駄にしたくないという想いがある。何回も何回もやり直して、振り向かせようとして、諦めが付かなくなっているのだ。

 言うなれば、繰り返したことで深雪の愛が重くなったのだ。一回目の世界ではここまで優斗のことを好きではなかっただろう。


「そうだね、そうかもしれない。昔は睡眠薬や手錠なんて絶対に使わなかっただろうね」

「結局、蒼は俺をどうしたいの?」

「霧江には、私の愛に溺れて欲しい。私だけを見て欲しい」

「その後はどうなるの?」

「私と霧江が結婚してハッピーエンドを迎える」

「馬鹿げているよ。こんなことして俺が蒼のことを好きになると思う?」


 優斗は挑発的に話す。


「少なくとも、こんなことをしなきゃ振り向いてもらえないとは思ってるよ」

「……」


 会話はここで終了した。


 ◆


 次の日。この日は土曜日で、学校は休みだった。


「霧江、朝ごはん作ったよ。手使えないだろうし、あーんしてあげるね」

「いらない」

「そう、意地張ってないで」

「……っ!?」


 深雪が無理やり、優斗の口にごはんを入れる。


「どう?美味しい?」

「……」


 優斗は何も言わなかった。深雪が愛想を尽かすように、わざとそうしているのだ。


 ◆


 月曜日。深雪は優斗を家に残し学校に登校した。もちろん、しっかりと鍵を閉めて。

 優斗の手錠は不便だからと、部屋の中を自由に回れるように首輪のみをつけてきた。家から出られないが、トイレや台所には行けるほどの長さだ。


 深雪は登校中、ふと鍵を見る。

 キーホルダーには二つの鍵がついていて。一つは家の、一つは優斗につけた首輪の鍵。

 深雪は家から離れても鍵を持ってるだけで安心した。心が安らぎ、気持ちが晴れやかになるのだ。


 ◆


 学校。深雪のクラスは優斗が風邪で休みそれ以外は普通のクラスだった。

 誰も、優斗が監禁されているなんて思わない。それほどまでに、平和な日常に染まってしまっているのだ。


 休み時間。深雪は朝日のクラスを覗いた。

 いつも通り、友達二人と話す朝日。深雪はそれを見て呑気なものだなと、拍子抜けとも似たような安堵を覚えた。


 ◆


 数日経った。優斗のことで疑問を持つ人も出てきた。


「ご飯の時間だよ。霧江」

「…」


 優斗は返事をしない。最近はずっとこんな感じだ。

 監禁に対するストレスか、精神が病んでしまったのか、深雪に対する当てつけなのか、深雪には判断できなかった。

 それでも、優斗の手や首にできた痣が解放して欲しいことを物語っていた。


「しょうがないなぁ」


 深雪は優斗の口にご飯を入れる。差し出せば食べてくれる。それだけで、深雪の心は満たされてた。


「こんな、こと…」


 優斗が久しぶりに口を開く。その弱弱しい声に深雪は耳を傾ける。


「こんなこと…もう、やめてよ。一緒に、学校に…行こう」

「__っ」

「蒼の、気持ちは…、十分わかったから。別に口外するつもりもないからさ_」


 深雪はもう、戻れないところまで来ていた。取り返しのつかない事だとわかっていた。

 それでも、深雪は心に蓋をした。悪行に目を瞑り、優斗を自分のものにするという目標、野望を叶えるために。


 深雪は勘違いをした。これまで望まぬ結末を迎え続けた精神へのダメージがそう思わせていた。

 優斗が学校に行きたがっている=朝日に会いたがってる。

 おかしなメンヘラ思考だが、今の深雪はそんなふうに受け取ってしまった。


「だめだよ。行かせないよ。アイツに会わせるわけないじゃん」

「…蒼」

「私だけ、居ればいいじゃん。他の誰もいらないよ」

「……。俺は、そうは思わないよ」

「……!」


 霧江の言葉で深雪は気づいた。

 『もうどうやっても、霧江は私のものにならない』

 それならばと深雪は開き直った。


 ジリジリと霧江に近づいた。


「どうしたの蒼。怖いよ」

「霧江は、霧江は__、」


 深雪は周りが見えてないようで、ただ小さく優斗の名前も呟いていた。

 優斗の前まで来てようやく、その呟きは止んだ。


「蒼?」


 疑念と不安の混じった目で優斗は深雪を見る。

 次の瞬間。


「……、ん!?」


 深雪は優斗に口付けをした。逃がさないように、顔を掴んで。


「ぷはっ。なんで…?」

「もう、気持ちなんてどうでもいい。私しか見れないようにさせてあげる」


 深雪はもう一度、霧江にキスを迫った。


「ちょっ、何するつもり!?」

「霧江は大人しくしてて、すぐに終わるから」


 深雪は後先なんて考えてられなかった。今後どうなるか、なんて頭の中にはなかった。

 ただ、今の目の前のことだけが頭の中にいっぱいだった。目先に自分の欲望を満たせる人がいるのだと。


?】


 声が聞こえた。挑発的な話し方で嘲笑っているかのような。深雪自身の声。


 ◇


 夢から覚めたような、気だるさを感じる。

 目の前に霧江がいる。目には涙を浮かべ、私のことを怖がっているように見える。


 今まで自分のしていたことを思い出す。

 霧江に薬を盛って、監禁して、無理やり口付けして、未遂とはいえ霧江のことを……。


「違う。そんなつもりじゃないの!」


 霧江に対する申し訳なさと、自分の犯した罪を自覚する。


「霧江ごめんね?」


 霧江は何も返さない。ただ、私を怯えながら見つめていた。


 とりかえしのつかない事をした。どんなに謝っても許されることでは無い。

 改めて、私のせいで霧江がこんな姿になっていると思うと心が痛い。


 フラフラとした足取りで台所へ向かう。

 戸棚から包丁を取り出し、霧江のいるリビングに戻る。


「ごめんね、霧江。ごめんね。次は絶対こんな事にはしないから」

「何を……」


 私は霧江に謝りながら自分を刺した。

 恐怖に染まる霧江の顔を見ると、自分の犯した罪への責任をより重く感じた。


 ◆


 見てられなかったな。あの助言は私の為になっただろうか。


 ◆


 目が覚めた。実家とも呼べる自分の家を妙に懐かしく感じる。


 普通でいなければならない。

 霧江を傷つけないために、自分が間違いを起こさないように。


 ◇


 入学式、登校時。


「友達できるかな?」

「霧江ならすぐに、馴染めるよ」

「そうかな?蒼は大丈夫?」

「私は別にぼっちでもいいよ。慣れてるし」

「良くないよ。蒼に友達ができなくても、俺は友達だからね」


 普通に、普通に…。


 ◇


 二年始業式、登校時。


「今年も、同じクラスになるといいね」

「うん、そうだね」

「そういえば、蒼が進学系列なんてびっくりしちゃった」

「それって、バカにしてる?」

「蒼ってあまり、勉強が好きじゃないイメージがあったから。どこか行きたい大学でもあるの?」

「いや、霧江と同じ理由だよ」


 学校到着。


「あった…。二年一組」

「蒼も一組?俺も一組だったよ」


 下校時。


「あのさ…蒼、」

「どうした?」

「えっと、蒼に相談があるんだけど。誰にも言わないでね」

「言わないよ」

「好き、まではいかないけど気になる人?がいるんだよね」

「気になる人?」

「同じクラスの、望月朝日さんなんだけど」


 普通に、普通に…普通に。


 ◇


 学校祭準備期間、下校時。


「学校祭の日、望月さんに告白しようと思う」

「へー」

「どう思う?」

「あー、うん。頑張って」

「うん!頑張るね!」


 普通に、普通に…普通に普通に。


 ◇


 学校祭準備期間、放課後。


「一緒にやろう、蒼」

「いいの?」

「もちろん」

「それじゃ、パパッと終わらせて帰るか」

「そうだね」


 ◇


 学校祭一日目。


「楽しみだね」

「そうだね、特に三年生のステージはどれも完成度高いから」

「去年のとか凄かったよね」

「本当に!もう一回見たいくらいだよ」


「望月さんも出るから、応援しないと」

「そうだね」


 ◇


「次はうちのクラスだね」

「望月さんどこで出るんだろ?」

「…」

「告白、うまくいくかな?」

「大丈夫だよ、フラれたら私が慰めてあげるから」

「それは頼もしいなぁ」


「告白は明日なんだから、今は学校祭楽しもう?」

「そうだね」


 ◇


 学校祭二日目、午前。


「教室に誰もいない時を見計らって、望月さんを呼び出す。そして、蒼は教室の外で教室に誰も入らないように見ておく」

「他に私が手伝えることはある?」

「大丈夫だよ、望月さんを探すのを手伝ってもらうくらいかな」

「そう__」


 午後。


「蒼、体育館にいた?」

「あそこの三人組。髪の長いのが朝日_じゃなくて、望月さんだと思うよ」

「ありがとう、蒼。行ってくる」

「うん」

「後はお願いね」


 教室前。

 男子のグループが教室に近づいてきた。


「__あの」

「何?」

「教室今使ってるから、入るならもう少し待ってくれない?」

「スマホ取るだけもダメ?」

「まぁまぁ。わかった出直すよ」

「ありがとう」

「一つ聞いていい?」

「何?」

「どうして、?」


 男子のグループは去っていった。

 グループのリーダー格が聞いた質問に私は苦笑いで返すしかなかった。


『俺と付き合ってほしい』


 ドア越しに聞く霧江の告白。何で相手が私じゃないのだろう。


『私で良ければ』


 良いわけがない。絶対に認めたくない。


 もう限界だった。霧江を傷つけないように、いつも通りに接しながらも、慎重に話していた。

 普通を演じて、霧江に嫌われないように協力して、それなのに、見返りの一つもない。残るのは、いつも通りの結末だけ。


 もう嫌だ。こんな運命は間違っている。私こそが霧江に相応しいのだ。

 何で、いつもこうなる。どうして?


 原因なんて最初から分かってる。望月朝日だ。

 あの女がいるから、私と霧江が付き合えない。この女の所為でいつも酷い目に遭う。あの女の所為で、あの女の所為で、あの女の所為で__っ!


 ■してしまおう。


 最初から、そうすればよかった。あの女さえいなければ、私は霧江と結ばれるのだから。


 ■してしまおう。


 運命なんて死んでしまえば意味はない。


 ■してしまおう。


 もう、何もかもどうでも良い。この女が消えてくれるなら。



 数日後、深雪みゆき朝日あさひを呼び出した。


「私に何の用?『誰にも話さず一人で来い』ってちょっと怖いよ」

「あーごめんね。それで、此処に来るって誰にも言ってないよね」

「一応、書いてある事は守ったけど」

「ありがと。それで、本題なんだけど__、」


 深雪は持ってきた鞄の中を漁る。


「少し目を瞑って、手を前に出して」

「何で?」

「良いからやってよ」


 朝日は深雪の言う通り、目を瞑り、両手を前に出した。


「で何するの?」

「お楽しみ」


 深雪は朝日の手に手錠をかける。


「目開けていいよ」

「うん…、って何これ!?」

「手錠」

「どうして手錠をつけたの?外してよ」

「だって、暴れられたら手に負えないもの。そのうるさい口も塞ぐね」

「んー!」


 深雪は鞄から取り出したガムテープを適当な大きさに切り、朝日の口に貼った。


「やっと、大人しくなった。ふふふ、あはははははは」


 深雪は不適に笑う。その不気味さに朝日は恐怖を感じる。


『ガタッ』


 ドアの方から音が聞こえた。少し隙間が開いている。

 深雪はドアの方に向かい、勢いよく扉を開いた。


「霧江…」

「蒼_、何して…?」


 深雪は優斗の手を引き教室の中に入れ、扉閉めて鍵を掛ける。


「大人しくしてて、直ぐに終わるから」


 優斗は腰を抜かして動けなかった。

 深雪は再び鞄を漁り、ナイフを取り出した。

 そのまま、「んー、んー」と唸ってる朝日の元に近づく。


「何する気なの?蒼…」

「■すの」

「__っ!ダメだよそんなこと!」

「なら、止めたら?」


 ナイフの持ち手を優斗に向ける。


「どう、いうこと?」

「私を■して、大事な彼女を助けたら?」


 深雪は優斗にはそんな事は出来ないと確信していた。

 しかし、優斗はナイフを奪った。


「!?」

「これで、蒼は何も出来ない。大人しく諦めて」

「はぁ。なら、そのナイフを奪い返すだけ」

「何でこんなことするんだよ」

「ほら、助けたいなら私を刺しなさい!」

「……」

「出来ないでしょ。大人しく見ててよ」


 優斗に一歩づつ近づく。優斗は俯いたまま動こうとしない。


「ほら、ナイフ返して」

「ごめんね、蒼」


 ナイフの先端が深雪の腹に刺さる。


「なん、で__?」

「勘違いしてほしくないから言っておくけど、朝日だけじゃなくて、深雪も助けるためだよ」


 震える声で話す優斗の目には涙が浮かんでいた。


 ◇


 霧江に刺された。その事実があまりにもショックで、痛みなんて気にしてられなかった。


 瞬間、頭の中に大量の情報が流れ込んできた。

 私は、涙を流しながら口を開いた。


「ごめんね、霧江。ありがとう」


 先ほどまでとは人が変わったかのように、落ち着いた雰囲気で喋った。

 そうして、私の意識は途切れた。



 ◇◆◇



【お疲れさま。どう?楽しかった?】

「見てたから分かるでしょ?


 辺りは真っ白な空間で、目の前にはわたしが立っている。


 霧江に刺された時に、大量の情報が流れ込んできた。

 この繰り返していた世界がだということ。すなわち、偽物ということ。そしてこの私もオリジナルではない。

 そして、本体のわたしは現在、病院で寝ていること。


 順を追って話そう。私が一回目と思っている世界の私は。車に撥ねられ、意識を失い、病院に運ばれた。

 そして、重症を負ったわたしは後遺症で記憶喪失になってしまうのだ。


 そんなわたしが、霧江を諦めるために作った世界、それが私が繰り返していた世界だったのだ。


【霧江は諦められた?】

「どうだろう?でも、これ以上迷惑はかけられないな、って思ったよ」

【そう。それも考えの一つだね】

「一つ聞いていい?」

【何?】

「あの世界はあなたが操っていたの?」

【そうだね。私が諦めるように、不確定な要素は全てわたしが判断して、確実なものにしていた。例えば、朝日と霧江が付き合うのは何度繰り返しても変えられない運命にしたのもわたしだ。まぁその結果、何度も死んで繰り返す怪物が生まれてしまったのだけれど】


 わたしは肩をすくめ呆れたように笑う。


【もうそろそろ、目覚めるよ】

「私たちはどうなるの?」

【もちろん消えるよ。仕方のないことだけど】

「寂しいな、もう霧江に会えないのか__。」

【しょうがないよ。後は新しい私に任せよう】


 自分の身勝手な行動で色々酷いことして、ごめんなさい、霧江。

 そして、何もわからないまま残りの人生を預けちゃって、ごめんね、頑張ってね、新しい私。



 ◇◆◇



 目を覚ますと、見知らぬ天井があった。

 私は、清潔感のある白いベッドに横たわっている。

 腕には注射が刺されており、ベッドの隣には点滴が立っている。


「ここは__」


 体を起こして部屋を見渡す。病室だ。

 どうしてここにいるのだろうか。思い出そうとした時、不意に頭痛がした。頭を触ると包帯が巻かれていることが分かる。


『コンコン』


 病室の扉にノックがかかる。

 声を出そうとしたところで扉が開く。私の体調を確認しに来たであろう看護師と目が合う。

 彼女は数瞬固まった後、慌てて廊下を駆けていった。


「……」


 何となく、外の景色を見る。夏本番で日差しが眩しい。

 緑が生い茂り、空が綺麗に澄んでいる。とても気持ちの良い天気だ。


 ふと、涙がこぼれ落ちた。


 しばらくすると、廊下から足音が聞こえ扉にノックがかかる。


「どうぞ」


 今度はちゃんと声を出せた。

 扉が開き、私と同じくらいの年齢の男の子が入ってきた。

 心配そうな顔をしている彼は、ゆっくりと一歩ずつこちらに近づいてきた。


「__蒼」


 彼はベッドの横まで話しかけてきた。


「俺が分かる?お母さんは仕事で来れないからって俺が代わりに来たんだ_夕方には来れそうだって」

「あおい__?」


 聞き慣れない名前を呟く。


「蒼深雪!君の名前だよ!」

「そう、私は深雪というのね。あなたの名前は?」


 彼はひどく悲しそうな顔をする。


「霧江、霧江優斗だよ__」


 今にも泣き出しそうな霧江くんは、色々と教えてくれた。


 私たちは小学校からの付き合いで、今も同じ高校に通っていること。

 私は三年になってから不登校になっていたこと。

 私が交通事故に遭ったこと__。

 そして、私が記憶喪失になっていること。


 彼は話している最中にボロボロと涙をこぼしていた。それほど、蒼深雪のことが好きだったのだろう。

 そんな彼を見ていられなくて、抱きしめた。


「ありがとう、心配してくれて」


 今の私にできるのはこれくらいしかない。記憶が戻れば、霧江くんは安心するのかもしれない。

 でも、今の私に記憶はない。ポッカリと空いた穴の中には霧江くんとの思い出があったはずだ。それを何一つ思い出せない。


(何をしているんだよ、昔の私。彼を悲しませるなんて)


 この先、記憶が戻らないかもしれない。大人になった時、学生時代の事を話せないかもしれない。それでも、私の事を心配してくれた彼、霧江くんの事はずっと覚えていたい。

 案外、直ぐに記憶が戻って来るかもしれない。その時、私は霧江くんに「おかえり」と言って貰えるのかな。その時は今の私はどうなってしまうのだろうか。

 そんなこと考えたところで、どうにかなる訳ではない。今はただ、泣きじゃくる彼を支えるのが、私にできる精一杯なのだから。


 ◇


 繰り返すデッドエンドは終わりを迎える。終わりがないように思えた深雪の物語に、終わりを告げるエンドロールが今、流れ始める。

                                 終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

デッド・エンド・ロール 無口 @tetunomikado

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画