第1章 第6話 少年の世界での戦い

第28話 さとるくんの世界

「ん…」


倦怠感を感じつつ、倒れている影山は微かに目を開けた。そして、意識がはっきりしてきて、周りを見渡した。


「学校…?」


影山がいたのは見たことがない学校の廊下だった。影山がとなりを見ると自分と同じく倒れている冬野を発見した。影山は体を起こし倒れている冬野に近づき、体を揺すった。


「冬野、大丈夫か?」


「ん…影山くん?」


冬野は目を開け、起き上がった。そして、周囲を見渡し、先ほどまでいた街の光景とは異なり、知らない校舎にいることに気がついた。


「私たちさとるくんに連れてかれたんだよね?」


「うん。学校に見えるけど、ただの学校じゃないと思う」


廊下の窓から外を見ると、空は真っ黒で夜中のように見えるが、よく見ると違うことに影山は気づいた。空に星がない。雲もない。つまり、黒いただの天井なのである。まるで、黒い箱の中に学校があるような感じであった。


「なんか変な学校だね。電気もついてないし、外も暗いっていうのになぜか周りを認識できる明るさはある。逆に不気味な感じがするかな」


冬野の言う通り、周りは照明となるような電気や月明かりもないのに空間を把握できるくらいには明るい。不可思議な空間であった。


「これが、さとるくんの妖術なのかもな。自分の作った学校に人を閉じ込める能力」


「さとるくんの世界ってやつだね」


「この世界については後で考えるとして、まずは大貴くんを探そう。この校舎のどっかにいるはずだ」


「そうだね。それと、気になることがあるんだけど…」


「どうした?」


「私たち以外に妖気を感じない。さとるくん、この世界にいないのかな?」


影山と冬野はこの世界に入ってからさとるくんであろう大きな妖気は検知されなかった。基本的に妖怪は妖気を発しているため、妖気をコントロールできる者であれば付近50mほどであれば探知することができる。


「たぶん、自分の気配を隠してるんだな」


「妖気って消せるの?」


「全く消すことはできないけど、小さくすることはできるよ。というか、冬野はやったことないの?」


影山の問いに対して、冬野は頷いた。妖気を小さくする方法は影山は花子から教わっているが、戦闘慣れしている花子が知っていただけであまりメジャーなことじゃないのかもしれないと影山は思った。


「妖気の最小化は隠れて行動するときに役に立つから、今教えるよ」


「うん。お願い」


「妖気のコントロール自体は幽術を使えてるから大丈夫だよね?」


「うん。それは大丈夫だよ」


「そしたら、その妖気を自身の身体に押さえ込むようにしてみて。それで、自分から発せられる妖気を小さくすることができるから」


「わかった。やってみる」


冬野は集中し、自身の妖気をコントロールする。そして、発せられる妖気は小さくなり、ほとんど感じられなくなった。


「流石冬野。すぐにコツつかんだな」


「楽勝だよー、こんなの」


ニコッと笑う冬野。相手がどこにいるのかわからない状況であるため、影山も自身の妖気を小さくし、隠密に2人は校舎を歩き始めた。敵に見つからないよう、静かに一つ一つ部屋を確認していく影山たち。ある教室に入り、冬野はコソッと影山に話しかけた。


「私たちすんなりこの世界にきたけど、さとるくんは私たちがこの世界に来てることを知ってるはずだよね?」


「と思うけど、それがどうかした?」


「私たち、何で無事なのかな?すぐに殺しに来ない理由がよくわからないなと思って」


さとるくんは影山たちだけでなく、他の被害者もわざわざさらっている。その場で殺すことができるくらい強い実力があるにも関わらずあえてさらっているというのが事実である。


「たぶん、楽しんでやってるんだろうな」


「どういうこと?」


「獲物を捕らえることが好きなんだよ。例で言うならここの学校は虫かごで、俺たちはその捕らえられた虫っていうね」


「じゃあ、すぐに殺さないのは…」


「好きなタイミングで殺せるようにしてるんだよ。どうせ逃げられないっていう自信があるんだろうな。だから、俺たちを探す必要がないと思ってるのかも」


「そっか。さとるくんを倒さないと帰ることもできないもんね…」


この世界からの脱出方法で最難関なのが、この世界の創造主であるさとるくんを倒すことである。しかし、影山は別の脱出方法について少し考えていた。


「さとるくんを倒さなくても脱出できるかもしれない」


「え、何か他の方法あるの?」


「確証はないけど、ここが学校ならあるいは…」


「学校なら何かあるの?」


「ああ。トイレがある」


「…まさか、花子さんを呼んで移動するってこと?」


「そうそう。そういうこと」


花子の妖術はトイレであればどこにでもワープできる。さとるくんの世界にもトイレがあれば、ワンチャン花子を呼び出すことができる。


「大貴くんを見つけて、代行から巡礼者の情報を得られたらすぐ脱出する。それが、今回の目的だ」


(欲を言えば巡礼者代行をこの手で倒したいけどな…)


巡礼者への復讐が影山の目的。そのためにずっとガイストで依頼が来るのを待っていた。しかし、いざとなって依頼が来てみれば、実力が足りなかったという弊害が立ちふさがる。影山にとって何ともいえない悔しさがあった。


(今は依頼人を助けることが優先だ。それにしてもどこにいるのか…)


影山と冬野は大貴くんを保護するために校舎を巡る。2階を一通り見終わった影山たちは3階に上がり、廊下を見た。そして、2人は廊下の光景を見て戦慄した。そこには、人を引きずったのか、廊下に血の後がべっとりとついていた。その血は、3ー2と書かれた教室の扉の前で消えていた。影山と冬野は互いに額に冷や汗を流しながら、顔を見合わせる。恐る恐る2人は扉に近づき、影山が扉を開いた。


そこには、上半身と下半身が真っ二つになっている2人の成人男性の遺体があった。


「この2人、滅幽会だね…」


「だな…」


殺されている2人の格好が黒装束であることから、滅幽会の人間であることは間違いなかった。行方不明となっている2人がまさにこの人たちなのであろうと影山と冬野は思った。念のため中に入り、大貴くんがいないか確かめるが、いなかった。影山と冬野はとなりの教室へと移動し扉を開けると、そこには残酷に殺された少女の遺体があり、影山と冬野は思わず顔を背けた。


「酷い、なんてことを…!」


少女は手足バラバラにもがれていた。苦痛の表情から察するに生きたままもがれたのであろうと影山は分析した。影山と冬野は教室内を探索するが、大貴くんはどこにもいなかった。バラバラの死体に2人は手を合わせ、教室を出ていった。


「とんでもないくそ野郎だな。さとるくんは」


「だね。絶対に許せない…!」


残酷に殺された死体。さとるくんを退治したいという2人の思いが強くなる。しかし、2人の実力では勝てないというのが事実であった。その事実に影山は何ともいえない悔しさを感じつつ、次の教室に入った。そこには、死体などは特になく、いたって平凡な教室であった。影山と冬野は教室に入り、大貴くんを捜索する。


「大貴くん、いたら返事をして。助けに来たよー」


声を出して捜索する冬野。しかし、大貴くんはここにもいなかった。


「ここもダメだね…」


「何か効果的な探し方があればいいんだけどな…」


「すごい怖い思いしてるよね大貴くん。たぶん、あの死体も見てるだろうし」


小学生の大貴くんがあのバラバラ死体を目撃し何を思ったか、それは間違いなくトラウマになるほど強烈な印象を残すことになっているのは容易に想像できた。


「あの死体を見てるなら、心情的に教室には居たくないと思う。それと、隠れるならできるだけ物がたくさんある場所がいい思うから…」


「例えば、倉庫とか…?」


「可能性は高いと思う。思い付くとしたら体育館の倉庫かも。行ってみよう」


「うん」


影山と冬野は一階まで降りて、体育館に向かった。入り口を開けて入ると、特に変わったところのない体育館の内装であった。影山と冬野は体育館の倉庫らしき扉を見つけて、扉を開いた。中には跳び箱やボール類を入れているカゴ、複数のマッド。その他体育で使いそうな用具がぎっしりとつまっていた。


「この中に大貴くんいるかな?」


「おーい、大貴くんいたら返事をしてくれ。お母さんに頼まれて助けにきたよー」


影山がそう言うと、一瞬跳び箱がビクッと動いた様子を影山は目撃した。恐る恐る跳び箱を開けると、中には涙を流しながら身体を震わしている少年がいた。


「大貴くんかい?」


「…ひぃ、助けて…」


怯えた表情で話す少年。そんな少年に冬野は優しく頭を撫でた。


「もう大丈夫。怖くないよ」


優しく撫でられた少年は徐々に影山と冬野が敵ではないことを認識する。そして、影山が飛び箱を避けて少年を中から出すと、すぐに冬野に抱きつき、泣き始めた。そんな少年を見て冬野も抱き締め、頭を撫でた。


「怖かったね。でも、もう大丈夫だよ。お姉ちゃんとお兄ちゃんが守ってあげるから」


優しく安心させるように冬野が言うと、少しずつ少年は泣き止み始めた。そして、影山はしゃがみ

少年の肩をトントンとした。


「君が大貴くんでいいんだよね?」


問われた少年は頷いた。


「他に子どもは見なかった?君だけかい?」


「僕だけ…」


「…わかった。そしたら、すぐにここを出よう」


影山と冬野、そして、大貴くんは体育館の倉庫から出ていった。体育館を出ようと入り口の方へと向かっていると、突如入り口の方から妖気を影山と冬野は感じ取った。


「妖気!さっきまでなかったのに!」


「待った。この妖気、まさか…」


体育館の扉が開き、そこにいたのは花子であった。


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