第27話 ようこそ、ぼくの世界へ
ガイストを出た影山は住宅街を歩いていた。影山の目的地は電話ボックス。昔からある電話ボックスの場所を知っている影山はさとるくんの検証をするためにそこに向かっていた。
(さとるくんを呼び出して消えたとなると、考えられるのは別の場所に連れていかれた可能性がある)
その場でさとるくんによって殺された場合には死体が残る。しかし、依頼人の息子大貴は完全に姿を消している。つまり、花子の妖術のように、さとるくんは別の場所に人を移動させる能力があると考えられる。
(あくまで予想だが、これが当たってるなら検証によって俺も別の場所に連れていかれることになる。そうすれば大貴くんを助けられる。それに、さとるくんと直接対面できる機会を作れる)
対面の機会。すなわち、巡礼者について聞き出す機会である。影山が電話ボックスを発見し、早速中に入ろうとすると冬野が「ちょっと待って!」と言ってやってきた。
「冬野、追いかけてきたの?」
「そうだよ。急に出てくから心配でさ」
「俺のことは気にしなくていい。冬野は帰ってバイトの続きしててくれ」
「そういうわけにもいかないよ。影山くん、さとるくんに電話かけるつもりなんでしょ?」
「…だったらどうする?」
「なら、私もやるよ」
「は?」
「私も手伝う。私もガイストのメンバーで、影山くんの友達だから。それに強い妖怪と戦うなら人手は欲しいでしょ?」
「でも、冬野を危険な目に合わすわけには…!」
「影山くんが1人で行った方が危ないに決まってるでしょ!」
普段見せない冬野の大声に影山は少し怯んだ。そして、冬野は影山に近づき、胸のところに軽く拳を叩きつけた。
「影山くんは絶対に死なせないし、私も死なない。2人で無事に終わらせて、いつもの日常に戻るんだよ。それが最高でしょ?」
「…だな。俺が間違えた」
影山は今までの人生自分から人を頼るという経験はあまりなかった。コミュ障である影山は自分から話しかけられないのもあるが、頼って相手が不利益を被るのであれば、それは影山のせい。母が死んだのもそのせい。影山はそれを見たくなかったのだ。であるならば、自分1人でやろう。今までずっとそうしてきた。しかし、目の前の少女の強い意思に影山の心境は少し変わった。
(誰かが傷つくのはもちろん嫌だ。でも、巡礼者を倒すには俺1人だけじゃ無理だ。だから…)
影山の脳裏に浮かび上がる1人の少女、花子の姿が浮かんだ。
(花子は苛められていた俺をいつも守ってくれていた。それに、妖怪に襲われたときも。俺に戦い方を教えてくれたのも花子だ)
影山は冬野の台詞も思い出す。「影山くんは死なせない」と。強い少女の2人の意思。それを知り、影山が思ったこと、それは誰かを巻き込むのを避けるのではなく、大切な人を守ることが重要なのではないかと。
(俺をいつも守ってくれていた花子のように、俺を友達として大切に思ってくれている冬野のように、俺も大切な人を守れる存在にならなきゃならないんだ。それが、俺にとって必要なことだよな)
そう思った影山は強い意思で冬野と心から向き合った。
「俺も冬野を守る。だから、力を貸して欲しい」
「もちろんだよ」
冬野は笑い、返答した。その表情に影山は安心した。
「じゃあ、早速やってみる?さとるくんの検証」
「だな」
気持ちを切り替え、まず、影山から電話ボックスに入った。10円を取り出し、自分のスマホに電話をかけた。当然自分のスマホに着信がきたのでタップして会話状態にし、影山は「さとるくん、さとるくん、おいでください」と唱えた。あとは電話を切って、影山は冬野とチェンジした。1分ほどで冬野も出てきた。
「これで準備OKだね」
「あとは電話が来るのを待つだけか。とりあえずガイストに帰ろうかな。仕事中に抜け出しちゃったし、店長に謝らないと」
「そうだねー。それじゃあ、戻ろっか」
と冬野が言った瞬間。2人のスマホが同時に鳴り始めた。2人は顔を合わせ、息を飲んだ。
(24時間以内って話だけどいくらなんでも早すぎじゃないか?まるで俺たちの電話を待ってたみたいじゃないか…?)
恐る恐る影山はスマホの画面をみる。着信は非通知から。影山は電話を出て、「もしもし」と話した。
「ぼく、さとるくん。今、桜陵高校にいるよ」
幼い男の声。そして、影山の通っている高校の場所だけ言い残すと電話は切られた。同じく電話に出ていた冬野の方を影山は見た。
「冬野、どうだった?」
「さとるくんから。今桜陵高校にいるって…」
「俺も同じだ。さとるくんは俺らに同時に電話かけてきたってことか」
「そうみたいだね…」
なんとも薄気味悪い電話に2人はスマホの画面を眺めた。すぐに電話を来ないことを確認すると、影山と冬野はガイストに向かって歩き始めた。
「どうする影山くん、店長に報告する?」
「一応した方がいいかもな。たぶん怒られるけど」
止められているのに勝手にさとるくんの電話をしたことに関して影山は後悔していない。ただ、九十九に怒られるとなると、連絡するのはあまり気が乗らないが、何かあったときのために連絡をしといた方がいいと影山は思った。
早速電話をしようと、九十九のLINEを探していると、唐突に非通知の電話の画面に変わった。さとるくんからであるのははっきりとわかった。影山はすぐに電話を出た。
「ぼく、さとるくん。今O公園にいるよ」
ガチャっと電話が切れた。冬野にも電話が来ていて、2人は互いに顔を見た。
「どこにいるって言ってた?」
「O公園。近いね」
O公園は影山たちが今いる場所から歩いて15分ほどで行ける場所である。桜陵高校がここから1時間ほどの距離があることから、かなりの早さで近づいて来ているのは明確だった。
「とりあえず、店長に電話する」
「うん」
影山は九十九にすぐ電話をした。すぐに九十九は電話に出た。
「おう、バックレ野郎。今、何してるんだ?」
「さとるくんに電話をかけて、今ガイストに戻ってます」
「そうだろうと思ったよ。ホント言うこと聞かねえ馬鹿だなお前は」
「すいません。でも、どうしても俺がやりたいんです。今回の依頼」
「わかったわかった。てか、電話かけてるならもう怒っても無駄だしな。どうせ雪も電話かけてるんだろ?」
「はい」
「だったらお前らと連絡とれなくなる前に助言しとく。さとるくんと全力で戦わないで逃げろ」
「逃げろ?それは勝てないからですか?」
「それもあるが、代行が1人じゃない可能性があるからだ」
「代行がたくさんいるってことですか?」
「ああ。全国で起きてる被害規模からして4、5人はいると俺は考えてる。お前らが連れてかれた場所にさとるくん以外の強い妖怪がいる可能性もある。仮にさとるくんを倒せたとしても強い妖怪が他にいた場合間違いなくお前らは殺される」
「…なるほど」
「だから得られる情報だけ得られたら逃げることに専念しろ。それにこれはあくまで依頼だ。依頼人を助けることも忘れるなよ」
「それはわかってます。依頼者は絶対に助けます」
「それがわかってるならいい。あと、お前たちに言っときたいのが…」
と九十九が言いかけた瞬間。電話は切れて、さとるくんからの電話がかかってきた。九十九の言いかけたことは気になったが、影山はさとるくんの電話に出た。
「ぼく、さとるくん。今君の後ろにいるよ」
そう言われると、影山と冬野の後ろに凄まじい妖気を感じ始めた。強大な妖気の強さに影山と冬野は間違いなく自分達の後ろにさとるくんがいると確信した。
「お前が、さとるくんか?」
影山が尋ねるが、答えはなかった。
「大貴くんをどこに連れていった?」
影山が尋ねると、少し間が空いて、答えは返ってきた。
「知りたいなら、連れていってあげるよ」
そう言われると、突然影山と冬野は自身の足元にある影に足が沈み始めた。まるで沼に足を入れたかのように、どんどん影山たちは影に飲み込まれ始めた。
「行こうか。ぼくの世界に」
影山は必死で体をねじり、振り返った。そこには小学生くらいの顔が青白い男の子が立っていた。
(こいつが、さとるくん…!)
体が完全に沈み、顔も沈み続けながらも影山はずっとさとるくんを睨み付けていた。
(絶対にお前から巡礼者のことを聞き出す!待ってろよ!)
影山と冬野は影に完全の飲み込まれ、その場にさとるくんだけが残った。
「なかなかの妖気量だ。良い獲物が捕まったよ」
愉快そうに笑うさとるくん。さとるくんの足元の影がさとるくんを包み込み、その場からは誰1人いなくなった。
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