第1章 第5話 守る強さ
第23話 虐待の記憶
異変が起きたのは深夜2時10分頃。影山と冬野が交代交代で寝て、影山が起きていた頃。風呂場の方から微かに物音がした。そして、音だけでなく、妖気も感じ取った。
(来たな…)
壁に寄りかかっていた影山は立ち上がり、冬野を起こすことなくコッソリと風呂場へと向かった。風呂場の扉を開けると、そこには女の子がいた。風呂場へと入ってきた影山のことを気にすることなく、ただジッと俯いていた。
(この子が虐待されて死んだ子か…)
噂では血塗れという話であったが、影山の目の前にいる女の子にはそのような様子はなかった。
(とりあえず、留まっている理由はわからないけど、成仏させてやろう)
影山が女の子の頭に触れた。影山がいつも通り霊を成仏させようとするが、違和感を感じた。
「君は、成仏したくないのか…?」
成仏を望んでいる霊であれば、影山が触れるだけで成仏する。しかし、今回触れても成仏をしないことから成仏を望んでいないということになる。このような霊は一般的に地縛霊と呼ばれ、死んだことを理解していない。もしくは、死を受け入れられない霊に見られる。この場合成仏させるには、霊が抱えている何かを解消する必要になる。
「君はもう死んでる。そのことはわかってる?」
「…」
「何か未練がある?俺なら何か手伝えるかもしれない。話してくれないか?」
「…」
(聞こえていないのか?それとも、聞きたくないのか…?)
何の反応もしない霊に困惑する影山。どうしようか悩んでいると「影山くん?」と言って冬野が起きて、風呂場にやってきた。
「この子が虐待されてた子?」
「たぶん。それと、地縛霊みたいなんだこの子」
「そうなんだ…」
影山に変わって冬野が女の子に向かって話しかけた。
「こんばんわ。君、名前は?」
「…みか」
影山は驚いた。影山が話しかけても反応しなかった女の子が、冬野の問いに対して反応をした。
「みかちゃんか。みかちゃんはここで何をしてるの?」
「ママを待ってるの」
「ママ?ママはどこに行ったの?」
「おしごと」
「そっか。ママのおしごとって何を…」
と言いかけたその時、玄関の方からバタンと扉が開く音がした。すると、女の子は体をビクッとさせて、体を震わせて怯えた表情を見せる。ただならぬ様子で女の子に「どうした?」と影山が話しかけると、冬野が「影山くん、後ろ!」と言われ振り向くと、そこには金髪のいかにもチャラ男という感じの男が立っていた。
「なんだこいつ?」
影山がその男に触れようとするが、体をすり抜けて触れることができなかった。
(霊じゃない。これ、この子の記憶だ)
基本的に影山や冬野のような妖気を持つものは霊に触れることができる。しかし、希に霊の記憶が3Dの映像のように現れることがある。それが今回で言うこのチャラ男であろうと影山は分析した。
チャラ男は風呂場に入ると、女の子の頭を鷲掴みした。女の子は「嫌あああああ!!!」と叫びながら男は無理矢理に女の子を床に叩きつけた。
「やめろ!」
影山は男に掴みがかるが、男は映像であるため掴むことはできず、ただただ女の子が暴行されるところを見ていることしかできなかった。
映像である男は嫌がる女の子にシャワーで熱湯をかけ、そして、何度何度も女の子を壁に叩きつけた。女の子が絶命するまで、何度も。そんな残酷な惨劇を見て、冬野は「ひどい、何てことを…」と泣きそうな声で顔を覆い、影山もあまりにも酷すぎて直視することはできなかった。女の子が血塗れなり、倒れると男は消えてなくなった。
「みかちゃん!みかちゃん!」
冬野は女の子を抱き起こす、すると「ママ…」と女の子は呟き、そして、消えてしまった。
「どういうこと?あの男は誰なの?」
「わからないけど、わかったのは女の子を殺したのが母親ではないということだな」
噂では母親が娘を殺したとなっていたが、それは間違い。真実は男が娘を殺したということ。であるならば、首吊りをした母親は…。
影山が考えていると、再び玄関が開く音がした。影山と冬野が風呂場からでて寝室に行くと、そこには青白い顔の女が立っていた。
「あの人が、あの娘の母親かな?」
「たぶん、ちょっと話しかけてみよう」
影山は「すいません」と声をかけると、女は影山を見た。そして、女は急に鬼の形相となり、影山に掴みかかった。
「影山くん!」
「大丈夫。何もしないで」
女は影山の首を強く絞めようとするが、影山が女の両手を掴むことで防いだ。頑なに手を離す様子が見られないため、影山は対話を試みる。
「みかちゃんのお母さんですよね?みかちゃん、お母さんを待ってますよ」
「みか、みかみか、みかあああ!!!」
娘の名前を叫ぶ母親。影山は必死に抵抗した。
(娘が殺された恨みで悪霊化しかけてる。でも、まだ間に合う)
「落ち着いて。みかちゃんはずっとここで待ってる。だから、あなたがちゃんと迎えに行ってあげてください」
「あの娘はもう殺された。もういないの!」
「あなたが見えていないだけでいます。俺たちが会わせるから、落ち着いて!」
「信じない。どいつもこいつも信用しない。殺してやる!」
「話が通じないか!冬野、風呂場に行ってみかちゃんを連れてきてくれ!」
「でもさっき消えちゃってるよ影山くん。連れてくるなんてどうすれば…」
「冬野が念じればでてくるはずだよ。あの娘、冬野に心を開いてたから」
冬野は急いで風呂場に向かった。そして、手を合わせ、冬野は念じた。
「お願いみかちゃん。お母さんに会わせたいの。だから、出てきて」
冬野が願うと、スウと女の子は現れた。女の子は「ママ、帰ってきたの?」と呟き、冬野は「うん、行こう」と行って手を繋いで寝室まで向かった。寝室に行くとそこでは、影山が手を押さえるのが耐えられなくなり、首を絞められていたところだった。
「ママ!」
女の子は母親に抱き付いた。娘の存在に気づくと母親は影山の首を絞めるのをやめて、泣きながら娘を抱き締めた。
「おお、みか…。ごめんね、遅くなって…」
「ママ、ママ、みかずっと待ってた」
「これからはずっと一緒だから、寂しくさせないからね」
「ママ…」
抱き締め合う2人。影山と冬野が親子2人に触れると、共に成仏を望んだ親子は塵となって消えていった。
「成仏したね」
「だな」
一件落着で影山はふぅと一息ついた。
「影山くん、首大丈夫?」
「大丈夫。絞められたのは少しだけだから」
「ならよかった。それにしてもお母さんはみかちゃんがいるの気づかないでずっと家にいたってことだよね?」
「おそらく、死んだ時間差と場所のせいだと思う。念が強い場所は霊を留まらせる力があるし、女の子は風呂場から出られなくなってたんだと思う。それに、母親の方は恨みが強すぎて娘を探すという意識もなくなってたと思う」
「だよね。もう少し遅かったら、あのお母さん悪霊化して簡単に成仏させることできなかったね」
悪霊化した霊に関しては触れて成仏させることはもうできなくなる。怨みの念が強いことで、人を無差別に襲い、いずれ妖怪となる。
「女の子が消えてから、母親が出現するって時間差も親子が再会するための弊害になってたし、俺らの介入があったからこそ解決できたんだな
」
「よかったよね。会えて。2人とも嬉しそうだった」
「これで解決、と言いたいけど…」
「お母さんの容疑を晴らさないとね」
こうして除霊の依頼を終えたが、完全に終わったわけではなかった。後日、九十九に依頼の件を報告したあと、事故物件で霊は成仏させたこと、殺人をしたのは母親ではなく、チャラい見た目の男であったことを伝えた。九十九は依頼者の宮島と報酬の件に加えて影山の見た事実を伝え、宮島は警察へと相談した。
警察の捜査によって判明したのは以下の事実であった。
風呂場にて女の子を殺害したのは母親の兄であった。無職の兄は日頃より金を求めて来訪していたという話が近隣住民の聞き込みから判明。時折虐待の声が聞こえたというが、それは兄が母親である妹とその娘に暴行していたときの声であったという。その証拠として母親と娘には殴られたような痣があったという。何故母親が虐待していたという噂になっていたのは、地元では有名な半グレである兄が事実を警察に言うことで、何かされるのではないかという、近隣住民からの恐れによって真実は隠蔽されてしまったからである。
こうして母親の兄は殺人の容疑で逮捕された。しかし、影山たちのおかげで捜査は再開されたという経緯はあったものの、捜査は難航するかと思われたが、近隣住民からの聞き込みが前回とは異なり、素直に話されたことで捜査は坦々と進んだという。ある聞き込みで、どうして今になって素直に話すことにしたのか尋ねられたとき、怯えた表情で皆同じことを言ったという。
「毎晩枕元に立っているんです。ずっと見下ろしているんです。もう耐えられません」
誰が立っていたのか、誰もはっきり言わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます