第22話 手作り弁当は男の夢

なんやかんやで金曜日になった。影山はとりあえず寝泊まりするのに必要な最低限の荷物を用意し、ガイストの前で待っていた。


(弁当か…)


本日学校にて、影山が冬野と会ったときに「今夜は私がお弁当作るから、任せて!」と言われたため、影山はお茶だけ持って食べ物は持ってこなかった。以前冬野家で食べたから揚げが美味しかったことから影山は結構期待していた。というか女子からの弁当というだけで男としては嬉しいし、期待していた。影山が数分待っていると、冬野が大きめのトートバッグを持ってやってきた。


「ごめん、遅くなっちゃった!」


「大丈夫。そんな待ってないよ」


事故物件へのアパートへの行き方はガイストのトイレで花子に送ってもらう予定となっている。影山と冬野が店の中に入ると、すでに花子が待っていた。


「来たね。そしたら、その事故物件とやらに行く?」


「ああ。頼む」


「あいよ。そしたら、一人一人トイレに入って」


冬野が先に入り、次に影山が入った。影山がトイレから出ると、そこは特に家具の置いていないアパートの一室であった。


(確かに、妖気を感じるな…)


霊が出ると言われることもあって、微かであるが妖気の痕跡があるのを影山は感じ取った。


「それじゃ、あとは頑張ってね」


「うん。ありがとう、花子」


花子は手を振って、トイレに入っていった。影山は台所の方を見ると、冬野が水道が使えるのを確認していた。


「水出るんだねー。こっちでご飯作るべきだったかな…」


「でも、ガスは使えないと思うけどな」


「あ、そうだね。コンロないしそれはそうだよね」


台所まわりを2人で見ると、次に寝室へ。そこには布団が2つ並べられていて、これは宮島に事前に頼んで用意してもらったものである。


「霊が出るって言うのをここだったね」


冬野は寝室に入ってまわりを観察するが、影山は別のことを考えていた。


(布団くっつきすぎだろ。というか2人で寝るのは流石にやばいのでは?)


調査より思春期の本能の方が先に思考を巡らせる影山。冬野がまわりを観察している間に影山は布団を掴み、居間の方へと持っていこうとした。


「影山くん、何してるの?」


「居間に持っていこうと思って」


「え、何で?」


「いや、俺と2人で寝るなんて嫌でしょ?」


「そんなことないよ。それに、霊が出やすいのは寝室だって言うし、何かあったときのためにも一緒にいた方がいいよ」


冬野の意見はごもっともであるので、影山は諦めて布団の移動をやめた。今夜は緊張して眠れないだろうと、影山はしみじみ思った。

次に、影山と冬野は風呂場へと向かった。風呂場はアパートというだけあってそこまで広いというわけではないが、壁のタイルが一部分だけが、妙に新しくなっている場所がある。そこが子供が壁に打ち続けられた場所であると、影山と冬野は察し胸を押さえられるような辛い気持ちになった。


部屋全体をとりあえず調査した影山と冬野は居間へと戻ってきていた。2人は床に座り、おしゃべりをしていた。


「今のところ霊はいなさそうだね」


「だな。でも、妖気は残ってるから何かあるのは間違いないと思う」


影山がスマホを開き、時間を確認すると18時であった。霊が出る時間帯としてはまだ早いため冬野は「そろそろご飯にしよっか!」と言い、持ってきたバッグから2人分の弁当箱を取り出した。


「はい。これ、影山くんの分」


「ありがとう!開けてみてもいい?」


「いいよー」


期待していた弁当を影山は開けてみた。そこにはシンプルながら美味しそうなものがたくさん。ふりかけのかかったご飯に、卵焼き、ブロッコリー、ポテトサラダとしょうが焼き。どれも美味しそうに見えた。


「では、いただきます」


影山はまず卵焼きを食べた。食べてみるととても甘くてトロトロしていた。影山は甘口の卵焼きが好きなので思わず「うま…」と呟いてしまった。


「よかったー。口にあってよかったよ。人によっては甘口の卵焼き好きじゃない人もいるからねー」


「美味しいよホント。冬野料理得意なんだな」


「得意って程じゃないけど、ママの料理の手伝いしてたらいつの間にかできるようになっただけだよ」


「いや、それでもすごいよ。俺なんて家で料理禁止されてるし。料理できる人ホントに尊敬するよ」


「へー、何で禁止されてるの?」


「甘くなるから」


「…ん?」


「俺が料理すると何でも甘くなるんだって妹曰く。料理って基本甘ければ甘いほど美味しいと思うんだけどな個人的には」


影山陸という男は甘党である。自身が料理をし、味見をすると甘味が足りないと感じ、ついつい甘くする傾向がある。そして、ついには炊いたご飯までもが甘くなった。一度影山に晩御飯を担当させできたものが甘い麻婆豆腐と甘い味噌汁、甘いご飯とが出てきて妹の朝に「頭がおかしくなりそう」と言われて以降影山は二度と料理をすることはなくなった。


というエピソードを影山は冬野に伝えると、冬野は苦笑し、「影山くんは料理しちゃダメだね」と念押しされた。それから、影山は弁当を全て食べた。


「ごちそうさま。しょうが焼きめっちゃ美味しかった。というか全部うまかった」


「満足してくれたみたいでよかったよー」


(頑張って作ってよかった…)


冬野はホッとしていた。好みに合わなくて影山を不満にさせてしまったらどうしようと思いながらも、実際美味しいと言ってくれてホントに嬉しかった冬野であった。


影山は弁当箱を冬野に返し、持参したリュックの中からゲームを取り出した。


「暇だし、ゲームでもする?」


「へへ、そう言うと思ってましたよ影山氏ー」


ふざけた口調で冬野もバッグからゲームを取り出した。早速2人はゲームを始め、あれやこれやとゲームの話をしながらだらだらと過ごした。そんなこんなで22時まで過ごし、2人はゲームをやめた。


「どうしよう。そろそろ寝る?」


「流石に2人とも寝てしまうと霊の出現を見逃しちゃうから、代わり番こで寝よう」


「そうだね」


「冬野先寝てていいよ」


「うん。わかった」


冬野は布団に入り、横になった。影山は部屋の壁側により、もたれかかってスマホでSNSを眺めていた。すると、冬野が横を向いた状態で「ねえ、影山くん」と言って影山を見た。


「どうした?」


「影山くんって、どうしてこのバイトしてるの?」


急な問いに影山が返事に悩んだ。どこまで話そうか、目的は巡礼者への復讐と話すべきだろうか。それとも、てきとうにはぐらかすかどうか。返事に迷っていると、冬野の方から話し始めた。


「店長から前に影山くんが強くなりたいってこと聞いたの。店長に理由を聞いても本人に聞けっていうからさ」


「そっか。そんなこと言ってたのか店長…」


「影山くんが無茶しないようサポートしてって言ってた。あの時の店長真剣だった。だから、影山くんがバイトしてる理由って何だろうって思って」


「それは…」


「あ、別に言いたくないなら言わなくていいよ!ただ、気になってさー」


「…復讐だよ」


「え?」


ふと、影山が呟いた一言に冬野は面食らっていた。しかし、すぐに「そうなんだ」と一言話した。その表情はなんだか、悲しそうて優しそうで、影山を心の底から心配している様子が見られた。


(冬野になら、話してもいいかもな)


ガイストで働いているからには、今後冬野への協力は必要不可欠である。巻き込むことになる可能性はあるが、話すだけ話す必要があるのではないかと考えた影山は悩むのをやめた。


「俺の母親は巡礼者に殺されたんだ」


子供ばかり狙う巡礼者は当時の影山をターゲットに殺そうとした。しかし、影山の母が影山を庇い難を逃れたが、その代わりに母が犠牲になった。


「…ひどい話だね。巡礼者って、ニュースで聞く連続殺人鬼?」


「そう。あいつは妖武具を持ってる。目的は知らないけど、妖怪との繋がりが間違いなくある。だから、俺はガイストで依頼をやりながらやつに繋がる何かないか探してる」


影山は高校生になる前から見習いということで九十九の依頼を手伝っていたことがある。しかし、巡礼者に繋がる情報はつい最近花子から手に入った代行の存在だけである。成果としてはほぼ0に近い。


「花子が言ってたんだ。巡礼者は強いって。たいていのやつは歯が立たないって言ってたから俺は依頼でレベルアップに励んどるというわけ」


「それで強くなりたいんだね」


「これは俺のわがままだから、冬野は気にしなくていいから。実際依頼の方は危険を伴うことも多い。俺としては冬野を危険なことに巻き込みたくない」


1人かくれんぼの件では、冬野の助けがあって大いに助かった。しかし、ボロボロになった冬野を見て、すごい不安感を影山は感じた。


(花子は俺が冬野に惚れてるから抱き締めたって言ってたけど、それだけじゃない。俺は誰かが傷つくのが怖い。また、俺を庇ったせいで死ぬんじゃないかって…)


ボロボロになった冬野を見たとき、影山は母のことを思い出していた。自分を庇い、傷つき、死んだ母のことを。冬野を抱き締めてまで心配したのは確かに惚れているということは否定できないが、いなくなってしまうという恐怖もあった。


影山が暗い顔をしていると、冬野が起き出して影山の目の前で正座した。そして、優しく微笑んだ。


「私のこと心配してくれてるんだね。ありがとう。でも、私は手伝いたいよ。影山くんに何かあったら心配だよ」


「…死ぬ可能性もあるんだぞ?」


「それは影山くんにもでしょ?なおさら放ってはおけないよ。…店長が心配してた意味がやっとわかった」


「どういうこと?」


「影山くんには仲間が必要ってこと。まわりを頼れないから1人になってるから」


「それは、俺がコミュ障だから…」


「それだけじゃないでしょ?」


冬野の一言に影山は言い淀んだ。過去に虐められていた経験、そして、他者が傷つく姿を見るのが怖いという恐怖。その2つが影山の障害。


「大丈夫。私がいるから、もっと人を頼っていいんだよ」


安心する声色。しかし、簡単には納得できない。影山は素直に頷くことはできなかった。そんな影山を見て冬野は「頑固だねえ」とやや呆れた顔をして布団にボスンと倒れた。


「とにかく!私は手伝うからね!おやすみ」


そんなふて寝する冬野をただ黙って影山は見ることしかできなかった。



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