第21話 事故物件の依頼

翌日。影山と冬野は学校が終わり、放課後はガイストでアルバイトをしていた。冬野がガイストでアルバイトを始めてから約2週間が経ち、ある程度冬野は接客に慣れ始めた様子が見られ、影山が直接指導することも少なくなってきていた。影山は接客は冬野に任せ、コーヒー作りやその他の軽食の準備を影山が行っていた。


「お待たせいたしました。ラテとガトーショコラです」


「ありがとうございます」


「ごゆっくりどうぞー」


女性客2人に冬野はニコッと笑い、その場から離れる。冬野がカウンター席に戻り、洗い物を始めた。そんな冬野を影山はチラッと横目で見た。


(普段と変わらないよな…)


この前の抱き締めた件を気にする影山。あれ以降冬野が影山から距離を置くということは特になく、2人の関係に変わりはなかった。しかし、影山はというと先日プールで花子に言われたことが気になっていた。


(俺、冬野のこと好きなのか…?)


花子に言われてから妙に意識してしまってる影山。そのせいか冬野と話すときに緊張してうまく話せていないように影山は思っていた。


(わからん。わからんが、緊張してしまう…)


影山がそわそわして働いていると、手に熱い感覚を感じ、ふと手元を見ると注いでいたコーヒーがコップ満杯であるのに、注ぎ続けたせいで溢れ、手にかかってしまっていた。


「影山くん大丈夫?早く手冷やしな」


「あ、うん、ごめん」


影山は水で手を冷やした。その間、冬野はコーヒーカップを洗い、新しいコーヒーを入れ直した。そして、それを注文した客までコーヒーを持っていってくれていた。


「ごめん、ありがとう」


「いいよいいよ、気にしないで。それより、手大丈夫?」


「これくらい、何でもないよ」


「あー、でも少し赤くなってるよ」


冬野は影山の手を握り、火傷で赤くなっている箇所をジロジロと見る。影山はというと、突然手を握られ、冬野の小さな手の感触と少し冷たい感触が妙に恥ずかしかった。


「と、とりあえず、大丈夫。ホントに。気にしないで」


「そう?なら、いいけど」


冬野は手を離した。影山は少し緊張がとけ、落ち着いた。少しして客がみんな帰ることとなり、影山はレジ打ちをした。帰る客に「ありがとうございましたー」と2人で言い、店内には客は0となった。


「影山くん、アルカナソウルどこまで行った?」


唐突にゲームの話題を振る冬野。客がいなくなってすぐに冬野は影山にゲームの話をしかける。冬野はずっとゲームの話をしたかったが、客がいるなかゲームトークをしていると、失礼と考えた冬野は我慢していた。そして、今客がいなくなったことでその我慢は解き放たれた。


「たぶん、そろそろラスボスってところだな。寄り道も大分したし、今日帰ったら挑戦するよ」


「おー、いいねー。私ラスボス倒すのに1日は使ったよ。期待どおりの鬼畜ボス出るから楽しみにしていいと思うよ」


「へー、やりごたえあって良さそうだな。なんか早く帰りたくなってきた」


「今少しだけやっちゃう?客いないしさ」


「いや、流石にダメだろ?」


「だよねー。ごめん」


エヘヘと笑う冬野。何故かその仕草に安心感を感じながら、ゲームトークをすることで自分の緊張感が和らいでいることに影山は気づいた。そんな会話をしてると、店の扉が開きスーツを着た中年の男性が入ってきた。影山と冬野は「いらっしゃいませー」と言い、影山が席に誘導しようと前に出た。


「お一人様でよろしかったでしょうか?」


「はい。それで、心霊調査の件で来たのですが…」


「なるほど、こちらの席でお待ちください」


影山は男性をテーブル席に誘導し、九十九を呼びに行った。その間に冬野はコーヒーを一杯つくり、男性に提供した。すぐに、九十九は来て、男性の前の席に座った。


「お待たせしました。店長の九十九です」


「レオナルド不動産の宮島です。今回はよろしくお願いします」


(不動産か…)


不動産と聞き、影山はある程度今回の依頼がどのようなものか予想がついた。


「えー、調査していただきたいのが、この事故物件でして…」


宮島は鞄の中から2枚の用紙を出した。1つは間取り、そして、もう1つは外観の写真であった。九十九が「お前らも見てみろ」と言って影山と冬野も2つの用紙を見た。


「アパートですよね。これ」


冬野がまず見たのは外観の写真。古くもなく、そして、新しくもないアパートである。次に、宮島は間取りの紙を九十九の前に出し、影山と冬野も間取りを見た。間取りは1LDK。特におかしな点がないが、寝室と風呂場と書かれた部屋に赤丸が書かれていた。


「2年前、この部屋には母親とその娘の2人暮らしをしている親子がいたのですが、近隣住民からは虐待の話があったらしく…」


「…親が娘を殺した?」


「結論から言えばそうです。熱湯で娘をいたぶったあと、何度も壁に頭をぶつけ、火傷と頭蓋骨骨折で死亡です」


「…酷すぎる話ですね」


顔をしかめる冬野。胸くそ悪い話で影山と九十九も気分が悪かった。


「娘を殺したあと、母親も寝室で首吊り自殺。それからは、風呂場で血塗れの女の子、そして、寝室では青白い顔の女が現れるそうです」


「なるほど。では、その母親と娘が本当に現れるのか調査した上で、除霊をする、という流れでよろしいでしょうか?」


「はい。お願いできますでしょうか?」


「もちろんです。調査となるのでうちの職員がそのアパートに泊まることになると思いますが、それはよろしいですか?」


「かまいません。今は空き家となっているので自由にお使い下さい」


「わかりました。では、ご都合の良い日程を聞いても?」


「こちらとしてはいつでもかまいません。ただ、できるだけ早いと助かりました」


「わかりました。では、調査の日取りが決まりましたら、改めてご連絡させていただきます」


「はい。よろしくお願いします」


調査の段取りは終わり、宮島は店を出ていった。店の中は客が0となり、九十九は間取りとアパートの写真を手に取った。


「ということで、今回の調査お前ら頼んだぞ」


「ん、店長行かないんですか?」


「わざわざ俺が出向くような仕事でもないだろ。陸と雪だけでやっといてくれー」


「いや、働けよ。普段働いてないんだから、こういうときはせめて働けよ」


「おいおい、お前らが学校行ってる間に俺は真面目に仕事してるんだぜ?少しくらい俺が休んでもいいと思うのだが?」


「それはまあ、そうかもしれないですが…」


確かに影山と冬野が来るまでの時間は九十九1人で喫茶店を営業している。客が少ないとはいえ、ワンオペするのは確かに大変なのかもしれないと影山は思った。


「騙されないで影山くん。須藤さんが言ってたけど、店長、昼間は店を閉めてパチンコしてるときあるらしいよ」


前言撤回。この人やっぱり働いてない。


「ま、まあ、たまには息抜きも必要だよな?ということで、あとは任せたぞ若者ども」


そう言って九十九は店を出ていってしまった。この調子でこの店やっていけるのだろうかと、影山と冬野は不安に思った。


「それでどうするの影山くん?事故物件の依頼やるの?」


「任されたからにはやるよ。いつでもいいみたいだし、金曜日にでも泊まりがけでやるよ」


金曜日であれば、翌日は学校が休みなので依頼が終わればまっすぐ家に帰れる。そう考えた影山は金曜日にアパート泊まり込みを計画した。


「それじゃあ、私も金曜日で。家に帰ったら泊まる準備するよ。とりあえずガイストで集合してそれから一緒に行こう」


「そうだね。そうするか」


と影山は言ってからふと思った。2人で泊まり込みの調査ということは、1日夜を2人っきりで過ごすということ。つまり、お泊まりイベントではないかと。


(なんか、別の意味でドキドキしてきたかも…)


事故物件の依頼が霞むくらい、お泊まりイベントに緊張してきた影山であった。



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