第1章 第4話 ぼっちが戦う理由

第18話 手を出すな

「先輩のマンションってこっちでいいんだよね!?」


「そう、そっち!」


影山と冬野は夜の町を全力で走っていた。目的地は当然日上のマンション。配信を見ている途中、明らかにヤバそうなのが写り始めてから2人はすぐに家を出ていた。日上のマンションは冬野の家から徒歩10分ほどの場所にある。走ればすぐに到着できる場所で3分ほどで影山と冬野はマンションの下まで来ていた。


「先輩の部屋は何階?」


「10階。すぐに上がろう!」


冬野がマンションに入ろうとするが、影山が冬野を呼び止めた。そして、あらかじめ用意していた結界の札を使用。


「1段1段上がってたら時間がかかる!冬野、俺の手に掴まって!」


冬野は訳がわからずに影山の手を掴むと、影山は「ちょっとごめん」と言って冬野をお姫様抱っこした。突然のことで羞恥で顔を赤くし「え、何!?」と慌てるが、影山は無視して足元に風を発生させる。


「幽術、弾き風!」


影山の足元から暴風が発生し、影山は勢いよく飛び上がった。そして、目的の10階まで上がり、マンションの覗き廊下の前で止まった。


「凄い、空中に浮いてる…」


影山の足元には風がまだ発生している。その風が影山を空中で浮かしていた。影山は冬野を廊下に下ろし、続いて影山も廊下に降りた。


「こっちがしおりの部屋だよ」


部屋前につくと、濃い妖気が室内から感じられていた。冬野がドアノブを掴み捻ると、意外なことに開いていた。実は日上が何かあったとき用にあらかじめ鍵は開けといてあった。


影山と冬野が暗い部屋の中侵入する。そして、玄関から入ってすぐの左側の扉から出てくるように倒れた青白い顔の日上が倒れていた。


「しおり!」


冬野が駆け寄ろうとするが、影山が冬野の手をすぐに掴んだ。


「トイレに何かいる」


影山がジッとトイレを見ていると、中からニュッと少女が現れた。その顔は目が完全に塗りつぶされたような黒目。ニタニタと常に笑っている。その少女が影山たちを視認すると、勢いよく飛びかかってきた。影山たちが避けると、廊下に出てきたその少女が影山たちから距離をとり、様子見をしていた。


「冬野、俺は先輩の治療をしたい。あの霊をなんとかしてもらっていい?」


「わかった。しおりのこと、お願いね」


霊のことは冬野に任せ、影山は日上の様子を見に行った。倒れた日上を見ると、ただ気絶をしているだけだった。


「驚いて気絶してるだけだなこれ」


とりあえず日上の無事を確認した影山は日上をベッドまで連れていき寝かせた。そして、すぐに玄関へと向かった。


「よし、あとは冬野の手助けに…」


言いかけた影山はすぐに気がついた。影山と冬野、少女とは別に妖気を持つ何者かがこのマンションの10階に今到着した。影山が玄関を出ると、冬野と少女がいる反対側の廊下の階段から上がってくる男がいた。その男は僧のような服装を来ていて、右手には黒曜石で作られた石剣を持っていた。


「誰だ?」


「野寺坊」


野寺坊とは、夕暮れなど誰もいない寺で、鐘の音を鳴らすボロボロの僧侶の姿の妖怪である。山彦の一種とも言われる。


「その野寺坊さんがこのマンションに何の用ですか?」


「あの娘に手を出す貴様らを排除するためだ」


そう言うと野寺坊は刀を前につき出す。その方向は冬野を指し、明らかに標的は冬野だった。瞬時に影山は危険だと察知し野寺坊の前に立ちはだかった。


「幽術、飛岩弾」


「幽術、嵐壁!」


マンションの壁と床が砕け、瓦礫が空中に浮き、影山に向かって放たれる。そして、その瓦礫の弾を影山は風の壁で防いだ。大きな音がなったことで少女と対峙する冬野が野寺坊の存在に今気が付いた。


「影山くん!大丈夫!?」


「大丈夫!こっちは気にしないで」


「その子に手を出すな!」


野寺坊は影山に向かって黒曜の剣を振り下ろす。そして、影山は刀で受け止めた。すると、野寺坊は回し蹴りをし、影山は覗き廊下に張り付けられ

た。影山はのけ反り、夜の空が見えた。


「そのまま落ちろ!」


のけ反った影山が体勢を戻そうとするが、壁が崩れ、影山はマンションの外へと完全に体が放り出される形となった。


「うわ!マジか!」


落下しそうになる影山。しかし、影山は咄嗟に幽術で風を起こし、空中に浮いて落下を防いだ。


「宙に浮きおって、小癪なマネおおおおお!!」


と言って野寺坊は勢いよく飛び上がり、空中に浮いている影山に向かって切りかかってきた。影山はその攻撃を刀で防いだ。


(こいつも空を飛べるのか!)


と影山が考えていると、野寺坊はそのまま下へと「うわあああああああああああ」と言って呆気なく落ちていった。


「何やってんのあの人おおお!?」


思わずツッコミを入れる影山。影山もすぐに落下し、刀を下に構えた。


「幽術、風枕!」


野寺坊の落下ポイントに風を発生させ、その風が落下を減速させ、野寺坊はゆっくりと地面に着地した。影山もその風に乗り、地面に着地した。


「ぬ、すまん。助かった」


「いやホントだよ。俺がいなかったらただの飛び下りだよ」


「ぬう、敵に塩を送られるとは…不覚!」


この野寺坊とかいう妖怪結構面白いやつなのでは…?と影山が思いつつ、呆れた。


「あの、俺らはあの子をどうにかしようと思ってないです。ただ、襲われたので止めようとしただけです」


「そうなのか?てっきり、あの子を退治しようものかと」


「場合によってはそうするかもだけど、何か事情がありそうだし、退治はしないよ」


影山がそう言うとポケットにいれていたスマホが鳴り始める。確認すると上にいる冬野からだった。


「大丈夫影山くん!?」


「こっちは大丈夫。冬野の方は?」


「こっちも大丈夫…というか甘えられてる?」


「えーと、どういうこと?」


「女の子が私の足にしがみついてる」


「…まあ、何もないならよかったよ」


とりあえず影山と冬野の安否確認をしたあと、マンションの下まで冬野と少女に来てもらった。冬野が来ると、少女は母親に甘えるように冬野にベッタリであった。


「ほう、その子が甘えるとはよほど気に入ったようだな」


「それで、野寺坊さん。その子とはどのような関係で?」


「その子は我の寺によく遊びにくる浮遊霊でな。よく遊んでるのだよ。今日も夜にあやとりをして遊んでいると突然消えてしまってな。それで、妖気を追ってここまで来たのだよ」


「なるほどー、しおりが1人かくれんぼで降霊しちゃったってことだね」


日上のマンションの近くには寺がある。廃寺ではないが、そこに野寺坊が住み着いている。今回、日上の1人かくれんぼによってランダムで降霊されたのが、野寺坊と仲が良い女の子であった。


「私の友達がご迷惑をおかけしました」


「いやいや、我も勘違いして攻撃をしてしまってすまない」


ワハハと笑う野寺坊。先程までの鬼気迫る表情はどこにもなく、気のよさそうな僧であった。


「それでは、我々はこれで。行くよ」


野寺坊は浮遊霊の少女と手を繋いで寺に戻ろうとしたそのとき、いつの間にか野寺坊に立ちはだかるように、数メートル離れた場所に黒い装束を着た男が立っていた。


「貴様だな。寺に住み着く妖怪というのは」


「何だ貴様は…」


と野寺坊が言いかけた瞬間。いつの間にか黒装束の男が持っていた槍で野寺坊は腹を貫かれていた。槍が引き抜かれ、野寺坊はその場に倒れた。心配そうに少女は野寺坊にしがみつく。ただならぬ状況で影山は男に向かって刀を振り下ろす、しかし、黒装束の男は攻撃を避けて数メートル離れた。


「大丈夫か!?すぐに治す!」


吐血し、倒れている野寺坊を影山が妖術で再生する。少女は心配そうに野寺坊を見ていた。その間、冬野が影山と黒い装束男の間に立ち、黒い装束男と対峙した。


「影山くん、あいつ滅幽会だよ…!」


滅幽会。

京都に総本山を置く日本最大の陰陽師団体。妖怪退治のプロフェッショナルである。妖怪退治や除霊を主に請け負い、心霊番組でもよく取り上げられるほどの有名な団体である。


「なぜ妖怪を庇う?そいつは存在してはいけない存在だ」


「存在してはいけないって、野寺坊が何か悪いことでもしたのか?」


「知らん。だが、妖怪であることがそもそも悪だ。全ての妖怪は滅びなければならない」


「なるほど。話しにならない系だなこれ」


「滅幽会と話しても無駄だよ影山くん。この人たち妖怪を殺すことしか考えてないから」


そう話す冬野は影山が今までに見たことない心の底から憎悪を見せる冬野であった。いつもの優しそうで天真爛漫な表情はなく、ただ真剣に滅幽会の男を睨み付けていた。


「影山くんは野寺坊さんとその子を守ってて、この男は私が倒す」


「…わかった」


「半妖だな貴様。ちょうどいい、貴様も殺してやる…!」


滅幽会の男は槍を構え、臨戦態勢に。冬野は右手を前に突き出し、手を広げた。


「幽術、白夜刀」


水の刀が冬野の手に現れ、それは瞬時に凍り、白銀の刀となった。冬野は白銀の刀を構えた。


「いくよ」


冬野が静かにそう言うと、2人の戦いは始まった。

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