第11話 黒坊主

「さて、結界はるか」


影山と黒坊主の後を追って九十九、冬野、八重樫は玄関から出てきていた。九十九はウエストポーチから1枚のお札を取り出すとお札が消滅し、突然となりにいた八重樫が気を失ってしまった。倒れないように九十九は八重樫を抱き止めた。


「それって、結界の札ですか?」


「そうそう」


結界の札。

半径200メートル間で結界を展開する。この領域内では妖気のないものは意識を保っていられなくなる。九十九は妖怪騒動で野次馬が集まらないために、毎回この結界の札を使用し、依頼をしていた。


「八重樫さんを寝かせてくる。雪、お前は陸の戦闘を見てろ」


「見てろって、手助けしなくていいんですか?」


「一応な。ただ、戦闘ができる用意だけはしとけ」


そう言い残し、九十九は八重樫を抱えて中へと入っていった。九十九に言われた通り、冬野は影山の戦闘を見ていることにした。


影山は飛びかかる黒坊主の攻撃を避けて、刀を横に一閃。黒坊主の腹を切り裂いた。黒坊主は後ろに下がり、口から青白い光線を影山に放った。


(幽術…!)


影山は避けて、刀を前に突き出した。


「幽術、三突の風槍」


影山の周囲に3つの風の槍が発生し、射出される。3本の槍は黒坊主の胴体に直撃し、その威力に黒坊主は後ろにぶっ飛んだ。影山は黒坊主に接近し、追撃で刀を振り下ろした。しかし、黒坊主は横に転がり、起き上がって影山に掴みかかる。そして、影山の肩にかぶりついた。


「痛った…!」


襲いかかる激痛。影山は無理矢理黒坊主を突き放し、蹴り飛ばした。肩からはジワジワと血が流れる。


「影山くん!」


負傷した影山の援護に入ろうと冬野が向かおうとすると「待て、雪」と九十九に呼び止められた。


「陸、1人でやらせろ。あいつ自身それを望んでる」


「なんで?2人で戦った方が効率いいのに」


「あいつが求めてるのは効率じゃなくて、経験値なんだよ。魂を持つものを殺すと妖気を強化できることは知ってるな雪…?」


「はい。それは、私も妖気を持ってますから知ってますけど…」


魂喰らい。

魂を持つものを殺すことで、相手の魂の一部を喰らい自身の妖気の強さを向上させることができる。いわゆるゲームで言う敵を倒して経験値が入り、レベルアップするのと同じ原理である。人を襲う妖怪は自身を強くするために襲うのである。


「陸は強くなりたいんだよ。だから、2人で倒すと経験値が等分されるから、あいつ嫌がると思うぞ」


「どうして影山くんは強くなりたいんですか?」


「それは、陸から聞け。俺から話すことじゃない」


九十九は影山の真意を話さない。それは影山が考え、話していいと思えた人物にだけ話せる内容なのであろうと冬野は思った。だから今は影山の戦闘を見守ろうと思った。


負傷した影山は肩を抑え、怯んでいる様子を見せる。それを隙と考えた黒坊主は再び飛びかかるが、その瞬間影山はニヤッと笑った。影山は肩から手を離し、刀を振り下ろした。黒坊主は縦に切り裂かれた。


「幽術、切裂の大風」


風の刃を放ち、黒坊主は数メートル衝撃で吹き飛ばされた。倒れた黒坊主を見下ろす影山の肩には先ほど噛まれた傷はなくなっていた。


「傷がなくなってる?どうして…」


「あいつ妖武具の妖術だ」


傷がない影山に驚いている冬野に対して九十九は説明した。


「陸の妖武具に備わる妖術は『再生』。あらゆる傷を瞬時に治すことができる能力だ」


影山の妖術『再生』は自身の妖気を消費し、傷を治すことができる。その範囲は自身だけでなく、他者にも使用可能である。この再生は傷の大きさ、致命傷の度合いによって消費妖気は大きくなる。そのため、何度も再生を使用することはできない。


地面に倒れた黒坊主は立ち上がり、体から血を流しながら影山を睨み付ける。口から青白い光線を放った。まっすぐくる攻撃であるため容易に影山は避ける。しかし、光線を途切れることなく、影山を追跡しながら放たれ続けた。光線は周囲の家やコンクリートを砕き、影山を追跡し続ける。


(このままだと、近づけない、なら…!)


「幽術、斬傷木枯らし!」


影山の周囲に小さな風の刃が十数個展開され、黒坊主に向けて放たれた。風の刃は黒坊主を切り裂き、攻撃によって光線が途切れ、瞬時に影山は近づき黒坊主の胴体に刀を突き刺した。そして、影山が刀を引き抜くと、黒坊主は力尽きてその場に倒れた。


「…よし。勝った…」


徐々に消滅していく黒坊主を見て影山は安堵し、右手に握っていた刀は消えた。妖武器は基本的に所持者が望んだときに持ち主の場所に現れ、それ以外のときは異空間にしまうことができる便利な仕様がある。


戦闘を終え、影山は九十九と冬野のもとへとかけよった。


「お疲れ様。影山くん」


「うん、ありがとう」


「陸、余力はどれくらいだ?」


「え?ほとんど残ってないですよ。もうくたくたです…」


「じゃあ、まだまだだな。それと、敵がちゃんと消滅したのを確認してから安心するのが先だ」


「…え?」


影山が後ろを降る向くと、消滅仕掛かっている黒坊主が最後の力を振り絞り、こちらに向かってきていた。影山は瞬時に刀を取り出そうとするが、横から冬野が先に飛び出した。


「幽術、白夜刀」


冬野の手から氷の刃が作り出され、横に一閃。真っ二つになった黒坊主は完全に消滅した。一瞬の出来事で影山は唖然としていた。


「あ、ありがとう。冬野」


「いえいえー」


影山はお礼を言って、冬野は笑顔で対応。そのやり取りを見てから真剣な表情で九十九は「陸」と話しかけた。


「完全に油断してたな。今は雪がいたから何とかなったが、いなかったら不意打ちで死んでたかもしれないぞ?」


「う、はい…」


敵を倒したと思って影山は完全に警戒を解いていた。そんな的確な指摘に影山は返す言葉がなかった。そんな影山に九十九は追撃する。


「それに今の戦闘、妖気を消耗しすぎだ。三突の大槍と切裂の大風どちらもお前にとって大技。それに妖術での消耗。妖気のペース配分が悪い。今回黒坊主が1体だけだったが、もう1体妖怪がいたらどうする?お前、これから連戦できるのか?」


「それは…難しいかもです」


実際影山の現状の妖気量は全体量の2割程度しか残っていない。今戦闘をするとなると、幽術は使えて一回。妖術に関しては使用不能である。


「妖気を使いきるってことは命を落とすことになる。もう少し気を使え」


「はい…」


「ていっても、戦えない俺が言えた義理じゃないんだけどな…。まあ、陸の負担を減らすためにもこうやって雪にも来てもらったんだからな」


九十九は霊感はあり、妖気もあるが、とある事情で戦う力を失っている。


「雪、これからも陸をサポートしてくれ。今みたいに陸は無茶することが多い。だから、陸が戦えない、手に終えない状況があるときには今みたいに助けてやってくれ」


「はい。わかりました!」


冬野がふざけて敬礼し、握られていた氷の刀は溶けて消えてなくなった。影山はというと叱られて塩らしくなっていた。そんな影山の背中をポンと冬野は叩いた。


「元気出して。これからは私も助けになるから」


「冬野、ありがとう」


「いえいえー」


にへらーと笑う冬野。事態は決着すると、家鳴の小鬼たちが影山たちの方に近づいてきた。


「黒いの、やっつけた?」


「うん。倒したからもう大丈夫」


「なら、よかった。お前たち感謝」


そらだけ言うと小鬼たちはどこかへ去っていってしまった。


「行っちゃったね」


「家鳴はもともと家を揺らすだけのいたずら妖怪。人を殺すような妖怪じゃないからね。今回も黒坊主が現れる警告で揺らしてただけなんだろう


「そっか。影山くん、妖怪についてくわしいね」


「親が妖怪について詳しくてね。それで俺も影響受けて」


「なるほどねー」


冬野が感心していると、影山たちの背後から「おまたせー」と花子の声が家の中から聞こえた。影山たちが振り返ると、そこには花子ともう1人異形の存在がいた。


全身緑色の体色に手足に水掻き。頭には皿。あの有名な河童が白衣を来て花子の隣にいた。


「おお、水吉。来てくれたか」


水吉というのは白衣を来た河童の名前である。九十九とは長い付き合いで、水吉は普段霊障に対する治療や妖怪の治療をする医者である。水吉は九十九を見ると笑顔で頷いた。


「ええ。来ましたよ。人間の娘さんは先に見させていただきました。お薬を投与したので、もう大丈夫ですね」


優しい声色で笑顔で話す水吉。その雰囲気から何故か安心感を感じさせる雰囲気を出している。


「さあ、あとは陸くんだけだね。大分妖気を消耗してるね。妖気欠乏症になってるから、私の診療所に月曜日まで泊まりなさい」


「でも、妹が家にいますし、1人にさせるのはちょっと」


「あたしが家にいるよ。それならいいでしょ?」


「まあ、それなら…」


「決まりだね。さあ、行こうかね」


「俺は依頼人と話をしなきゃならねえから残るわ。雪ももう帰れ。後の処理は俺がやっとくから」


「それじゃあ、お言葉に甘えて帰ろうかな」


九十九は1人八重樫宅に残ることになり、影山と冬野は帰ることとした。


「影山くん、私帰るけど元気でね」


「うん。今日はありがとう」


「お体に気をつけてね。心配だからLINEするから!」


「うん。待ってるよ」


バイバーイと言って、冬野は花子と共にトイレに入り、そして移動した。花子がトイレから戻り、その後は水吉の診療所に向かっていったのであった。





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