第9話 トイレはセーブポイントだよ

「ただいまー」


影山は帰宅し、家の奥から「おかえりー」と声を聞きながら家へ上がり、何気なくリビングの扉を開けると、そこには影山家の本日の夕食を食べている花子と朝がいた。リビングに入ってきた影山を見て花子は「よっ」と偉そうに挨拶をした。


「なんでナチュラルに花子がここで飯食べてるんだよ」


「だって朝の作ったご飯美味しいし。別にいいじゃん」


影山は妹である朝の方を見る。朝は味噌汁を飲んで、飲み込むとお椀をテーブルに置いて影山を見た。


「あたしは気にしてないよ。花子さんいた方がご飯も楽しいし」


「まあ、妹が気にしてないなら別にいいけどな」


影山はキッチンへと入り、影山用に取り分けられたラップされているハンバーグの皿を持ち、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出して、先にテーブルに置いた。それから、キッチンに再度入りご飯と味噌汁、箸を持ってテーブルに戻ってきて椅子に座った。


「兄ちゃん、今日は何見る?」


「ヴァンパイア・ライブの2期が始まってたよな。それ見よ」


「いいねー。じゃあかけるよ」


朝がリモコンをポチポチ押して録画していたアニメを再生した。OPが始まり、花子は味噌汁を飲みながらテレビを見ていた。


「このアニメ2期始まったんだー。てかOP曲微妙じゃない?絶対に1期の方がよかったでしょこれ?」


「俺は結構いいと思うけどなー。花子には微妙なんだな」


「微妙というか、前のインパクトありすぎてなあー。これは1期こえられないだろ」


「うーん、まあ、言われれば確かに…。あ、そうそう、花子。明日依頼あるからまた付き合ってもらえるか?」


「九十九が呼んでんでしょ?いいよ。手伝えば金もらえるし、やるよ」


花子も一応ガイストの店員であるのだが、小学生の見た目の少女が学校にも行かず店の手伝いをしていると、ご近所から不審な目で見られてしまうという理由から土日限定で、しかも午前中だけ店のお手伝いという名目で働いてもらっている。


「この見た目じゃなかったらもう少し金稼げるんだけどなあ。おかげでまともなバイトできないし、常に金欠だし、ロリの姿って何も得しないよなあ」


不満顔でハンバーグを貪る花子に、見た目が成長しないものの気持ちがわからず影山は返答に困った。その心境を察した花子は「陸ー」と呼んだ。


「陸は優しいね。真剣に考えなくていいよ。半分冗談で言ってるようなもんだから」


「だけど、自分が花子の立場になったら俺も悩むかもと思って…」


「あー、この話は終わり!それと、陸。あとであたしに付き合って。ちょっと出掛けたい場所があるから」


「お、おう。わかった」


花子はパクパクと残りのご飯を食べて、自身の食器を片付けた。洗い物をしてリビングを出ようとすると朝が「花子さん見ないのー?」と呼び止める。花子は「あたしはいいわー」と言って2階へと上がっていった。影山は朝と共にアニメを見ながら夕飯を食べ、2人で洗い物を済ませると影山は2階へと上がって自室に入った。そこには影山のベッドでゴロゴロしながら漫画を読んでいる花子がいた。


「来たか。じゃ、出掛けるよ」


花子は漫画を閉じ、ベッドから降りると影山の部屋から出ていった。影山はその後ろについていく。


「それで、どこに行くの?」


「蛇の森」


その一言に影山は息を飲んだ。花子は影山家のトイレを開いた。


「この先強敵がいるぞ。セーブは済ませたか?」


「ゲームのボス前かよ」


軽く影山はツッコミをいれ、花子は「さ、行くわよ」と言って影山と花子は2人でトイレに入る。傍から見ると2人でトイレに入るというのは如何わしい光景に見えなくもないが、これにはちゃんと意味がある。

花子は影山の手を握り、影山は目を閉じた。そして、再び影山が目を開けると、そこは古びた公衆トイレの中であった。この現象はトイレの花子さんの『妖術』によるものである。


妖術。

これは妖怪に備わっている個性・特性のことである。花子の妖術は『トイレ間の移動』。トイレであれば花子はどこにでもワープすることができる。また、自身だけでなく、花子と接触している物・生物も共に移動させることができる。


トイレから出ると、そこは森の中。人の手が加わっていない原生林。しかし、公衆トイレだけが不自然にその森の中にあった。夜という時間であるにも関わらず木葉からは光が差し込んでいる。


「久しぶりに来たな。蛇の森」


「去年は陸来てなかったね確か」


「風邪ひいてね。去年は間引きは花子1人でやったんだよね?」


「そうだよ。誰も手伝ってくれなかったからしょうがなくね」


影山と花子は森の奥へと進む。特に目印はないが、奥から感じる妖気を目標に進んだ。そして、目的地についた。

半径200メートルほどの円上の広場。その中心には1つの柱があり、その周囲に無数の妖怪が集まっていた。


「大百足に、わいらってところかな。数はざっと25、6くらいね」


「じゃあ早速やるか」


柱に群がる体長10メートルはあるであろう巨大な妖怪たちに影山と花子は怯むことなく歩み寄る。そして、2人の侵入者に気づいた妖怪の群れが襲いかかってきた。最初に動いたのは花子。勢いよく地面を踏んで飛び上がり、襲いかかってきた大百足を蹴り飛ばした。


「相変わらず派手だな。花子は…」


影山が花子を見ていると、1匹の妖怪が近づいてくる。


わいら。

山奥にいるという妖怪。巨大な牛のような体躯に1本だけの鉤爪を持っている。鳥山石燕の画図百鬼夜行では下半身は描かれておらず、その正体は不明とされている。


影山の目の前にいるわいらは下半身に足がなく這ってこちらにじりじりと近づいてくる。影山は怯えることなく、わいらと対峙する。


「俺も戦わないとな」


影山が右手を広げると、突如影山の右手に刀が現れ、影山は握った。


妖武具。

かつて平安の陰陽師である安倍晴明が作り出した伝説の武器。その1本を影山はとある事件をきっかけに所有していた。


わいらは影山に向かって鉤爪を振り下ろす、そして、影山は刀で受け止め、弾き飛ばす。影山は刀を振り上げわいらの顔面を切り裂いた。わいらは倒れ、消滅した。1体を倒し、次の標的である大百足が影山に向かって勢いよく接近していた。


「幽術、切裂の大風」


影山が空を切り裂く。すると、風の刃が生じ、大百足をまっ二つに切り裂いた。


幽術。

妖気を保持するものには7つの属性が宿っている。火、水、雷、風、地、光、闇である。それら属性の能力を妖気を消耗して術技として発生させることが幽術。中二病臭い技名をわざわざ言うことにも意味があり、言霊の力を利用している。言霊は自身が考えた言葉の重みを技の威力に直結させるための手段なのである。


影山の保持する属性は風。影山は風の幽術を使い、大百足やわいらを次々と斬り倒していく。最後の1匹を切裂の大風で斬り倒すと、群がっていた妖怪たちは全滅した。


「さて、終わったみたいだね」


やや息を切らした影山のところに、花子がすたすたと近づいてきた。影山が5体倒したのに対し、花子は1人で20体以上倒していた。それでもまだまだ戦えますよという貫禄が花子にはあった。


(流石、6英雄ってとこか…)


6英雄。

30年前、島根県沖を震源に大地震が起きた。それは大妖怪の復活がきっかけであった。

ヤマタノオロチ。最強の古代妖怪である。八つ頭のある巨大な蛇であり、その大妖怪の復活に呼応し日本各地で妖怪が凶暴化した。この妖怪による大災害を今では逢魔が刻と呼ばれている。その逢魔が刻を止めたのが、6人の妖怪と言われている。その1人が花子である。


「さて、処理も終わったし、今年の間引きも終わりね」


「今年は少なかったな」


「去年なんか50もいたよ。どこかの誰かさん熱出すし、大変だったよ」


「すまん」


影山は素直に謝り、柱を見た。この森は「蛇の森」と呼ばれヤマタノオロチの頭の1つを封印している場所である。ヤマタノオロチの強大な妖気のせいか自然と妖怪を呼び寄せてしまうようで、簡単に壊れることはないが、万が一にも封印が解ける可能性を考慮し毎年一回はこうして妖怪退治を行っている。この蛇の森はここだけでなく、残り7つあり、他の場所は残りの6英雄が管理している。


「帰ろう陸。帰ったらゲームしよ」


「うん。だな」


こうして間引きが終わり、影山と花子は影山家へと帰った。

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