第8話 揺れる家の依頼
働き始めて2時間がたった。影山たちがバイトし始めて30分後には九十九は「あとよろしくー」と言って2階に上がってしまい、影山と冬野だけで仕事をしていた。時間は18時となり、コーヒー1杯でだらだら居着いていた花子が「じゃ、頑張ってねー」と言ってやっと帰り、お客0の状態となった。
「お疲れ様冬野。少し慣れたかな?」
「少しだけ。でも接客はやっぱり慣れないかな。緊張するね」
「俺も最初の頃は緊張したよ。だけど、常連が多いからしばらくしたら知り合いみたいな感じになって緊張和らいだかな」
コミュ障ぼっちの影山にとって、接客はホントに地獄であった。バイト始めたばかりの頃、注文を受けに言ったときには声は震え、手は震えてそれはそれはひどく、逆にお客から心配されることが多々あった。その緊張しすぎていた姿を後ろで爆笑していた九十九を見て、影山はいつかぶっ飛ばすと思ったことがあった。
(あの頃の俺は、冬野には見せられないな…)
しみじみと昔を振り返る影山。2人が話ながら休憩していると店の扉が開いて1人の女性が入ってきた。冬野はすぐに女性にかけよった。
「いらっしゃいませ。1名様でよろしいでしょうか?」
「あ、えっと、客ではあるんですけど、依頼の件の方で来たんですけど…」
「依頼?」
おとおどした様子の女性。見た目30代前半で、痩せていて弱々しい女性である。冬野が困惑していると、状況を察した影山が冬野の代わりに対応した。
「依頼ですね。ではテーブルに座ってお待ちください」
影山はテーブルへと女性を誘導した。そして、「少々お待ちください」と言って影山は2階へと上がっていった。九十九の部屋の前に行き、ノックをして影山は部屋の中に入った。部屋では九十九がパソコンを操作し、作業をしていた。
「店長、依頼来ましたよ」
「おう、わかった。今行く」
九十九はパソコンでの作業を中断し、1階へと向かった。影山も後に続いた。九十九が一階に降りるとテーブル席に座っている女性の向かい側の席に座った。
「お待たせしました。八重樫様でよろしかったですか?」
「はい。そうです。よろしくお願いします」
八重樫と呼ばれた女性はペコリと頭を下げる。降りてきた影山は冬野のそばに近寄った。
「説明遅れてごめんね。これから、依頼の相談が始まるから冬野はどんな感じか見てて」
「う、うん。ねえ、影山くん。依頼って店長は何の相談を受けるの?」
いつもと様子が違う九十九に冬野は困惑していた。影山は小声でコソッと冬野に説明を始めた。
「ここ喫茶店もやってるけど、もう1つ別の仕事もしてるんだ。それが心霊調査」
「心霊調査?」
「そう。除霊、妖怪退治、心霊調査が主な仕事。喫茶店は店長の副業みたいなもので、本業はこっち」
喫茶店ガイストの本来の姿は「心霊捜査事務所」である。でかでかとそのような看板を出すと怪しい店だと警戒させるため大っぴらにしてはいないが、ガイストのホームページでは心霊系の依頼を常に募集している。そのため、時折ホームページに依頼が来ては九十九が請け負い、相談と調査を行っている。
ガイストの本来業務内容の説明を聞いて「へー」と呟く冬野。その表情はどことなく険しいような気がすると影山は思った。
5分ほどして、九十九は軽い自己紹介と心霊操作の業務内容説明を終え、本格的に依頼の話へとシフトする。影山と冬野はカウンター内で九十九と依頼主の話を黙って聞いていた。
「八重樫さん、依頼の件について早速伺っても?」
「はい。私の家について調べてもらいたいんです」
「家、というと霊が出てきたり、霊障があったりでしょうか?」
「よくわかりませんが、真夜中になると家が突然揺れるんです。最初は地震なのかと思ってたのですが、私の家だけが揺れているみたいで…それに、その揺れがもう5日も続いているんです」
「家が揺れる、ですか…」
揺れる家の話を聞いていた影山はある妖怪の影響と予測をたてていた。
(家か揺れると言ったら、家鳴か…?)
家鳴。
日本各地に伝承のある怪奇現象および妖怪。鳥山石燕の画図百鬼夜行では小さな鬼たちが家を揺らしている絵が書かれていることから小鬼が家鳴の正体とされている。また、物が落ちたり勝手に動いたりすることをポルターガイストと言うが、家鳴はそのポルターガイストと同一の現象とも言われている。
影山が話の分析をしている間にも依頼主との話は進行する。
「それと、家が揺れ始めてから娘の体調がよくないんです」
「よくないと言うと?」
「元気がないっていえばいいんでしょうか…。揺れが始まってから徐々に元気がなくなって、今じゃ小学校にも行けないほど、寝たきりになってしまって。病院に連れていってもただの栄養失調と言われて…」
そう言うと依頼主の八重樫は涙を流し、話を続ける。
「ちゃんとご飯は食べさせてるんです。なのに娘はどんどん衰弱して…!学校や病院からは虐待と疑われて、娘が死んじゃうかもと思うと私、おかしくなりそうで…!」
周囲からの疑心と蔑み、そして、自身の娘の心配の板挟みで八重樫は苦しんでいた。そんな様子を見て九十九と影山、冬野でさえ各々表情を崩さずにはいられなかった。
「安心してください八重樫さん。私たちがどうにかします。だから、落ち着いてください」
冷静に九十九は八重樫に声をかける。八重樫は一度深呼吸をとり、感情的になった自身を落ち着かせた。
「…すみません。取り乱してしまって」
「大丈夫ですよ。依頼の話に戻しますと、とどのつまり家が揺れ始めてから娘様の体調を崩した。そこで、我々が家の揺れの原因を突き止め、解決をするということでよろしいですか?」
「はい。娘を、助けてください」
「わかりました。早速、明日より家の方に伺いたいと思います。住所を教えていただいてもよろしいですか?」
「はい」
八重樫は九十九に自身の住所を教える。九十九は住所をメモし、明日伺う時間を伝え、八重樫は頭を下げ店を出ていった。八重樫が出ていくことを確認すると九十九が腕を上げ、体を伸ばした。その姿はいつもだらけている九十九であった。
「そう言うことで明日は仕事だ。土曜日だし陸、行けるな?」
「行きますよ。あんな話聞いて放っておけないですし」
「それと、雪も明日来てもらうことできるか?」
「え、私?」
自分の名前がでてきて意外そうな様子を見せる冬野。そんなご指名に影山はやっぱりなと思った。
「冬野って店長にスカウトされてこの店のバイト始めたんじゃないか?」
「う、うん。そうだよ。学校の帰りに声をかけられて。最初は怪しいから無視してたけど、店に連れられてやってきたらいい雰囲気の喫茶店だったからやってみようかなあと思って」
「俺と同じだね。じゃあ肝心なことも説明されてないわけだ」
「肝心なこと?」
影山は九十九の顔を見る。すると、あっ、忘れてました♪とおちゃらけた表情を影山に見せた。そんな様子を見て影山は呆れてため息をついた。
「店長はホントは喫茶店のバイトが欲しいわけじゃないんだ。スカウトしたのは本業の心霊捜査の方の人材が欲しかったからなんだ」
影山は生まれつき霊感がある。霊を浄化する力である妖気を持っていることから、その才能を見抜いた九十九が影山をスカウトした。つまり、同じように九十九にスカウトされた冬野にもその才能があることになる。
「冬野も気づいてるよな?俺に妖気があること」
「…うん。気づいてたよ。初めて会ったあのときから」
「初めてって、あの廊下で会ったとき?」
「そう。霊を成仏させるところを見てた。それで、私と同じなんだなって思った」
冬野は認めた。自身に霊感があることを。そして、あの日影山が廊下で霊を成仏させたところを見ていたのだった。影山と冬野の会話を黙って聞いていた九十九が「なあなあ」と2人に話しかける。
「話なげーよ。それで、雪は明日来れるのか?」
「あ、はい。行きます。私も八重樫さんを助けたいです」
「おし、話はまとまったな。陸、雪は初めての心霊捜査だから、しっかりサポートしてやれよ」
「わかってますよ。店長が指導するとめちゃくちゃになりますからね」
「よくわかってんじゃん!それじゃ、お前らはもう帰れ。後は俺が仕事やっとくから」
時間は18時半となり、19時半までの仕事であるが、お言葉に甘えて影山と冬野は帰る準備をした。
「陸、明日は花子も連れてこい。あいつにも手伝ってもらうからな」
「わかりました。花子に連絡しときます」
「んじゃ、明日は20時にここに集合だ。よろしく頼むぞお前ら」
明日の予定時間を聞いた影山と冬野は店を出て、夜道を歩き始めた。
「明日はよろしくね。影山くん」
「うん。けど、危ないこともあるから、気を付けてな」
「その時は影山くんが私を助けてくれるんだよね?」
イタズラっぽく笑う冬野に影山は困ったように「そ、そうだね」と照れて返答する。その様子が面白くて冬野は影山の背中をポンポンと叩いた。
「冗談だよ。私もそれなりに強いから、明日は良いところ見せるよ」
「ふーん、じゃあ期待してるよ」
それから影山と冬野はいつものゲーム話をしながら夜道を歩き、冬野を家へ送り届けた影山は自宅へと帰っていった。
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