第4話 働け店長
学校が終わり、帰宅部で放課後やることのない影山はそそくさと教室を出て、1人で下校していた。脳内で今日1日あったことを振り返りつつ、一番でかいイベントはやはり、冬野とのゲームトークだった。楽しかった思い出だったなと思いだし、少しニヤけ、それから冬野の時折見せる笑顔を思いだし、思わずときめいてしまって影山は1人顔を赤くした。
「明日も話せるかな…」
と言って影山はLINEを開く。ぼっちの影山にとってLINEの連絡先は数える程度であり、冬野のLINEはすぐ見つかる。
(俺から送ったら、がっついてると思われてキモいか…?)
と影山は悩み、結局LINEを閉じ、黙々と歩いた。
数分歩き、影山は目的地にたどり着いた。実は影山、帰宅していたわけではなく、バイト先に向かっていたのだった。
喫茶「ガイスト」。
桜陵高等学校から歩いて10分ほどのテーブル席が3つに、他はカウンターとなっているこじんまりとした見かけややお洒落な喫茶店。影山はここでバイトをしている。
影山が店を開くと、初老の客が1人カウンターでコーヒーを飲んでいた。
「須藤さんこんにちは。…店長は?」
「おや、影山くん。九十九くんならコーヒーを出したら上に行ったよ」
「そうですか。教えてくれてありがとうございます」
影山がそう言うと、洗い場に洗われないで放置されているいくつかの食器を見ながら影山は2階へと上がっていった。そして、とある部屋の前に立ちノックをする。しかし、返事は特になかった。影山は無言で扉を開けて、ベットでいびきをかいて寝ている男を見下ろした。
九十九悠。
ガイストの店長。身長185センチと長身で、細い体型。髪は黒髪天然パーマやる気のなさそうな目付きをしている。年齢は本人は「秘密♪」と言って教えないが見た目は30代半ば。基本的に働かず、このように寝ているか、どっかに遊びに出掛けていることが多い。いわゆるダメ人間である。
「店長、起きて下さい」
影山が声をかけるが、反応なし。
「…」
影山は九十九の肩を揺らす。しかし、九十九は起きない。さらに、いびきがボリュームアップ。正直耳障りであった。影山は無言でスマホを取り出し、画面をタタタッと素早くタップし九十九の耳元にセッティング。そして、爆音の天国と地獄のメロディが流れた。
「な!!なんだ!?何が起きた!?!?」
寝ていた九十九は飛び起きて、すぐに横にいる影山を直視した。
「陸てめえ!!心臓止まるはこんなもん!?」
「いやもう、死んで下さい。働かない人には生きる価値はないです」
「辛辣すぎる!?ひどすぎないそれ?それでもあなた主人公?」
九十九のメタ発言に影山は「いや、何言ってるんですかあんた?」と影山は呆れていた。
「とにかく、客がいるのに上で寝てる店長がどこにいるんですか?それに洗い物も全然終わってないし、下に行って働いてください」
「へーい」
影山に説教された九十九はとぼとぼと下へ下がっていった。その後ろ姿を影山は呆れながら見ていた。影山も後から降りてくると、ちょうど常連の須藤さんが帰るところだった。
「帰るよ。お会計お願いね」
「へーい、たぶん800円でーす」
「違います。600円です」
「あー、そうだったそうだった」
九十九はレジ対応をし、帰る須藤さんに「ありがとうございましたー」と棒声で見送った。その様子を見ながら影山はため息をついていた。
「どこの世界に自分の店のコーヒーの値段覚えてない店長がいるんですか?」
「ここにいるぜ。てか、客もいなくなったし、もう一回寝てもいい?」
「ダメに決まってんでしょ。洗い物は俺やるんで。店番してて下さい」
「へーい」
それからは影山が九十九が残していた洗い物を洗い、九十九はというと椅子に座って新聞を読んでいた。影山は洗い物を終らせ、コーヒーや提供するお菓子の在庫を確認しようとしたとき、九十九が「あー、そうだ!」と急に何かを思い出したように呟いた。
「どうしたんですか?店長」
「そういや今日、新しいバイトくるんだよ」
「え、また突然ですね」
「4時半くらいにくる予定でな。すっかり忘れてたわ」
「いやいや、忘れちゃダメでしょそれは。てか4時半って、もう5分前じゃないですか?」
時計を見ると、時間は4時25分であった。すると、店の入口が開き、そこには見知った制服の少女が来店した。
「あれ、冬野…?」
そこには今日の昼間にゲームトークを共にした学校有名美少女冬野雪だった。
「あ、影山くんだ。やっほー」
「やっほー…」
と2人で軽くあいさつする。すると、九十九が冬野に近づき「やあやあ、よく来てくれた」と軽く声をかけた。
「まさか、新しいバイトって…」
「そ、新人の冬野雪。俺がこの前スカウトしたの。今日から早速仕事ね。ということで陸、おまえ雪の教育よろしくな」
「え、俺?」
「ああ、だって俺教えるの下手だしお前そういうの得意だろ?適材適所ってやつだ。ということでよろしく」
そう言いながら九十九はそろりそろりと店から出て、影山が「ちょっ、どこ行くんだコラッ!」と言って影山が店を出るが、九十九はすでにいなくなっていた。影山が「あー、もう!」と怒っていると、影山の様子を見ていた冬野がクスッと笑った。
「コラッ!って、影山くんそう言うこと言うんだね」
「え、ああ、まあね」
「学校じゃそういう感じなかったからなんか意外。まあ、よくわからないけど、色々教えてくださいね。先輩」
冬野はペコリと頭を下げる。影山はばつが悪そうに「よろしく」と言ってひとまず影山と冬野2人ともエプロンをつけた。以降は簡単に業務説明。とりあえずメニュー表を見せ、注文の取り方、コーヒーの作り方、レジ打ちの仕方の基本を教えた。
「ひとまずこれくらいで、他の仕事は適宜教えるね」
「了解。ところで、お客さんあまり来ないね」
指導してから1時間。その間、客は1人も来なかった。
「まあ、基本的にあまり人来ないからねこの店。ほとんど来るのは近所の常連さんばかりだし」
「そうなんだ。…よくつぶれないね。お店」
「んー、それは喫茶店以外のこともしてるからそれで食い繋いでる感じかなー」
「喫茶店以外のことって?」
「ああ、それは…」
と言いかけると店の扉が開き、仕事帰りのサラリーマン風のスーツの男性が入ってきた。冬野は初めてのお客様で緊張した様子で「い、いらっしゃいませー」と笑顔で接客した。
「リラックスして大丈夫だよ。お客さんみんな優しいから」
「う、うん、ありがとう」
「じゃ、早速注文とってみて。わからないことあったら俺に聞いていいから」
「わ、わかった…!」
冬野は注文受けに行き、影山に「カフェラテ1つです」と話す。影山は了解と言って、数分で注文受けたカフェラテを作った。冬野は「お待たせしました」と言って丁寧にカフェラテを男性の前に置いた。
「新しい子?頑張ってね」
「あ、ありがとうございます!」
冬野が影山のところに戻る。影山は「問題なし。良くできてたよ」と言うと冬野は嬉しそうに「ありがとう」と微笑んだ。その表情を見て影山は少しドキッとした。
(あー、時折ドキッとしちゃんだよな…あの表情反則だろ…)
と影山が1人やきもきをしていることに気づかない冬野であった。
それから数人の客が来てからは積極的に冬野が前に立ち、影山は冬野の仕事を補うように働いた。結果、影山と冬野は7時半まで働いた。店仕舞いの準備をしようとすると店の扉が開き、九十九が帰ってきた。
「うぇーい、お疲れー」
「お疲れー、じゃないですよ!外で何してたんだよ!」
「何って、差し入れだよ。ほらガキども仕事頑張った褒美だ」
九十九は左手にもった袋からアイスを2つ取り出した。そしてらその2つを影山と冬野に渡した。受け取った冬野は「アイスだ!ありがとうございます!」と嬉しそうにその場で食べ始めた。
「今日はもう帰っていいぞ。気をつけて帰れよ」
「はーい、わかりましたー」
「わかりましたー」
影山と冬野はアイスを食べて、エプロンを片付けた。そして、各々荷物を持って店を出ようとした。
「それじゃ、お先失礼します」
「ちょっと待ってくれ雪。これ、シフト表。希望聞いた上で作ったけどこんなんでいいか?」
九十九はあらかじめ作っておいたシフト表を冬野に渡す。冬野が目を通すと「大丈夫だと思います」と返事をし、シフト表を受け取った。
「じゃ、明日も2人仕事あるから頼んだぞ」
「店長も明日は仕事して下さいよ」
「はいはい。それじゃあな、ガキども」
影山と冬野は店を出た。影山と冬野は暗くなった夜道を無言で一緒に歩いた。影山は女の子と2人で共に歩く経験がほぼ皆無であるため、緊張していた。何を話せばいいのか、ゲームの話を切り出していいのか、悩んでいた。
(やばい。こういうとき気軽に話しかけていいのか?ゲームの話?バイトの話?それとも学校関連?あー、何話しても失言しそうで話し出せねー!)
影山が悩んでいると、冬野の方から「ねえ、影山くん」と話しかけてきた。
「どうした?冬野」
「影山くん、一緒に帰ってくれてるけど、大丈夫?私なら1人で帰れるよ」
「いや、女の子1人夜は危ないし送るよ」
「そう?ありがと…」
冬野は少し嬉しそうにペコリと頭を下げた。対して影山はその反応を見て、脳内でキザっぽくなかったか俺!?と振り返っていた。
「影山くん、緊張してる?」
「…うん」
影山は素直に頷いた。その反応を見て冬野はクスッと笑った。
「可愛いねー。では、お姉さんが君をエスコートしてあげよう!」
「お姉さんって、俺ら同い年だろ?」
「精神的にお姉さんということだよ。色々経験豊富だからね私は!」
自身ありげに答える冬野。それを見て影山は「おお」と素直に感心した。それから、ふと経験豊富というワードから思春期男子には刺激が強すぎてよからぬ想像をしてしまう影山。
「経験豊富って、冬野彼氏いたんだな」
と特に何も考えずに言ってから影山は後悔した。明らかにこれは失言だと思った。この質問は果てしなく仲良くなった男女間で行われるトークであり、今の影山がしたらただのキモい勘違い弱者男である。やってしまったと思いながら影山は冬野を見ると、冬野は「えーと…」と目をそらすように気まずそうにしていた。
「すみません、嘘つきました。彼氏もいないし、なんなら男の子と歩く経験もそんなにありません」
「え、そうなの?冬野、モテそうなのに…」
影山の発言に引いてる様子がないことで少し安堵しつつ、冬野の発言に素直に驚いた。学校一の美少女が男と歩く経験がないのは意外だった。
「モテるといえばモテるよ。告白も何回かされてるし、でも、何て言うか男の子ってなんか怖くない?」
「怖い?」
「うん…。なんかグイグイきて怖い。前に告白されてから無理矢理キスされそうになったし、告白してくる人みんな体目当てな感じがして正直男の人と一緒にいるのは慣れないかな」
「そう、だったんだ…。なんか嫌なこと思い出させてごめん」
「え?いやいや、影山くんは気にしなくていいよ!もとはと言えば私が変なこと言ったからだし」
「てか俺も男だけど、一緒にいて大丈夫か?」
「影山くんは大丈夫。なんか無害って感じがする」
「無害?」
「うん。雰囲気が何となくね」
「それって、いいこと?」
「いいこと、いいこと。ささ、辛気臭い話はやめ!ゲームの話しよ!せいぜい私を楽しませろよ影山くん!」
「お、おう。頑張ります」
冬野の新たな側面を知りつつ、影山は冬野と楽しく話し、冬野を家に送ってから影山も自宅へと帰っていった。
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