035 不労所得

「特許ビジネスですか? ポテチで?」


 今ひとつピンッとこない私に、フリックスは「そうだ」と頷いた。


「他人にロボットを使わせて、我々は売上の一部を特許使用料としていただくわけだ。自分でロボットを動かすよりも稼ぎは減るが、その代わりに働かなくても収入を得られるわけだ」


「おおー!」


 不労所得――。

 ぐうたらな私にはたまらない言葉だ。


「稼ぎに不満があったり暇なのが嫌だったりするなら、別の商売を始めればいいわけだしな。俺が株式投資をしていたように」


「なるほど! それでフリックスさんは株式投資をされていたんですか!」


「厳密には今もしているんだけどな」


「長期投資に切り替えてから何もしていないようなものですけどね!」


「うむ」


 話を戻して、私はフリックスの案を考えた。

 否、考えなかった。

 考えるまでもなく答えが出たからだ。


「やりましょう! 特許ビジネス!」


 収入が減ったところで何ら問題ない。

 むしろ現時点ですらお金を余らせているくらいだ。

 物欲が全くないため、生活費さえあればそれで十分だった。

 私は最低賃金ですらそれなりに満足して生きていける女である。


「ならあとは適切なビジネスパートナーを見つけるだけだな」


「それなら是非ともこの俺に!」


 突如として新たな男が登場。

 都合の良さに定評のあるペッパーマンだ。


「おいおい、ノックくらいしろよ」と、呆れるフリックス。


「「まぁまぁいいじゃないですか」」


 私とペッパーマンのセリフが被る。


「ちょっと! 私が言うならともかく、ペッパーマンさんが自分で言うのはダメですよ!」


「えー、アイリスちゃんだって居候でしょ? 同じようなもんじゃん!」


「そう言われるとたしかに……。すっかり忘れていた……! そろそろ自分の家を借りるべきかしら」


「借りなくていい」


 フリックスは光の速さで否定すると、視線をペッパーマンに向けた。


「これはビジネスの話だ。友が相手でも妥協はしないぞ」


「分かっていますよ」


 ペッパーマンの顔も真剣になる。

 それから彼は掌でそろばんを弾くような仕草をした。


「売上の20%でどうでしょうか?」


「20%っていうと……」


 私は脳内で計算した。

 今は一袋200ゴールドで販売している。

 それの20%だから――。


「400ゴールド!」


「いや、40ゴールドだ」


 フリックスに訂正されてしまう。


「いつも500袋くらい売れるから、40に500を掛けると……」


「2万だ」とフリックス。


「うひゃー! 最高じゃないですか!」


 大興奮の私。

 血反吐を吐いて稼ぐ10万より働かずに得る2万のほうが大きい。

 フリックスを半分こしても1万ゴールドだ。

 十分である。


「その計算は意味がないよ、アイリスちゃん」


「え?」


 ペッパーマンは真顔で私を見る。


「俺は1袋120ゴールドで販売しようと考えている」


「120!? めちゃくちゃ安いじゃないですか!」


 私の知る限り最安値でも1袋150ゴールドだ。

 それですら激安と言われている。


「アイリスちゃんの手作りじゃないと200では誰も買わないからね。だから、アイリスちゃんの認可を受けた商品という売り文句とともに、どこよりも安く売って価格勝負に持ち込む。そのためには数も必要になるから、ロボットを大量に導入して量産するつもりさ」


 フリックスは「だろうな」と頷いた。

 ペッパーマンの考えを読んでいたようだ。


「えーっと、よく分からないのですが、つまり私の不労所得はどのくらいになるのですか?」


「特許使用料が丸々全部アイリスちゃんに払われるという前提で話すなら、1日あたり250万前後かな」


「えええええええ!? 250万!? そんなに!? 一袋120ゴールドですよね!? つまり一袋につき24ゴールドしか入らない計算ですよね!?」


「そこは間違わないんだな」と、フリックスが笑う。


「その計算で合っているよ。だから1日10万袋を目標にするつもりさ」


「10万袋……!」


「なんたってウチは卸売業者だからね。流通力は伊達じゃないし、他の国にだって顔が利く。10万袋は最低ラインさ」


「すごい……!」


「売上の20%という条件も悪くないですが、販売量という点からも文句ないと思いますよ。いかがですかフリックスさん」


「俺はその条件でかまわんよ」


「おお!」


 と、声を弾ませたのは私だ。

 ペッパーマンは眉間に皺を寄せた。


「俺は?」


「決めるのはアイリスだからな」


「え、私!?」


「そりゃそうだろう。これは君が始めたビジネスだ。言うなれば君が社長さ」


「でも、フリックス農園のポテチですよ!? ロボットだってフリックスさんが発明したじゃないですか」


「ここまで殆ど一人で切り盛りしてきたのはアイリスだろ。俺はロボットの開発にかまけていて何もしていない。だから判断は君に任せるよ」


「えぇぇぇ」


「――と、いうことらしいけど、どうかな? アイリスちゃん」


 ペッパーマンの鋭い視線が私に向く。


「じゃ、じゃあ……」


 私はゴクリと唾を飲み込んでから言った。


「その条件で応じますので、フリックス農園が栽培を再開した時は優遇してください!」


「「えっ」」


 二人は驚いたように固まった。


「あれ、私、変なこと言いましたか?」


「いや……」とペッパーマン。


「アイリス、君は魔法肥料の問題が解決したら農園を再開するつもりなのか?」


「そのつもりだったのですが、それが何かおかしいですか?」


 フリックスも「いや……」とだけしか言わなかった。


「そ、それで、どうですか!? 農園の野菜、ちゃんとまた買い取ってもらえますか!?」


 改めて尋ねると、ペッパーマンは吹き出した。


「もちろんだとも。その時は前よりもいい条件で買わせてもらうよ」


「やったー!」


 こうして、私はポテチ屋を廃業することとなった。


「それでフリックスさん、特許使用料はどう分けますか?」


「全部あげるよ」


「いやいや、ダメですよ! ロボットを作ったのはフリックスさんなんですから! 半々でどうですか?」


「いらないと言ってもギャーギャー言いそうだから半分もらうとしよう」


「よく分かっていますね! 私のこと!」


「まぁな」


 私の取り分が決まった。

 売上の10%――毎日約125万ゴールドだ。

 それが最低ラインだとペッパーマンは言っている。

 なのでもっと多いかもしれない。


「いやー、大変な労働から解放されただけでなくとんでもない大金まで得られて、もう最高ですねこれ! 今日はなんて良い一日なんでしょう!」


 目をキラキラさせる私。

 そんな私に対し、ペッパーマンが不思議そうに尋ねてきた。


「いずれは農園を再開するんだよね?」


「魔法肥料の問題が解決し次第すぐに!」


「畑の収穫作業ってわりとがっつりした肉体労働だし、毎日の水やりも面倒だよね?」


「はい!」


「それで得られる収入は1週間で50万とかだよね?」


「そうです!」


「するとアイリスちゃんは、農作業が好きってこと?」


「いえ! 別に好きでも嫌いでもありません!」


「変わってるなぁ!」


「何がですか?」


 私が尋ねると、二人は「ブハハハ」と声を上げて笑った。

 何が面白いのか大爆笑だ。


「何なんですかー! もう!」


 自分だけウケている理由が分からず、私はそっぽを向いた。

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